第10話
決闘に無事に勝利したフィリスは、今日も学校へ通う。マティーナからこのガデル王国の歴史を学び、カリナから特別に文化を学んでいた。一般常識が抜けているのは、今まで1人で生きてきた為に仕方の無いことだとしても、空白の10年間を埋めるためにフィリスは勉強、勉強、勉強の日々を過ごしていた。と、カリナから文化の授業を受けていると、昼を告げる鐘が鳴った。
「はい、今日はここまでです。」
「解りました、昼からもお願いします。」
「フィリス君、今日は午後からは私達の授業はありませんよ。」
カリナがそう言うと、椅子に座っているマティーナもうんうん頷いている。因みに、教室ではなく校長室で行っているのは、いつ仕事が入るか解らないからだ。
「え?じゃあ私は昼から何を?」
フィリスが疑問を口にする。
「うん、昼からフィリス君は、Sクラスの子達と運動するんだよ。体力をつけるのも、授業だからね。」
「それもマティーナ先生達が教えてくれるのでは?」
「私達はこの部屋から出れないって、最初に説明したでしょう?運動担当の教師がいるから、そちらに頼んだんだよ。それに、友達を見つけて貰うことも目的の1つだし。」
「はぁ…友達…」
フィリスは少し考えた。確かにマティーナもカリナも忙しいのに自分のために時間を割いてくれている。このままいても2人の仕事の邪魔になるだろう。
「解りました。私は昼は何処に集合すれば宜しいのでしょうか?」
「グラウンドだよ。」
「そうですか。では、失礼します。」
鞄を持って、校長室を後にするフィリスの背中を、マティーナとカリナは優しい目で見送る。
「しかし…彼は凄いですね。」
「ん?」
「空白の10年間の一般常識、及びこの国や他国の歴史まで、殆ど学んで吸収してしまっていますよ。まだ1週間しか経っていないのに…」
「うん。それだけ彼が優秀だって事だよ。面白いし、いい子だ。」
「はい。」
「おかげで私達も昼からはゆっくりと出来るしね。」
「…彼に仕事を手伝わせて、その間に何をしていらっしゃるのですか?」
「ん~、彼の学業の邪魔にはならないことだよ?」
「それなら良いのですが…」
あっけらかんとしているマティーナを見て、目を細めるカリナだった。
昼食を取り、授業開始の鐘が鳴る前、フィリスはグラウンドに着いた。ちらほら生徒も見受けられる。
「なぁ…」
「あれって、この間の…?」
「あぁ、間違いない…」
そんな声が聞こえてくる。しかし、フィリスは気にもとめていなかった。
「あのぅ…」
急に、2人の生徒がフィリスに話しかけてきた。
「なんでしょうか?」
「フィリス・ハーヴィ君…だよね?」
1人は男、もう1人は女で、質問してきたのは女の方だった。
「そうですが…?」
「先日は、ストレイボウとヨヨが迷惑をかけました。」
男の方がそう言うと、2人で頭を下げてきた。
「…あなた方に謝られることはありませんが?」
「あー、実は2人は俺達の幼馴染みで…」
「もっとしっかりと止めておけば良かったって…」
どうやら友達思いなのだろう。自分達に罪は無いのに、代わりに謝って来たらしい。
「頭をあげて下さい。謝らないといけないのは、私の方です。再起不能にしてしまったのですから…」
「まあ、2人は普通の生活には支障は無いそうですので、それだけは伝えようと…」
「わざわざ有難う御座います。」
どうやら見舞いに行った近況報告をしてくれたようだったので、素直に感謝を述べるフィリス。
「自己紹介がまだだった。俺はオルステッド・ヴァーミリオン。で、こっちが…」
「ティファ・カルマです。」
「…さっき答えましたが、フィリス・ハーヴィです。」
「あのさ…ハーヴィって、カーマイン・ハーヴィ様と関係が?」
「カーマインは私の養父です。」
「え?」
「養子!?」
「はい。先日なったばかりですから、知らないのも仕方ないかと。」
「そうなんですね…」
「別に敬語は必要ないですよ。オルステッドさん、ティファさん。」
「じゃあ俺達にも敬語は必要ないよ。それに、テッドでいいよ。」
「解ったよ、テッド。」
「特別クラスって…何をしているの?」
「普段は校長先生の手伝いとか、一般常識の勉強をしています。私は、10年間誰とも会わない生活をしていたので、常識や歴史、文化に疎いので。」
「何処から来たんだ?」
「ソーン村です。」
「…聞いたことある、テッド?」
「…いや。」
「まあ10年前に壊滅したので、知らないと思いますよ。」
そこまで話していると、教師がやって来て、昼の鐘が鳴った。
「よーし、全員集まっているか?おっと…フィリス・ハーヴィ君はいるかな?」
「ここに居ます。」
「良かった。校長から君も運動の時とかはこのクラスと一緒にやるって聞いていたのでね。皆に挨拶をしてもらおうかな。」
教師に促されて、皆の前に立ち、
「フィリス・ハーヴィです。宜しくお願いします。」
と、軽く挨拶をした。先日の件があるからなのか、顔を引き攣らせてはいたが、皆拍手をしてくれた。
「うん、大丈夫だな。それでは今日の授業はグラウンド10周だ。」
教師の言葉に皆絶句した。
「あの…先生?」
「なんだね?」
「この広いグラウンドを…ですか?」
そう。このグラウンド、恐ろしく広いのである。優に直径だけで10キロはありそうな程に。
「騎士になるにせよ、他の仕事につくにせよ、体力は必要だからな。今日は10周だが、更に距離を伸ばしていくからな。ちゃんとついてくるように!」
そう言うと走り出す教師。フィリス達生徒はその後ろを走り出す。かなりゆっくりのペースなので、まあ余裕かなと思った生徒もいたようだった。フィリスは教師の直ぐ後ろをついて走る。その横をテッドとティファも走っている。しかし、体力温存のために話すことは無かった。
8周が終わった頃、教師は生徒達を見て、がっかりしていた。約9割の生徒が、倒れ込んでいたからだ。
「だらしないなぁ、そんなので人が守れると思っているのか?」
教師の辛辣な言葉が飛ぶ。残り約1割の生徒も、息も絶え絶えな様子だった。それはテッドとティファも例外では無い。しかし、フィリスだけは息も切らさずにいた。
「ここからペースを上げるぞ。ついてこれる者だけついてこい。」
教師がそう言うと、心が折れたのか、残っていた約1割の生徒も倒れ込んでしまった。唯一、フィリスだけが走る気満々だった。
「ふむ…流石特別クラス。体力も人一倍か。」
「どうしましょうか、先生?」
「よし、今日の走力向上は終わりにしよう。2名一組を作ってくれ。」
その言葉を聞いて、生徒達は直ぐに動いて2名一組を作る。が、フィリスだけ余ってしまった。
「今からしてもらうことは、組み手だ。ゆっくりとした速度で相手の急所に攻撃をしろ。受ける方もゆっくりとした動作でそれを防ぐ。代わりばんこで打ち合い、双方100回ずつ打ち込んだら終わりだ。」
「先生、意味がわかりません。」
生徒の1人がそう言った。
「ふむ。フィリス君、理解できたか?」
「はい。」
「では見本を見せる。」
そう言うと、フィリスと教師は一定の距離を取って、打ち込みを始めた。その速度の遅いこと。約三十秒かけて1発殴ったり蹴ったりする速度だ。
「これを極めると、こうなる!」
そう言うと、いきなり教師はスピードをあげた。が、フィリスは余裕で捌き、同じ速度で教師に攻撃をする。それを見ていた生徒達は唖然としていた。100を優に超える数の攻撃をしあった後、2人は動く事を止めた。肩で息をする教師、息も乱れていないフィリス。なんとも恐ろしい光景だったが、それに気付いた者はいなかった。
「そ、それでは組み手を始めなさい。」
そう言われて、生徒達は組み手を開始する。
「先生、私は何をすれば?」
「疲れているだろう?休んでいていいぞ。」
そう言われ、他の生徒の邪魔にならないところへ移動し、フィリスは胡座を搔いて座って、見学を始めた。
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