織田信奈の学園~夏休み 京都心霊ミステリーツアー編
春日みかげ(在野)
第一話 発端~六甲山キャンプ場
「いったいどうして、こうなってしまったんだ……」
松永久秀先生による「茶器事件」――織田信奈たちが姫武将として生きている戦国世界を安定させるために、松永先生が茶器魔術を駆使して戦国世界から派生したこの学園世界を剪定させようとした事件――が一段落した、学園世界・夏休みの第一週。
稲葉山学園高等部に通うわれらが相良良晴は、夜の神戸六甲山のキャンプ場で「稲葉山学園親睦会」なるイベントの真っ最中。
黙々とバーベキューの準備を進めながら困惑していた。
というのも、キャンプ場でどちらの陣営のテントに良晴が泊まるかを巡って、織田信奈派(天下布部の面々)と小早川隆景派(吉川元春と上級クラスの面々)が激しく対立。互いに一歩も譲らない。中立派の生徒たちも「これは白黒付けるべき問題」と敢えて両派を止めない。
俺一人にバーベキューの準備をやらせるなよと良晴が抗議しても「良晴は黙ってて」「これは女子軍団の問題」と取り付くしまもない――。
しかも、両軍先鋒の前田犬千代と今川義元の前口上が終わった後、総大将の織田信奈と小早川隆景による一騎打ちの舌戦が開始されてしまった。
良晴にとっては、公開処刑も同然である。
「一学期の終わりには勢いあまって口が滑ったけど~、よよよよよく考えたら良晴の奪い合いの決着は戦国世界でとっくに付いてるじゃん。わたしの大勝利でしょ! ししし新婚初夜も済ませたんだから! もう記憶が薄くなっちゃって、ぼんやりとしか思いだせないけどお、確かにわたしは良晴の正妻だったからっ!」
「……こほん。人生は夢のようなものなれば……それは夢の世界の話だ、織田信奈。夢の話をしていいのなら、わ、私も良晴と無人島で二人きりで生活していたし、せ、接吻だってしている」
「あーっ、それじゃあ戦国世界の話はノーカン、ノーカン! どういうことなの、良晴!? あんたってば戦国世界にハーレムを築こうとしていた最低の男だったのねーっ!」
良晴は、信奈に平身低頭して「いやあ~俺は戦国世界で記憶喪失になっていた時期があって……二重の人生を送っていたから……」としどろもどろ。
信奈たちが思いだした戦国記憶は今では「夢」のようなものになっているが、戦国世界から直接この世界に来た良晴と、良晴と「気」を共有している姉の義陽の二人だけは、戦国記憶を明確に覚えている。
それだけに、記憶喪失のせいとはいえ信奈と小早川隆景をダブルブッキングした過去をはっきりと覚えている良晴は青息吐息。
「はーん? 今のこの世界を含めたら三重生活じゃんっ! 人生リセットするたびに別の女の子をとっかえひっかえ……信じられなーい! ここが戦国世界だったらあんたは切腹よ切腹!」
「織田信奈、だからそれは夢の世界の話だと言っている。現実の世界では、きみたち二人はまだ結婚どころか交際すらしていない。良晴は、私の幼なじみだ」
「はあ? なにを仰る委員長? あのねえ、幼なじみは負けフラグなのよーっ! あと、委員長という役職も負けヒロインっぽいでしょ? ヘンな部活で部長をやってるわたしこそがメインヒロインなんだから!」
「こほん。現実は、ドラマや漫画とは違うのだぞ……そもそも織田信奈、きみが渋る私の背中を押して良晴に告白させたのではないのか。私は、こういう事態になることを危惧して黙っていたのに」
「だ~か~ら~それは~、茶器事件騒動でお互いに混乱してハイになっていたからでしょっ! ノーカンよノーカン!」
「……同感だが、今さら自分の行動を消すわけにもいかない。わ、私の気持ちは戦国世界とは関係のない、幼い頃からのものなのだし……」
「あーっ、やっぱり戦国記憶をノーカンにするのはやめてー! 私が良晴と腐れ縁になったのは中学校からだから、圧倒的に私に不利じゃーん!」
「覆水盆に返らずだ。よ、良晴に選んでもらおう。私と織田信奈、どちらと交際するのかを」
「ね、ねえねえ。当然、わたしを選ぶのよね~良晴?」
危機的状況に陥った信奈が焦って、良晴の腕に自分の腕を絡めてくる。小早川隆景が「……当たっている」とハイライトが消えた目を細めれば、信奈は頬を染めながら「当ててるのよ!」と言い返し、板挟みとなった良晴はもう言葉も出ない。
泊まるテントをどちらにするという話だったはずが、結局一学期の終業式直後に勃発した「どっちと付き合うの」話にすり替わっている、と良晴は心の中で泣いた。
「やいサルッ、われらが姫さまを振ったらどうなるかわかっているんだろうなっ! その時はあたしたち天下布部が総力をあげてサル、お前を潰すっ!」
「……良晴……そろそろ年貢の納め時……諦める」
「なんなら? この吉川元春の目の黒いうちは、良晴を織田信奈には渡さんけぇのう!」
「上級クラス一同は、品行方正な小早川さんを応援いたしますわ。おーほほほ! むろん、わらわの下僕として今川家に仕える人生を選んでも一向に構いませんことよ相良良晴?」
戦国記憶の大規模流出は痛手だった、せめて高校を卒業するまでは平穏な日常学園生活を楽しみたかったなあ、と女子生徒たちに詰められながら良晴は嘆息した。
だが「わかった、俺も男だ責任は取る。それじゃあ俺は」と選択しようとすると、突然激しい偏頭痛に襲われる。
「いて、いててててて!?」
例の茶器騒動以後、これはすっかり良晴の持病になっていた。
「待ってくれ、みんな。弟は戦国世界にいた時点で既に、織田家に仕官していた人生と毛利家に仕官していた人生との二重記憶状態。さらにこの世界に来た今は三重記憶状態になってしまい、脳に処理能力の限界を超えた負荷がかかっている。今の弟に強引に選択を迫ってこれ以上混乱させると、やっと消滅を免れたこの世界が剪定されかねない――良晴の交際相手は、他の方法で決定したほうが安全だ」
戦国記憶が消えないこともあり、すっかり事情通になった姉の義陽が、良晴を庇う。
良晴に過保護な義陽は、弟を守るためにキャンプ場まで着いてきたのだった。
さらに、日頃から義陽とこの問題を話し合っている竹中半兵衛と黒田官兵衛も義陽に同行していて、
「はい。陰陽少女として進言しますが、誰と交際するかは、かつて異なる二つの人生を生きた良晴さんにとって重大な分岐点です。この世界を現実として存在せしめている良晴さんの脳にこの問題の解決を急がせて負荷を加えれば、前回の茶器騒動の時どころではない事態に。くすんくすん」
「むふー! つまり相良良晴の脳が三重記憶状態に馴染んで安定するまで結論を先延ばしするか、それが待てないなら当事者の女子同士、両者による果たし合いで決着を付けるのがいいだろう!」
と、信奈と小早川による直接対決を薦めてきたのだった。
「す、済まない。姉さん、半兵衛官兵衛。かつては戦国の世界で一軍の将として戦ってきた男なのに、俺は我ながら情けないよ~。あの世界では百回以上ぶっ続けで懸垂できたのに、今じゃ五回が限度だし」
「くす、いいのだ。お前はこの世界にいること自体が奇蹟のような、無茶な存在なのだから」
「はい。いずれ脳もこの世界に馴染みますから、それまでは陰陽少女コンビに頼ってくださいね良晴さん」
「この世界を安定させることがわれらの仕事だからな、クロカンに任せろーあーはははは!」
「ぶーぶー。あんたたち、すぐにそうやって適当なことを言って良晴を甘やかすんだからぁ。良晴ってシスコンとロリコンを兼ねてない? あとマザコンも入ってるわよねー?」
「……私たちにとっては戦国記憶は夢のようなものだが、この世界も脆い泡沫の夢のようなものということだ織田信奈。良晴を困らせずに綺麗に決着を付ける方法を考えよう。この世界を守るためにも」
「はーん。良晴が恋に惑ったくらいで世界が崩壊するわけないじゃん、アッホらし! わたしは超・超・超・現実主義者なの、陰陽うんたらとか信用してないしぃ~」
「い、いや、松永先生の件もあったし、決して作り話ではないかと……困ったな」
「ふーん。つまりわたしと勝負すると言うわけね、小早川隆景! いいわよ! それじゃバーベキューをしながら、どういう対決で勝敗を決めるか互いに軍議よ軍議! 夏休みは二ヶ月弱しかないんだから、明日の朝までには決めちゃいましょ!」
「えっ? あ、いや、織田信奈。そうではなくて、ここは話し合いで解決を……」
「おう、その喧嘩買うちゃる織田信奈! 軍議じゃ隆景! いつじゃ、いつ天下布部を襲撃する? 毛利軍団を総動員すれば一網打尽じゃ、仁義なき戦いならこっちのものじゃけえのう!」
「しゅ、襲撃などしない、姉者……困ったな……」
「なあ、信奈。俺の脳が安定するまで待つという手も……必ず俺は、戦国武将時代のようないっぱしの男になってみせるからさ! 鍛え直せばいけるいける!」
「ハア? なに言ってんの良晴? いつのことになるか、さっぱりわかんないでしょー! この世界ではそうそう戦争なんか起こらないんだしい! 環境が人を育てるのよ、ずっと平和が続いてあんたが一生ヘタレのままだったらどーすんのよーっ! 高校生活も人生も短いのよーっ! 人間五十年でしょっ?」
「そっか? 日本女性の平均寿命は八十歳を越えてたはずだぜ?」
「八十まで待てるかーっ! この夏休みで決着よーっ!」
そう。織田信奈は、何年も待っていられる性格ではない。
そういうことに、なった。
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