第20話
次の日の朝、フィリスは家族に先に行くと伝えて、コロセウムに向かった。と、コロセウムの入り口にアリシアが立っていた。不敵な笑みを浮かべているアリシアを横目に、フィリスはコロセウムへ入っていった。
準決勝、第1試合はフィリスとシレーナの戦いだった。そこでもフィリスは剣を貰い、シレーナは弓矢を貰った。遠距離からの攻撃なので、不利かと思われたが、フィリスはファイアボールを地面に着弾させて煙幕を作り出し、相手の視界を奪ってその隙に接近し、首に剣を突きつけて勝利を収めた。そして第2試合はアリシアが相手を翻弄して勝利した様だった。
「さあ、試合も残すところあと1試合、決勝戦です!」
高らかにマティーナが宣言すると、今まで以上の大歓声があがる。
「選手の紹介を致します!1年生でありながら、ここまで相手を寄せ付けない戦いで勝ち抜いたフィリス・ハーヴィ君!」
ワーッ!と、歓声があがる。
「対するは、我らがガデル王国、第2王女のアリシア・ガデルさん!」
フィリスの時よりも大きな歓声があがる。
(ティファ達が言っていた通り、人気はあるんだな。)
そんなことを考えていると、武舞台へと促される。中央まで行くと、これまでと同様にカリナが武器を聞いてきた。
「私は鞭を貰いますわ。」
アリシアがそう言うと、カリナは鞭をアリシアに渡す。そして、
「フィリス君は剣ですね?」
と、言ってきたので、
「いえ、今回は素手で行きます。」
と伝えた。それにはカリナも驚いたが、解りましたと告げて、2人に一定の距離を取らせて、自身も下がった。
「おいおい…」
「鞭相手に素手で戦うのか?」
「待てよ、今までもまともに剣を振ったところ無かったし…」
「何でも良いさ、早く試合が見たい!」
そんな声が周りから聞こえてくる。相変わらず不敵な笑みを浮かべているアリシアに対して、少し俯き気味のフィリス。カーマインだけがフィリスの異変に気付いていた。しかし、
「それでは両者、始め!」
無情にも試合が始まってしまった。鞭を振りかぶり、フィリスへ向けて放つアリシア。だが、フィリスはバク転でそれを寸での所で躱すと、接近しようとする。しかしアリシアも直ぐに鞭を引き戻して2撃、3撃と攻撃を放つ。その悉くを躱すが、接近することをアリシアは許さない。
「やはり、そうだ。」
カーマインが立ち上がる。試合を見ていたコール、ネーナ、マチルダがそれに気付き、
「あなた、どうしたの?」
マチルダが声をかける。
「今までのフィリスの戦い方じゃ無い。何かあったのか…?」
ゆっくりと座りながら、カーマインはそう呟くが、何があったのかは解らず、心配そうに義息子の戦いをみている。すると武舞台上ではフィリスの右腕にアリシアの鞭が絡まっていた。フィリスが鞭を受けたのだった。相変わらず不敵な笑みを浮かべているアリシアに対して、フィリスは相変わらず俯き気味の体勢、その表情は見えない状態だった。観覧席の客からは、大歓声があがっているが、その声の中、アリシアがフィリスに話しかける。
「もう茶番は終わりになさいな。惨めに負けなさい。家族を路頭に迷わせたくは無いでしょう?」
そういって、アハハハッ!と高らかに笑うアリシア。その時フィリスは、この世界に来て始めて舌打ちをした。と、その時だった。ガシャン!と、ガラスの割れる音がした。武舞台上の2人が何だと思い見ると、家族が入れる観覧席に張られていたガラスを、カーマインが拳でぶち破っていた。
「フィリーース!」
カーマインが大声を上げる。
「家族の事など気にするな!君は君だ!立派に戦い抜きなさい!」
その声を聞いて驚いたのはアリシアの方だった。が、フィリスはカーマインの方を向いたまま、コクリと頷いた。そしてアリシアの方を見る。その顔は鬼の形相に変わっていた。
「ひっ!」
その形相に驚いたが、アリシアは魔法の詠唱を始める。
「我、求む。彼の者を焼き尽くす断罪の炎…」
が、途中で凄まじい轟音が会場に鳴り響いた。なんと、フィリスの左手にコルトパイソンが握られており、アリシアの右膝を撃ち抜いていた。
「あがッ!」
悲鳴とも言えない声をあげて、アリシアは倒れ込んだ。それと同時にフィリスは右手に巻き付いた鞭を外し、アリシアに近付いていく。
「ヒィッ!」
相変わらず変な声をあげるアリシアに対して、フィリスはコルトパイソンを消すと高速で近付き、右手でアリシアの顔を掴んで、あろうことか炎を出して顔を焼いた。
「ギィヤァァァァ!」
綺麗だったアリシアの顔が焼けて、嫌な匂いがたち篭め始めると、カリナがフィリスを止めた。
「フィリス君、そこまでです!」
そう言われて、フィリスはハッとなり、右手をアリシアの顔から話した。死んではいない様だが、無残な光景がその場にあり、観覧席にも静寂が広がっていた。と、マティーナが近付いてきて、アリシアの治療を行う。一通り治った後、マティーナがフィリスに言う。
「フィリス君!どういうつもりですか!?」
そう言われて、フィリスが重い口を開いた。
「…昨日、その女から脅されました。」
「…え?」
「私は第2王女、貴方の家族の事などどうにでもなる、家族が路頭に迷うことになりたくなければ、この試合、わざと負けろと。」
「そんなことが…?」
「でも、さっきその女が話してきたのを、カーマインさんは恐らく読唇術で聞き取ったのでしょう。だからああやって私を助けてくれました。」
そう言うと、フィリスはカーマインの方を見る。マティーナも見てみると、カーマインがうんうん頷いてこちらに笑顔を見せていた。
「その女、恐らく同じ手口でここまで勝ち進んで来たんでしょうね。実力だけなら、ティファが負けるはずありませんからね。」
そこまで告げると、フィリスは武舞台から降りていこうとする。と、そこでようやく気付いたのか、観覧席から大歓声があがった。そして、マティーナが一足遅れて、
「こほん、えー、今年の優勝者は、1年生のフィリス・ハーヴィ君です!惜しみない拍手を!」
と告げた。こうして武道大会は終わった。表彰されたのは、フィリスとシレーナ、ヤーマンの3人。アリシアはその行いを全ての人々に見られていた挙げ句、その行いは人として最低だと罵られ、退学処分になった。マティーナもこの件に関して怒り、国王に談判すると皆の前で告げた上で、最低限の治療をアリシアに施した。即ち、焼かれた顔の治療は一切行わず、右膝の治療だけをした。さて、賞品としてトロフィーと賞状を受け取ったフィリスだったが、勿論当初の約束を忘れてはいない。
「マティーナ先生、賞品ですが…」
「解っているよ。ちゃんと渡すから。」
約束は約束として、きっちりしようと思ったマティーナであった。その後、家族と合流したフィリスは笑顔で迎えられたが…
「フィリス兄さん、どうしたの?」
「…コール、ネーナ。私が怖いかい?」
そう聞かずにはいられなかった。しかし、コールとネーナ、そしてマチルダもカーマインさえもがポカンとして、
「え?兄さんは兄さんですよ?」
「何言ってるんですか?」
「偶には怒らないと。ねぇ、あなた?」
「そうだよ、フィリス。優しいだけでは何も出来ないよ。さあ、帰ろう。」
そう言ってくれた。やはりこの家族の元に来て良かったと思うフィリスだった。その日の夜、再びヴァーミリオン一家とカルマ一家を家に呼んで、大宴会が開かれた。テッドは普通に喜んでいたが、ティファは小声でフィリスに、
「ありがとう。」
と、伝えた。そしてその日は遅くまで宴会が催されたが、ある意味悲鳴を上げたのは、皆の中心で揉みくちゃにされたフィリスだったのは言うまでもないだろう。
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