この男にはまだ救いがある

「いらっしゃいませ。どのようなご用件で」


まずは業務的な言葉で出方をうかがう。貸す側だからといって、偉そうにはしない。それが私のやりかただ。

相手は育ちの良い男のように感じた。物乞いの恰好ではあるが、食べものに困っている感じは微塵も感じられない。なぜ、私の店に?


「これくらいの金額を貸してもらいたいのですが」


相手はいきなり、お金を貸してくれと言ってきた。なるほど。

かなりの大金を借りたいようだ。しかし、そこは問題ではない。

金貸しを仕事にしている私の店に来ているのだ。ほかの用件で来るはずがない。


それよりも、開口一番でお金を借りたいと伝えてきたことが気になった。


「お客さま。貸せない額ではありませんから、依頼にこたえることは可能です。しかし、あなたはつい最近までそこそこの生活を送れていたように思えてなりません。なにかトラブルに見舞われたのですか?」


そう伝えた途端、男の顔にいら立ちが表れた。どうやら聞かれたくないことをつついてしまったようだ。


「実は親父の金を使って賭博に参加してたんだ。負けるたびに親父の金庫から金を拝借して、その金で賭博を楽しむ日々を……。気が付いたら、かなりの額を盗み取っていたことに気が付いた。親父は金庫をあけていないのか、まだオレがやったことは知らない。すぐに返すから、金庫に入れる金を用意してく……」


「お帰りください。あなたにはお貸ししません」


男が言い終わる前に、私はスッパリ言ってやった。

言い方に激怒したのか、男は私に掴みかかってきた。だが、無意味である。

すでに救うべき相手ではないと判断していたのだから。


「正直にお父様に頭を下げなさい。今なら、まだ反省のチャンスがあります。もし、あなたにお金を貸したら、賭場に通う毎日を今後も続けることになると思うのです。

儲けを優先する金貸しなら、何も言わずに貸してくれるでしょう。しかし、私はそのようなできませんよ」


落ち着いた口調、諭すような言い方に男は落ち着きを取り戻したようだ。

話を聞くことができるお方のようだ。私は安心した。


「反省が出来るようならば、まだ救いはありますよ。自分で自分を救い出してください。私の助けは必要ありません。自分と向き合ってください」


男は不服な気持ちを抑えきれていなかったが、私の提案に応じ、店から出ていった。



 後日、私の店に手紙が届いた。はて?


「手紙のやり取りをする相手なんておらんぞ。うーん、誰だろう?」


手紙を開封し、中身を確認する。誰が差出人かがすぐに分かった。


「うちの息子の非礼をお許しください。金庫からお金が無くなっていることには気づいていましたが、それを指摘できずにいました。息子に何をされるか分からなかったからです。その息子が素直に過ちを認める姿を見るのは初めてです。ご迷惑をおかけしました。わたしも考えを改めたいと思います」


息子さんは自分を救えるだけの判断力を持っていたようだ。良かった。


「本当に救うべき人というのは、私のもとに来ることすら困難を伴う立場の者なんだ。下手をすれば、明日生きているかもハッキリしない。そのような人ならば、喜んでお金を貸すだろうよ」


もっとも、そのような人にはめったに出会わないものであるが。








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