第6話
騎士学校の試験を受けた次の日、フィリス、コール、ネーナの3人は庭に出ていた。フィリスが入学するのは1週間後なので、それまでにコールとネーナの2人に稽古をつける事になったのだ。
「さて、始める前に、2人は魔法が使えるのかい?」
フィリスが2人にそう質問する。
「はい。僕は炎と雷の適性があります。」
「私も。水と風ですけど、適性はあります。」
2人が元気よく話してくれた。それを聞いて、フィリスは安堵した。
「それは良かった。もし適性が無いと、今から行うことも無駄になってしまうからね。じゃあ始めるよ。」
そう言うと、フィリスはコールとネーナの右手と左手を握った。
「最大魔素量を増やすには、2つの方法がある。1つは枯渇するまで魔法を使ったりすることだけど、2人はもう一つの方法を知っているかい?」
「…いいえ。」
「…解りません。」
フィリスの質問に、2人は申し訳なさそうに答えた。
「知らないのは仕方ないよ。これは、私の母さんに教えて貰った方法だからね。もう一つは一般には出回っていない方法だから。」
そう言うと、フィリスは少し2人の手を握る力を強めた。
「兄さん?」
「どうして力を込めるの?」
2人が不安そうな顔をした。痛くは無いが、それなりの力が込められているのが解る。
「もう一つの方法とは、魔素量が充分ある人間が、他人に魔素を付与する事だ。これにより、最大魔素量が一定を越えたと体が錯覚して、より多くの魔素を取り込むことが出来るようになるんだ。」
「それを今から僕たちに…?」
「そうだ。体に違和感を覚えたら、直ぐに言って欲しい。それ以上注ぎ込むと、逆効果だから。」
そういって、フィリスは魔素を2人に流し込んだ。
「違和感はありませんね。」
「私も。」
「ゆっくりと流しているからね。まだまだこれからだよ。」
10分もしないうちに、コールもネーナも倦怠感を感じ始めた。
「兄さん、済みません。体が…」
「なんだろう、凄く重い…」
それを聞いて、フィリスは魔素を送り込むことを止めた。と、次の瞬間、コールとネーナは膝をついて、肩で息をし始める。
「まあ、これで少しは最大魔素量が増えているはずだよ。」
「そ…そうなんですか?」
「後は今から枯渇するまで魔法を使うことだね。その為にも…」
そう言うと、フィリスは指先に魔素を集めて炎を出した。
「各属性で、一時間ほど魔法を使い続けるんだ。」
「…フィリス兄さん!?」
ネーナが悲鳴にも似た声をあげる。
「どうしたんだい、ネーナ?」
「どうしたもなにも…そんなこと不可能ですよ?」
「…?」
「そうですよ。」
コールも声を荒げる。
「普通の人間が魔法を維持出来るのは、少しの間だけで、それ以上の発動は不可能だと言われているんですよ?」
コールがそう説明する。
「そうなのかい?でも、私も母さんもこの方法で魔素を枯渇させて成長してきたからね。2人にもやって貰おうと思っていたんだが…」
「実際、遠くへ飛ばしたりするのは可能ですけど、因みに兄さんはどれくらいその炎を維持できるのですか?」
「うーん…最近はこの方法で枯渇することは無かったかな。固有魔法を使うために、余力は残していたから。1日中このままでも枯渇しないよ?」
「「…!?」」
2人とも驚いていた。普通魔素は燃焼し続ける事は出来ないと考えていたからだ。しかし、さも当然のように維持し、得意がるでも無い兄を見て、2人が思ったのは、
「兄さん、魔素の維持の方法を教えて頂けませんか?」
「うーん…これは癖みたいなものだからね。教えようが無いんだけど…」
「何かコツみたいなものがあるはずです。」
「…初めて魔法を使ったとき、母さんは私に魔素の流れを教えてくれた。その魔素の流れを感じれれば…」
「どうやるのですか!?」
「教えて下さい!」
2人は真剣な顔付きでフィリスを見る。すると、フィリスは再び2人の手を取り、魔素を流す。
「今、さっきより微弱な魔素を流しているけど、解るかい?」
「はい。」
「解ります。」
「その魔素を指に集めてみて。」
言われたとおり、握られた逆の手の人差し指に集中する。
「取り敢えずコールは炎を、ネーナは水をイメージして、魔法を使ってみて。」
ゆっくりと集中する2人。すると、コールの指先には炎が灯り、ネーナの指先には水の玉が出来た。
「それを持続させるだけ。コツはわかった?」
「…多分。」
「…うーん。」
フィリスはゆっくりと2人の手を放す。唸っていたが、2人とも持続させて魔法を使っている。が、直ぐに魔素を枯渇したのか魔法が消えた。
「はぁ…はぁ…」
「うぅ…」
へたり込む2人を、優しい表情で見るフィリス。
「まあ最初はそんなものだと思うよ。」
「…兄さんは、初めてやったときどれくらい出来たのですか?」
「10分位だったかな?」
「10分!?これを…!?」
ネーナが驚いて叫んだ。コールも唖然としていた。
「直ぐに出来るようになるよ、2人もね。努力は絶対に裏切らないから。」
「はい!」
「フィリス兄さんに追いつけるように頑張ります!」
そういう2人の頭を、フィリスは優しく撫でた。
さて、昼食を食べた後、3人は街へと出ていた。
「兄さん、昼は訓練をしないの?」
「うん。必要なものがあるから、それを買いにね。2人のために必要なものだから。」
「プレゼントですか?でも…お金は?」
「大丈夫。カーマインさんから預かった銀貨が4枚ある。聞いた話だと、それぐらいで買えるらしいから。」
「父上が?」
「何を買うんですか?」
「うん。…ここかな?」
フィリスがそう言うと、3人は武器屋の前に立っていた。フィリスは扉を開けて中へ入る。疑問に思いながら、コールとネーナも中へと続く。すると、
「へい、らっしゃい!」
強面のスキンヘッドのおじさんが出迎えてくれた。どうやら店の店主のようだ。
「済みません、ここの武器を見せて頂きたいのですが…」
「おう、構わねえよ。好きに見て行ってくれ!」
威勢の良い店主に圧倒されたコールとネーナ。しかしフィリスは全く動じていないようで、店の武器を見て回り始めた。
「兄さん、何を探しているの?」
「早く帰ろうよぅ…」
「大丈夫だよ。おっと…あったあった。」
暫くしてフィリスは目的の物を見つけたようだった。コールとネーナが見ると、2本の剣だった。1つはロングソード、もう一つはレイピアだった。
「済みません、この2本が欲しいのですが、重さを見ても宜しいですか?」
「勿論。」
店主はニヤニヤしながらそう答える。フィリスが持ってみると、そこそこの重量がある。ロングソードは約2キロ、レイピアは1.5キロ程だろうか?フィリスはニコリと笑って、
「済みません、この2本、刃を潰せますか?」
「面白ぇこと言うな、坊主。お前さん、金はあるのかい?」
「済みません、銀貨4枚しかありません。」
「銀貨4枚?おいおい、その2本で銀貨7枚はする代物だぜ?ロングソードが銀貨4枚、レイピアは3枚だ。どちらかにしな。」
店主は呆れた顔をして、溜息を吐きながらそう言った。
「おかしいな?カーマインさんから、この店なら上質の武器が安く買えるって聞いたのだけれど…」
「ん?坊主、ハーヴィ家の使いの者か?」
「私は先日、ハーヴィ家に養子に来たんです。この2人はカーマインさんとマチルダさんの子供です。」
「おい、まじか!?それなら先に言って下さいよ!失礼しました!」
店主は驚いて、態度を改める。
「いえ…私達はハーヴィ家の者ですけど、店主の貴方からそのような態度を取られる立場ではありません。」
「いやいや!カーマイン・ハーヴィ様にはお世話になったんでさぁ!失礼を働いたら、顔向け出来なくなります!」
「なら、さっきまでと同じ話し方をしてくれませんか?丁寧な話し方は、私達には必要ありません。ねぇ、コール、ネーナ。」
「はい。」
「そうですよ。最初は怖かったけど、お父様の知り合いなら…。」
「そ、そうですかい。でも、何で3人でわざわざ買い物を?行って貰えれば家まで行きますのに…」
「私はこの国に来て間がありませんので、2人に案内して貰いながら、買い物をしに来たのです。」
「で、何でうちの店に?」
「カーマインさんから教わったので…済みません、でもしっかりとお金は持ってくるべきでした。」
「…はっはっはっ、いや、坊ちゃんが言ったとおり、その2本で銀貨4枚て間違いないですよ。ただ、試しただけでさぁ。」
「試した?どうして…?」
コールが疑問に思いながら聞く。すると、答えたのはフィリスだった。
「頑固な主人だから、ふっかけようとしたか、子供は武器なんかより遊び道具を買えって事かと思いますが?」
「…後者でさぁ。でも、確かにあんたたちなら、うちの武器を持つ資格がありまさぁ。どれでも持ってってくだせぇ。」
店主は照れながらそう言うが、フィリスは首を横に振り、
「この2本を、適性価格で売って下さい。」
フィリスがそう言うと、店主は再び大声で笑った。
「銀貨4枚、それでもお釣りが来ます。銀貨3枚が関の山な剣ですから。今回は失礼な事をしたんで、銀貨2枚にしときやす。」
「有り難いですが、この2本の刃を潰して頂きたいので、銀貨4枚でお願い出来ますか?」
フィリスがそう言うと、店主は疑問を口にした。
「わざわざ刃を潰す必要が?」
「そうですよ、兄さん。」
「こんなに良い物なのに…」
3人は疑問に思っていた。
「…この2人の訓練用なので、刃は必要ないんです。」
フィリスはそう理由を説明した。よく切れそうな剣をわざわざ刃を潰して購入する、その意味が3人にも伝わり、再び店主は笑った。
「解りやした。でも、条件がありまさぁ。」
「何でしょうか?」
「いつか、坊ちゃんが武器を新調するとき、あっしに作らせて欲しい。それが今回安く提供する条件にさせて下さい。」
「…解りました。約束します。」
「よっしゃ!そうと決まれば直ぐに準備してきまさぁ。おい、野郎共、上がってきな!」
店主がそう叫ぶと、6人の男達が地下室から出て来た。
「親方、お呼びで?」
「おう、この2本の刃を潰して、少し重さを足してこい!」
「解りやした!」
元気よく返事をして、6人は剣を受け取り、再び地下室へ戻っていった。
「あの…店主さん?」
コールが言った。
「坊ちゃん、親方と呼んでくだせぇ。」
「親方さん、どうして重さを足すんですか?」
「特訓用、しかもそちらの坊ちゃんがあの剣を持ったとき、少し軽そうだが妥協した様な顔をしていたんで。」
フィリスはフフッと笑った。
「そんなことまで見ていたんですか?あの短時間で…」
ネーナも驚いた。どうやら一流の職人の様で、しっかりと見ていたようだった。
「やはり…ここへ来て正解だった。」
フィリスはとても気分が良かった。夕方には2本とも完成し、3人は料金を支払って家路についた。
「さあ、明日からこの2本で特訓するぞ。」
「はい!」
「頑張ります!」
やる気満々な2人を見て、また笑顔になるフィリスだった。
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