第53話

それから2年が経過しても、フィリスの後輩はおろか、異動の話さえない。一部の先輩騎士はガデル王国へ帰っていき、代わりの人間は補充されるのだが、後輩が入ってこなければ何時までもフィリスが炊事洗濯掃除をやらなければならない。元々多かったモンスターの被害も、フィリスが食料調達で倒したり、砂漠の街に駐屯しているギルドエレメントドラゴン、つまり四龍とミロが駆逐してしまっている。盗賊や山賊の噂もあったが、行商ギルドの上層部がエレメントドラゴンに依頼して粗方壊滅させていた。お陰で以前よりスムーズに交流が持てているので、砦は平和だった。気を緩めた先輩騎士達の世話が大変なくらいだが、それでもフィリスは真面目に勤務をすることを忘れない。だが、一つ気掛かりなのは休みが無い事だった。お陰でたまに四龍とミロが来てくれなければ、フィリスには他の街へ行くことも許されていないので、寂しい事になっていた。。騎士団の方にも掛け合って貰ってはいるし、カーマインに手紙を出しても、届く手紙にはそれらしい事は書かれていなかったのだ。そろそろ休みを貰おうと隊長室へ行っても、忙しいと突っぱねられる。


(約2年休み無しか…まあ、10年以上まともに休みもくれなかった自衛隊よりはマシだが…)


そんなことを考えて、今日も手紙を書いて出して貰おうと思ったが、その日フィリスは考えた。


(わざわざ先輩の手を借りずとも、行商人に出して貰おう!)


そしてフィリスは仲良くなった顔見知りの行商人に、ガデル王国まで手紙を届けて欲しいと頼んだ。行商人は快く引き受けてくれた。それから1週間後の事、フィリスが食事の用意をしていると、気配察知にゾクッとするものが引っかかる。


「これは…!」


フィリスは火を消して、キッチンを飛び出し、砦の1番高い物見櫓へと急いだ。そこにはやる気の無い新しく来たばかりの先輩騎士が、行商人から買った酒を飲みながら警備していた。


「あ?フィリスか…けっ、告げ口の材料でも探しに来たのか?」


「それどころじゃありませんよ…」


「んだとぉ!?てめえ、誰に口きいて…」


「…やはり!」


一方向を見ながらフィリスがそう言うと、先輩騎士もその方向を見ると、巨大な土煙が上がっているのが見えた。


「…まさか、モンスターの大群か!?」


そういって先輩騎士は非常用の鐘を鳴らした。と、煙の砦側にこちらに走ってくる馬車が数台いることにフィリスが気付く。が、砦の扉は閉められてしまった。


「くっ!」


悪態ついてフィリスは下へ降りると、そこには隊長と先輩騎士達がいた。


「何事だ!」


叫ぶ隊長にフィリスが説明する。


「ふん…規模が解らないだと?どけ、俺が見る!」


そうして物見櫓に登った隊長は状況を見て、


「…全員この砦を放棄してガデル王国に向かうぞ!」


そう言った。


「待って下さい!この砦の向こうには、砂漠の街があるんですよ!?そこまで到達されるかもしれないんです、ここで止め…」


「五月蠅いフィリス、隊長命令だ!あれには誰も勝てん、無駄死にするために俺達はここで勤務していたわけじゃ無い!」


「…人々を守ることが騎士の役目でしょう!?」


「ふん…ならば貴様がやればいい。他の者、聞いたな?このフィリス・ハーヴィは命令違反し、この砦に残るそうだ。俺達はガデル王国へ向かうぞ。死にたくなければ俺に着いてこい!」


そういって隊長は直ぐさま逃げていった。それに続いて、何人かはついて行ってしまう。残ったのは、フィリスと仲の良い12名だけだった。


「…先輩、逃げないのですか?」


フィリスは強く握り拳を作っている。両方の手からは血が滴っていた。


「フィリス、俺達はお前とここに残るよ。」


「格好よかったぜ、確かに俺達は実力はあっても学力は無かった落ちこぼればっかりだった。」


「でもな、あんな奴等と違って、騎士道精神は捨てちゃいねぇよ。」


「フィリス、俺達も他の人達も生かせる手段があるんだろう?」


「それに従う。指示をくれ!」


そういってくれる残った先輩の姿を見て、フィリスは嬉しかった。


「先輩達は…弓を使えますか?」


「苦手かな?全く駄目とは言わないが…」


「ありったけの弓矢を掻き集めて、物見櫓に行って下さい。そこから狙撃を。矢が無くなったら、石でも何でもいいので投げて下さい。」


「わかった、お前は?」


「…土煙のこちら側に、残された人達がいました。それを助けに行きます。」


「…解った、死ぬなよ?」


「勿論です。」


そう言うと、フィリスは他の騎士達と別行動を取り、フレデリック王国側の砦の外に出て走り出す。先輩騎士達はフィリスの指示通り、弓矢を掻き集めて櫓に登った。



丁度その頃、砂漠の街ではカーマインが四龍とミロと出会って話し合いをしていた。


「そうか…休みがないとは聞いていなかったが…」


「たまに手紙は出しているってフィリス様は言っていましたが?」


お茶を飲みながらランファがカーマインに質問する。


「…?手紙なんて、1通も来ていないよ?」


「おかしいなぁ…」


四龍達は首を捻る。ミロはケーキを幸せそうに頬張っている。カーマインは、


「まあ、あれから2年。中々来れないが、近々人事異動もあるから様子を見に来たんだがね?しかし君達も元気で良かったよ。」


「よく見たら見知った方がいるんだもの、ビックリしたわ。。」


エンレンがカーマインに言う。

「こちらもだ。たまに仕事で来てくれていたが…コールとネーナも会いたがっていたよ。」


「…ん?」


不思議そうに今度はミロが首を傾げていた。口についた生クリームをスイレンが拭き取ったりしていると…


「たっ、大変だぁ!」


街のフレデリック王国側が騒がしい。急いで其方に向かうカーマインとその部下と四龍とミロ。


「何があった?」


「あっ、カーマイン様ですか!?大変です、フレデリック王国との国境が、モンスターに襲撃されているそうです!」


「なっ!?」


「砦の警備をしている騎士団も此方に向かっているそうですが…」


「おかしいぞ、我々騎士団は砦を捨てることなど…」


そう話していると、砦の隊長とその部下達が街に到着した。


「ふぅ…取り敢えずここまで来れば…」


「…ローグ・ニルス?」


「誰だ、人の名を呼び捨てに…カ、カーマイン!」


「貴様…砦をどうした!?」


「知らん!あのモンスターの大群を、貴様は見ていないのだからな!あれは人の力で解決出来る数では無い!俺の判断は正しい!」


「貴様の処罰は後で考える!」


「まさか…」


「…フィリス様!?」


「ここに居ないということは…!?」


「まだ砦に!?」


「パパ!」


四龍とミロがそう叫び、ミロは鳥の姿に戻ると、四龍を乗せて砦に急いだ。


「くっ、我々も行くぞ!」


馬に跨がって、カーマインとその部下達はミロ達の後を追った。



フィリスはモンスターの大群に突撃し、何とか数台の馬車を砦の反対側まで到着させていた。既に砦の扉は閉められており、何度も強固に補強したお陰で、数万のモンスターの体当たりにも耐えていた。砦の上からは、騎士達が弓矢で狙撃し、登って来れない様にしているが、それも時間の問題だろう。


「くそっ、キリがねぇ!」


「へへっ、最後にもう一回、フィリスのカレーが食いたかったなぁ…」


「母ちゃんじゃねぇのか?」


「母ちゃんより美味ぇからよ!」


そう無駄口を叩きながら、全員耐えていた。矢の撃ちすぎで、手からは血が滴っていたが、誰1人諦めた顔をしていない。フィリスは、


「…皆さんにお願いがあります。」


そう言った。


「なんだよフィリス、水臭ぇなぁ。」


「お前がいたから、俺達はここまで耐えれてんだぞ?」


「何でも言え。今更先輩後輩なんか関係なんかねぇよ。」


「…今から私が行うこと、絶対に他言無用でお願いします。」


「…生き延びられんのなら。」


その場にいた先輩達は力強く頷いた。それを見て、フィリスは覚悟を決めて、腕輪と指輪を取り出して籠手と軽鎧を出し、加えてガトリングキャノンを2丁、両手に召喚する。


「…はぁ!?」


「なっ、なんだそりゃ!?」


「…いきます!」


フィリスはガトリングキャノンをモンスターに目掛けて2丁同時に発射した。ドルルルルッ!と、凄まじい音をたてながら、弾丸が発射され、穴だらけになっていくモンスター達。ある程度数が減ってきたところに、フィリスはガトリングキャノンをしまうと、右手にコンパクトマシンガン、スコーピオンを、左手にショットガン、スパス12を召喚して、


「よじ登る敵は任せます!」


そういって物見櫓から飛び降りて、敵陣へと突っ込む。


「なんなんだよ、あれ!?」


「知るかっ!でも…」


「フィリスの言ったことを思い出せ!この砦を死守するぞ!」


「おう!」


どんどんモンスターを駆逐していくフィリス、その弾幕を搔い潜って砦によじ登るモンスターを弓矢で落とす先輩騎士達、戦いが始まって1時間程経った頃、


「パパぁ!」


ミロと四龍が到着する。ミロ達はフィリスの近くに降りるが、フィリスは直ぐに指示を出す。


「エンレンとスイレンは私と一緒に前線の敵の駆逐、ライファとランファはミロと砦の防衛を頼む!」


「解りました!」


「…了解!」


「任せて下さい!」


「気を付けて下さい!」


全員が指示通りに行動する。ライファとランファは、直ぐにミロに乗って砦の上に降り立ち、フィリスが倒し損ねて登ってきたり、扉を破壊しようとしているモンスターの駆逐を始める。ミロは人の姿に戻って少し休憩をする。エンレン、スイレンはフィリスの放つ弾丸に魔法を乗せて、威力を高めたり、フィリスの攻撃の範囲外の敵の処理をした。そのかいあって、1時間ほどでモンスターは全て駆逐された。



カーマインとその部下達が到着した頃、戦いは終わっていた。夥しい数のモンスターの死骸がフレデリック王国側の砦の周りにあった。


「…これは。」


カーマインが見ると、フィリスと四龍、ミロがモンスターから魔石を取りだしているところだった。


「フィリス!」


その姿を見つけて、カーマインが走って近付く。


「あれ?カーマインさん、久しぶりですね?」


「久しぶりじゃないだろう!これはいったい?」


「まぁ…モンスターの…死骸…ですね。」


はははと笑うフィリスに、呆気にとられるカーマイン。と、そこへ先輩騎士達がやってくる。


「フィリス、本当に集めた魔石を貰って良いのか?」


「先輩達が頑張ってくれなかったら、砦は破壊されていたでしょうし、一緒に戦ってくれたお礼です。」


「でも、お前の彼…女…?その人達は?」


「私達は大丈夫です。」


「…そうそう。」


「全てはフィリス様のため…」


「それに途中参加ですからね。」


「お腹空いたぁ…」


四龍達は口々にそう言う。ミロはお腹を空かせているので、


「先輩、魔石の回収は任せます。私は食事の準備をします。」


「お、おぅ…」


「まさか材料は…こいつらか?」


「いえ、今日の昼御飯の準備の途中でしたから。」


「良かったぁ…」


「俺達も腹減ってたんだよ…」


「早めに頼むわ…」


「はい!」


そういってミロを背負ってキッチンへと走っていくフィリスを見て、カーマインは、


「フッ、何も変わらないんだな、君は。」


そういって、魔石回収と死体の片付けを行う。結局、魔石はフィリスがいらないと言ったので半分は砦の復興費用に回され、残り半分は12名の騎士達で分けることになった。作業を手伝ってくれたカーマインとその部下にも、幾らか渡された。その後、フィリスの手料理を食べて英気を養い、暫く四龍が先輩騎士達と砦を守ってくれることになり、フィリスはカーマインと共にミロに乗ってガデル王国へと向かうことになった。


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