第9話

観覧席は学生、教師で埋め尽くされているが、何の説明も無いままだったので、困惑している状態だった。広いグラウンドの中央には、フィリス、マティーナ、ストレイボウ、ヨヨの4人だけが立っている。と、マティーナが大きな声を出した。


「皆さん、私の声が聞こえますでしょうか?集まって頂いたのは、先日行われた新入生適正評価で、私が特別クラスに編入させた生徒に関してです。」


マティーナの声は、大きいが、優しい雰囲気のある声で、ドスのきいた声では無いので、皆安堵して聞いている。


「私達教師で決めたことですが、良く伝わらなかったようで、保護者の一部には、私が不正を働いたように感じられた方もいたようです。ですから、評価が正当であったことを証明するために集まって貰いました。紹介します、彼が特別クラスのフィリス・ハーヴィ君です。」


そう紹介されても、フィリスは微動だにしなかった。周りからは歓声があがっている。


「そしてこちらが、今年のSクラスに入学した、ストレイボウ・キルマー君と、ヨヨ・ハミルさんです。」


そう紹介されて、再び歓声があがる。


「静粛にお願いします。今から1対2の変則バトルを行って貰います。負けた方は、残念ながら退学して貰います。ですので、本気でやって下さいね。ルールの説明をします。駄目なのは殺すこと。死に至らしめたら負けです。それ以外は全て認めます。以上です。異論のある方はいますか?」


そう宣言するマティーナに対して、言葉を出す者はいなかった。だが、観客席から、


「ヨヨ、勝つんだぞ!」


「ストレイボウちゃん、ママが見ているわ!」


と、キルマーとハミルが言う。対するフィリスには周りからは罵声が飛んでくるかと思っていたが、特に何も飛んでこなかった。グラウンドでは、ストレイボウとヨヨは作戦をたてているのか、話をしている。フィリスは体を入念に動かしている。腰を回し、腕を回し、急に逆立ちしたりと、しっかりと動かしていた。すると、審判役のカリナがグラウンド中央にやってくる。


「好きな武器を言って下さい。」


そう言うと、ストレイボウは剣を、ヨヨは杖を要求した。直ぐにロングソードと魔術師の杖が用意される。


「フィリス君は?」


「必要ありません。」


フィリスにカリナが聞くが、首を横に振って断る。準備が整い、双方、距離を取った。


「それでは、始め!」


カリナの声で勝負が始まった。始まった瞬間、ストレイボウが突っ込んでくる。その後ろではヨヨが詠唱を始めていた。それを見て、フィリスは思っていた。


(確かに、定石だが…実力が伴っていない。動きは単調に突っ込んでくるだけだし、詠唱に時間がかかっている。)


そこまで考えて、フィリスは構えを取る。と、上段からストレイボウが剣を振り下ろしてきた。それをフィリスは左手で掴み取った。刃は潰してあるので斬れはしないが、普通の人間なら物凄い痛みを感じるはず、しかしフィリスにとっては非常にゆっくりだったので出来た芸当だった。


「なっ!?」


次の瞬間、ストレイボウは驚いた声をあげた。が、次の瞬間、ヨヨの詠唱が終わったらしく、


「ストレイボウ、退きなさい!」


と、声をかける。仕方なく剣を離して距離を取るストレイボウ。それと同時にヨヨが、


「イラプション!」


と、魔法を発動させる。するとフィリスの足元から炎が吹き上がった。周りから見れば、フィリスが直撃を受けたように見えていた。


「お…おい、イラプションって…」


「あぁ、対人において邪道と言われる魔法だぞ。」


「あきらかにオーバーキルだ…」


そんな声があがり、生徒だけで無く教師達も顔を引き攣らせる。中級魔法の中でも、イラプションは、その奇襲性のある攻撃、及び破壊力において対人戦では禁じられている魔法だった。そんなことは、普通のこの世界の人間なら知っていることの筈なのだが…勝ち誇った笑みを浮かべるストレイボウとヨヨ、カリナがグラウンドに立っており、他にはまだ炎の柱がゴウゴウ燃えている状態だった。


「あ…あぁ…」


カリナは動けない状態だった。最早勝負の話で言えば、明らかな殺傷行為でストレイボウとヨヨの負けなのだが、相当ストレスが溜まっていたのだろう。その鬱憤を晴らしたいが為にこのような凶悪な事をしたのでは無いか、そう思えるほどに地獄のような光景が広がっていた。そんな中、冷静に見ているものが1人だけいた。


「…」


口も開かず、ただただ燃えさかる炎を見つめるだけ。その人、マティーナはゆっくりと目を閉じ、数秒後、再び目を見開いた。と、次の瞬間、炎の中からふたすじの閃光が走り、閃光はストレイボウの左肩と、ヨヨの右太股に当たった。


「ぐあっ!」


「きゃっ!」


悲鳴をあげてストレイボウは肩を押さえ、ヨヨは膝をつく。その直ぐ後、炎が急激に衰えだし、消えていった。すると、炎の中から、フィリスが姿を現した。先程ストレイボウの剣を受けた体勢のままだった。しかし、その右手にはリボルバー拳銃のコルトパイソンが握られていた。どうやら魔法を受けた後、コルトパイソンを具現化し、炎の中から撃ったらしい。と、直ぐにフィリスは銃を隠した。これ以上見られるのはいけないと判断したようだった。カリナは呆気にとられていたが、はっ!として、ストレイボウとヨヨに近付く。ストレイボウの肩は吹き飛び、肩から先が無く、ヨヨの右足も千切れ飛んでいた。


「戦闘は続行不可能。勝者、フィリス・ハーヴィ君!」


高々とその名を呼び、勝敗は決した。だが、


「ふ…巫山戯るなぁ!」


と、ストレイボウが痛みも気にせず、突っ込んでくる。右手で拳を握り締め、フィリスに殴りかかるが、その動きを見ていたフィリスは、見事な体捌きで後ろに廻ると、首に手刀を叩き込んで沈黙させた。そこまでを見届けて、マティーナが動き、千切れ飛んだストレイボウの左手とヨヨの右足を拾い、2人に近付いて魔法で結合した。


「うーん…これは…後遺症で2人とも2度と戦うどころかまともに動けませんね。」


マティーナが結合した部位を見てそう言った。ハミルとキルマーが近付いてきて、子供達に寄り添う。


「まあ、退学処分ですから、私達には関係ありませんね。速やかにお引き取り下さい。」


「む…息子よ!!」


「待ちなさい!こんな事が許されると!?」


「…何か勘違いされているようですが。」


ハミルとキルマーに対してマティーナは言う。


「ここは騎士を育てる場所です。わがままを言いたいなら、家でして下さい。それを解ってここに入学したのでは無いですか?命の危険もある、それは入学資料にも書いてあったでしょう?」


「「…」」


そこまで言われて、黙り込んだ。マティーナはその後ゆっくりとフィリスに近付いて、


「お疲れさま、フィリス君。」


と、優しく声をかけた。


「3つの魔法を間髪入れずに使うのは、まだ慣れていなかったので、手加減出来ませんでした。済みません。」


「ううん。君はあの子達を殺そうと思えば殺せた筈。手加減の方がしんどかったんじゃ無い?」


「さぁ…どうでしょう。」


「でも、見せて貰ったよ。あれが君の固有魔法なんだね?」


「はい。」


「フフフッ。また今度、ゆっくりと見せて貰うことにするよ。」


そこまで静かに2人だけで話して、その後マティーナが大声で観客席に向かって言う。


「以上で、決闘は終わり。じゃあ皆、教室に戻ってね!」


そう言われて、呆気にとられていた生徒達、教師達が我に返り、教室へと戻っていった。



再び校長室に戻ったフィリスとマティーナ。すると、話を切り出したのはフィリスの方だった。


「校長先生、賞品は?」


「あ…やっぱり覚えていた?」


アハハッ!と、頭を右手でポリポリ搔きながらマティーナは言う。


「うーん、じゃあ賞品だよ。私のことをマティーナと呼ぶことを許可します。」


「…はぁ。」


「不服なのかい!?」


「いえ…解りました、マティーナ先生。」


「フフフ、光栄に思い給え。何せ、そう呼んで良いのは、国王と、昔の知人くらいだからね。まあ不敬を働く、呼び捨てにする様な人にはお仕置きしてきたけどね。」


「そうなんですね…」


「もぅ…嬉しそうじゃ無いなぁ。仕方ないなぁ。」


そう言うと、マティーナは指をパチンッ!と鳴らす。すると部屋の隅っこに、ソファーが現れた。


「仕方ないから、膝枕してあげる!」


「…有難う御座います。」


その後、一時間ほどマティーナの膝枕で睡眠を取ったフィリスだった。


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