第54話

フィリスとカーマインがミロに乗ってガデル王国へと向かって砂漠の街を越えて砂漠地帯に入ると、眼下に土煙を見つける。


「ミロ、あの前に着地出来るか?」


「勿論だよ、パパ!」


そうしてミロはゆっくりと着地する。走っていたのは馬車で、その中にいたのは砦から逃げ出したローグ・ニルスとその部下36人だった。


「やぁ、隊長。何処へ行くつもりですか?」


「き、貴様、フィリスにカーマイン!?貴様らも砦を捨てたのか!?」


「まさか。モンスターはフィリス達が全て討伐した。」


「なんだと!?」


「そんなことを話すためにここに来たわけじゃ無い。ガデル王国に行くのでしょう?送っていってあげますよ。」


フィリスはそう言うと、馬車に長いロープを巻き付ける。


「何をするつもりだ!?」


「乗り込んで下さい。あぁ、中では何処かに掴まっておいて下さい。ミロ、このロープを。」


フィリスはロープの先をミロの右足に縛ると、再びミロに乗り込んで空を飛んだ。馬車は揺られながらも、ミロがゆっくりと飛んでいるので落ちることは無かった。1時間程空を飛んで、ガデル王国の城の中庭に到着する。ミロはゆっくりと着地し、フィリスはロープを外す。馬車の中は失禁して気絶している者達ばかりだった。勿論、ローグも例外では無い。


「カーマインさん、どうしましょうか?」


「フィリス、少しここで見張っていてくれ。騎士達に捕縛させる。」


カーマインは城の中に入り、部下を呼んできて全員をロープで縛る。


「フィリス、国王の下へ…」


「いいえ、それ以上に大切なことがあります。」


「…?」


「ミロを連れて屋敷に帰ります。マチルダさん達に会いたいので。」


「そうだな。ローグ達が起きたら連絡をいれるように伝えておこう。それまでは自由にして良いよ。」


「有難う御座います、カーマインさん。ミロ、行こうか。」


「うん!」


人の姿になったミロを連れて、屋敷へ向かった。屋敷ではマチルダ、コール、ネーナ、リース達メイドと執事が出迎えてくれた。皆に抱きしめられて、少し困惑するフィリス。そして今まであったことを話していた。2時間後、カーマインの部下の1人がフィリスを呼びに来た。フィリスはミロをマチルダ達に預けて城に向かった。謁見の間にはマディソン、カーマイン、大臣の他に、マティーナがいた。フィリスが中央まで歩いていく。


「国王陛下、フィリス・ハーヴィ、参りました。」


「うむ。久しいな、フィリスよ。元気そうで何よりだ。しかし、約2年間、どうしていたのだ?何の連絡も無かったが?」


「おかしいですね。私は毎月、家族や友人に手紙は出していましたよ?」


「フィリス君、君からの手紙は来ていなかったよ?」


「…?」


「その件についても、奴等に話を聞かねばならんな。大臣よ、奴等をここに。」


「はっ!」


そう言うと、大臣は部屋を出て、ローグ達を連れてくる。ローグ達は未だにロープで縛られていた。


「さて、フィリスよ。なぜ其方は帰ってこなかったのだ?」


「毎日、そこにいるローグ隊長の命令で、砦の雑用をしていました。この2年間、休みはありませんでした。その為この国に帰ってくることは出来ませんでした。」


「何を嘘を!?国王陛下、フィリスは嘘を…」


「黙れ。フィリス、続けよ。」


「はい。手紙は家族宛に友人達や恩師であるマティーナ先生にも渡して貰えるよう、先輩騎士であるそこの人達に渡していました。規則でまとめて手紙は送ると言われていましたので。」


「嘘をつけ!」


「俺達はお前から手紙なんか預かってねぇ!」


「五月蠅い!」


マディソンが止める前に、マティーナが叫んだ。


「フィリス君、そんな規則は無いよ。騎士たる者、重要な事をしたためて手紙で報告することは認められている。」


「はぁ…それで1週間前に行商人にお願いして、カーマインさん宛に手紙を出したのです。」


「それは届いたよ。何やらおかしいと思ったので、陛下にお願いして国境まで視察に行こうとしていたんだよ。」


「そうだったのですね…」


「何を嘘をベラベラと話している!フィリス、貴様は嘘つきな上に命令違反者だ!」


「ふむ…どういう事だ、ローグ?」


マディソンがローグを睨みつけていた。


「砦の全ては私に一任されていた。その私が砦を放棄する、そう告げても放棄しなかった、重要な命令違反だ!」


「…」


「そんな奴が処罰されないで、我々が処罰を受けるのは筋が違う!」


「そうだ!」


ぎゃあぎゃあ喚き散らすローグとその部下達。フィリスは胸元に手を入れて、小さな丸い玉を取り出すと、ローグ達の前に転がした。その玉からは、フィリスがローグ達にボロクソに言われている声が出て来た。


“おいフィリス、さっさと飯を作れ!“


“酒買ってこい、お前の金で!“


“俺の番だぁ!?お前がやっとけ。“


そんな声が流れる。勿論、砦を放棄する内容をローグが口にした時の声も流れた。


「固有魔法ヴォイス。マティーナ先生から教わった、声を真似する魔法、それを何かに付与すると、声を記憶する魔法の道具になります。」


「なっ!?」


「因みに、隊長達が逃げ出した後の、我々の声も入っています。記憶期間は約半年です。」


「で、デタラメだぁ!」


「もう良い…」


マディソンが言う。


「ローグ・ニルス及びその部下36人、全員打ち首にせよ。罪状は、未来ある若者に対しての偽証、仕事の放棄、そして騎士の誇りへの中傷。そやつらの家族も同罪だ。大臣、良いな?」


「はっ、ではその通りに!」


「まっ、待って下さい、陛下ぁ!」


聞く耳持たず、連れて行かれるローグ達。そこで漸く、


「ふぅ…フィリスよ、済まなかったな。」


「…」


「今砦はどうなっている?」


「私の大切な人達と、先輩騎士12名が駐屯しています。」


「カーマインよ、直ぐに代わりの者達を組織せよ。」


「はっ、直ちに!」


「フィリスよ、其方に休みを与えようと思う。いつまでが良い?」


「…いいえ国王陛下、私は騎士団を辞めます。」


「…何故だ!?このようなこと、2度と無いようにする!辞めずに…」


「父上、それでは俺の近衛騎士にしたいのですが?」


急に謁見の間の入り口から声がかかる。そこにはガデル王国第一王子、マルクス・ガデルが立っていた。


「お前がフィリス・ハーヴィだな?俺の近衛騎士にならんか?優遇するぞ。」


ニヤニヤしながらマルクスはフィリスを見る。しかしフィリスはマディソンをジッと見て、


「私が騎士になったのは、育ててくれたカーマインさんとその家族への恩義のため。その結果が2年間家族にも会えない、部下も出来ないような環境。2年も無駄にしました。これ以上、人生を無駄にしたくないのです。」


「おい、俺を無視するな!」


「カーマインさん、昔私に言いましたよね?私は私だと。恩義は返し切れていませんが、自分の道を進みたいのです。」


「貴様!」


横でぎゃあぎゃあ五月蠅いマルクス、いきなりフィリスに殴りかかるが、フィリスはそれを見ずに躱して足払いをかけて転ばせる。


「あぁ、好きに生きて良い。君は君なのだから。私やマチルダ、コールとネーナ、リース達も君の家族だ、何時でも帰ってくるといい!」


「有難う御座います、カーマインさん。では陛下、私は騎士を辞めます。そして…家名も捨てて、ただのフィリスに戻ります。」


「…うむ。そこまで覚悟を決めたのならば仕方が無い。が、そこの我が愚息を無視しないでやってくれまいか?」


「失礼しました。」


そう言うと、フィリスはマルクスを立たせてやる。


「…俺の攻撃を軽々と躱す…噂以上だ!やはり俺の近衛騎士に…」


「マルクス君、黙ってなさい!」


それまで黙っていたマティーナが怒鳴る。その声にビビって黙るマルクス。


「では失礼します。」


そういって踵を返して謁見の間を出ていくフィリス。それに付き添うようにマティーナも出て来た。


「フィリス君、御免ね。私がしっかり調べていれば、君がこんな辛い目に遭わなくて良かったのに…」


「マティーナ先生のせいでは無いです。が、無能な奴等を相手に我慢できた自分を褒めたい気分です。」


「確かにね。それで、これからどうするんだい?」


「冒険者になります。四龍とミロが待っていますから。」


「そっか。実は私も彼女達に仕事を頼んだりしてたんだよ。エレメントドラゴン、良い名前だよね。」


「はい。」


「もう出発するのかい?」


「砦に行きます。皆を迎えに行かないと。」


「うん。頑張ってね!」


「解りました。テッドとティファに宜しく伝えて下さい。」


マティーナと別れて、屋敷に向かい、荷物を整理する。父親のモーティスの剣を腰に差し、マチルダ達に別れを告げて、フィリスはミロに乗って再び砦へと向かった。


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