第21話

フィリスの優勝に終わった武道大会の翌日、マティーナは城へと赴いていた。中に入り1時間後、会議室にてメイドが煎れたコーヒーを飲んでいると会議室の扉が開き、国王であるマディソン・ガデルが姿を現した。


「お久しぶりです、マティーナ先生。」


「国王陛下もご健康そうで。」


そう言うと、マディソンは頭を振って、


「先生、今は公務では無いのです。普通に話して頂きたい。」


「そうかい?じゃあ普通に。元気だった、マディソン君?」


そう話をした。マディソンもまたマティーナの生徒であるので、敬語で余り喋ることが無い。勿論公私混同するつもりは無いのだが、普段世話役として、国の発展のために話をしているので、教え子に対しての話し方をする。


「で、私に何かようかい?いきなり呼び出されて、こちらとしては理不尽にも程があるんだけど?」


「申し訳ありません。しかし、重要なことです。我が娘、アリシアの件です。」


それを聞いて、マティーナはこめかみをピクリと動かした。


「あの子は才能はあったはず。しかし生徒間で権力を翳したのは事実です。その件についてご助力を願いたいのです。」


「知らないよ。家族である君が知らないことを、私が知っているとでも?確かにSクラス入りはしていたけど、それは他の教員達が納得して入れただけだからね。あの子の教育をしていた教師達にもそれなりの罰は与えたし、それ以上私は介入すべきでは無い、そう考えているよ?」


出されていたお茶菓子をポリポリ囓りながらマティーナは話す。マディソンはそれを聞いて、溜め息をついた。


「しかし、こればかりは見過ごせない。第2王女の膝を破壊して再起不能にし、そればかりか顔まで焼いた生徒のこと、私が何も知らないとでも?」


「ふーん、彼のこと、知っているの?」


「嫌、全く。」


それを聞いて、マティーナはこけそうになった。


「何も知らないなら、何も言う資格は無いよ、マディソン君。そんな話なら、私は帰る。」


「…唯一解っているのは、その生徒は貴女の特別クラスに1年生でありながら入っていること位です。子飼いの龍、そう呼んでいる者もいるようですが?」


そう言われて、マティーナは少し汗が出て来た。しかし別に怪しいことをしているわけでもないので、平然としていた。


「で、私に何が聞きたいの?」


「彼の素性です。」


「知らない。そんなに聞きたかったら。君の所のカーマイン君に聞きなよ。」


「…?」


「まさか、知らなかったのかい?その生徒はフィリス・ハーヴィ君。カーマイン君の養子だよ。」


「えっ!?」


驚愕の顔をするマディソンに対して冷ややかな目を向けるマティーナ。


「そんなわけだから私は帰る。武道大会の後始末も残っているしね。」


「待って下さい、せめて娘の顔を治して頂けませんか?」


「…君の所の魔術師に頼みなよ。私は生徒のことは大切だけど、部外者、特に退学処分を受けるような人間に情けをかけない。君はよく知っているはずだよ。」


「…」


マディソンは俯いてしまった。確かにアリシアの自業自得であるので、それ以上は何も言えなかった。そしてマティーナが会議室から出て行くのを黙って見送った。



さて、2日間の休みが終わってフィリスが学校へ行くと、テッドとティファが仲良く校門の前に立っていた。


「テッド、ティファ、おはよう。」


そう声をかけると、2人も挨拶を返す。が、今日は様子が違った。


「なあ、フィリス。校長室って、何処なんだ?」


テッドがそう聞いてくる。


「いつも行ってるから案内するけど…どうしたの?」


「実は、昨日の夜にこんな手紙が来たの。」


ティファがそう言うと、2人は手紙を見せてくれた。そこには、“明朝、校長室まで来られたし。“と、書かれていた。


「俺達、何か不味いことでもしたのかな?」


「まさか…退学とか?」


「いや、きっと違うよ。」


そう話をして3人で校長室へ向かう。フィリスが代表で扉を叩くと、


「どうぞ。」


と、いつもの声でマティーナが返事をした。中へ入ると、相変わらず背丈に似合わない大きな椅子に座って肘を机に置いて、ニコニコしながらマティーナが迎えてくれた。


「おはよう、フィリス君、オルステッド君、ティファ君。」


「おはよう御座います、マティーナ先生。」


「ちょっ!?フィリス、校長先生の事を名前で!?」


「ふふふ、いいんだよ、オルステッド君。以前のストレイボウ君とヨヨ君の一件で、私がそう呼ぶことを許可したんだよ、彼だけ特別にね。」


「そっ、そうなんですか!?」


「凄いなぁ…フィリスは。」


テッドもティファもポカンとした表情になる。


「それでマティーナ先生、2人が先生に要件があるとのことで、一緒に来たのですが?」


「うん。昨日の晩に失礼ながら手紙をだしたんだよ。御免ね、急に。」


「いえ…」


「正直驚きましたが…退学ですか?」


「…はぁ?」


ティファの言葉に呆れた声を出すマティーナ。暫く何かを考えて、


「いや、君達2人、何か悪いことでもしたの?」


「するはず無いでしょう。」


2人に代わってフィリスがそう言う。


「それはそうだよね。今日来て貰ったのは、2人の意志の確認がしたかったからだよ。」


そう言うと、マティーナは1つ咳払いをして、


「オルステッド君、ティファ君。特別クラスに入る気はあるかい?」


「えっ!?」


「私達が…特別クラスに!?」


それを聞いて驚いた2人だったが、マティーナは続ける。


「武道大会において、成績は良くなかった。確かにそうなんだけど、2人の戦いを見てね。1回戦で2人が戦っていたとき、とても1年生とは思えなかったんだよ。」


そう言うと、マティーナは椅子を回して後ろを向く。


「それは多分、フィリス君が関係していると思ったんだよ。3人で一緒に居るのも目撃したしね。」


「それは…」


「確かに…」


「でね。仲の良い君達2人を特別クラスに入れれば、フィリス君の能力も更に向上する、そして優秀な生徒が更に2人も育つことになる。私はそう考えたんだ。」


そこまで言い切って、マティーナは再び椅子を回して、3人を見る。


「どうかな?私の授業はとても厳しいけれど、卒業までに騎士団長を務めているカーマイン君位強くなれるとは思うけど?」


それを聞いてテッドとティファは少し考えて、


「…勿論、やります!」


「うん、そうだよ。このままじゃフィリスに置いてけぼりにされるもの。それに、自分達の限界が知りたいです!」


2人の言葉、そしてその目の輝きを見て、マティーナはうんうん頷いた。


「と言うわけだから、フィリス君、君の新しいクラスメイトだ。仲良くね?」


「解りました、先生。」


テッドとティファ、2人が歓喜の声を挙げる。それを見て、微笑んでいるフィリスとマティーナ。こうして特別クラスに新しい仲間が増えた。と、そこでフィリスが疑問を抱く。


「マティーナ先生、まさか2人にも仕事を手伝わせるつもりですか?」


「勿論、私の仕事の内容は、宮廷魔術師以上にややこしいものばかりだ。卒業まで手伝ってくれると、それだけで宮廷魔術師どころか大臣にまでなれるよ。」


「…本音は?」


「私自身が面倒くさ…ちょっ、フィリス君!?」


そんなやり取りを見て、爆笑するテッドとティファ。しかしマティーナは直ぐに真顔になって、


「まぁ、手伝ってくれると助かるんだよ、色々とね。特に今日とかは。」


「…何故ですか?」


テッドが質問する。


「カリナが休みだからね。そんな日は仕事が溜まっちゃって…」


「カリナ…?」


「私の秘書のことだよ。」


「正確には…ゴーレムかホムンクルスですか?」


「そうそう…え、フィリス君、気付いていたの!?」


何のことか解らないテッドとティファだが、フィリスが説明をする。


「武道大会本戦で審判をしていた女性がいただろう?」


「あぁ、あの人がカリナさん?」


「そう。先生のゴーレムかホムンクルスだと思っていたんだ。どうなんですか、先生?」


「正解だよ。彼女はホムンクルス寄りのゴーレムなんだ。だけど、どうして解ったの?」


「カリナさんから人間特有の生気が感じられませんから。あとはマティーナ先生の不条理な押し付け仕事を嫌な顔せずやってますからね。」


「うぅ…初めてだよ。あの子を見破った生徒は。」


「今日はどうしているんですか?」


「自宅の培養液の中で休息させているよ。武道大会では、企画、運営に審判と、八面六臂の活躍をしてくれたからね。けど、ここだけの話にしておいてね。カリナの正体を知っているのは君達と教頭位だから。」


「解りました、私達も口は堅い方ですから。」


それを聞いてホッと胸をなで下ろすマティーナを見て、また1つ貸しが出来たなと思うフィリスだった。


「それで、今日の授業なんだけど…フィリス君、この間からやっていることを2人に見せてあげて。」


マティーナは急に真面目な顔付きになり、フィリスに手本を見せろと言う。


「解りました。」


フィリスはそう言うと、端っこによると、逆立ちをした。


「まさか逆立ちをずっとするだけ…なわけないか?」


「まあ見てなさい。」


テッドが口を挟むが、マティーナは静かに見ているように促す。逆立ちをしていたフィリスは、地面についている手から魔法を発動、ポンッと音をたててフィリスの体が少し浮く。そして直ぐに逆立ちに戻った。


「これ、出来るかい?」


「出来ますよ!」


テッドがそう言うと、逆立ちを始めて、魔素を集中させて魔法を発動…出来なかった。


「あれ?おかしいな?」


「なにやってるのよ、テッド。」


「いや、魔法が…出ないんだ。」


「えっ!?」


テッドの言葉に驚くティファ。その様子を見て、逆立ちから直立に戻ったフィリスとマティーナは笑っていた。


「それはそうだよね。この部屋の周囲にはね、魔法障壁が張られているんだよ。」


「魔法障壁?」


「普段の魔素の量は変わらない。だけど魔法が使えない。何故だと思う?」


マティーナの質問に、テッドとティファが考える。そしてティファが答えた。


「魔力の量…ですか?」


「正解だよ。この部屋の周辺では、魔法の威力、即ち魔力が制限される。それも百分の一にね。」


「…はぁ!?ひゃ、百分の一!?」


「つまり、この部屋で魔法を使いたいなら、百倍の力を込めなきゃならないって事だよ。」


フィリスにそう言われてドッと汗を流すテッドとティファ。それを見てマティーナはまた笑い出す。


「アハハハッ、普通はそうだよね!フィリス君なんか1日でこの理論をマスターしちゃったからね。マティーナ、つまんない。」


「先生の教え方が上手だったからですよ。」


あっけらかんとした2人を見て、テッドとティファはこの特別クラスが本当の地獄だと思った。


「まぁ、2人が出来るようになるまで、フィリス君の新しい課題は無しだから。早く出来るようになってね。」


不敵な笑みを浮かべるマティーナを見て、また汗を出すテッドとティファだった。



同じ頃、城においてはカーマインがマディソンに呼び出されていた。


「陛下、御用ですか?」


「うむ。其方の養子の件についてだ。」


「…はぁ。」


「フィリス・ハーヴィ、どういう子なのだ?」


「…10年前、私が持ってきた魔物の死体を覚えておいでですか?」


「あぁ、其方が倒した…」


「あの時も申し上げましたが、やはり信じては貰えなかったのですね?」


「まさか…そのフィリスとやらが?」


「その通りです。10年前、僅か5歳だったその子が魔物を討ち果たしたのです。」


「…あの時は、其方の冗談かと。」


「陛下、私が嘘や偽りを申し上げたことなどありません。」


「うむ…確かに…しかしなぁ。5歳児が魔物を倒したと、誰が信じるのだ?」


「今回のアリシア様の件、陛下も聞いておられるでしょう?」


「あぁ。あれはあの子の落ち度である。それは解ってはいるのだが…親としてはなぁ。」


「殺そうと思えば殺せたのを、あれで済んだのは良かったとお思い下さい。」


「うーむ…カーマインよ、フィリスに会えるか?」


「は?」


「フィリスを城に連れてこい、そういう意味だが?」


「…解りました。しかし、あの子は今…」


「解っておる。マティーナ先生の邪魔はせん。次の学校が休みの日に城へと連れてくるのだ。私が直々に見て判断をする。」


「…解りました。」


そう話して、カーマインは下がっていった。


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