第5話

フィリスがガデル王国に来て3日が経過した。寝るときはコールとネーナが一緒に寝ているのだが、王国内の散策も2人が付き添ってくれて難なく終わっていた。フィリスが一番困惑したのは、お金という概念。元々転生前の記憶があるとは言え、支払いは金貨や銀貨で行われていることに困惑していた。しかし、人々も優しく接してくれたので問題は起こっていない。その日の朝、フィリスは早くに起きて、庭で素振りをしていた。


「ふっ、はっ!」


毎日の日課であったが、この三日間出来ていなかったので、久しぶりに体を動かしていた。と、リースがそれに気付いて近付いてきた。


「おはよう御座います、フィリス様。」


「ふっ!ん?あぁ、リースさん、おはよう御座います。」


「何をされているのですか?」


「素振りです。普段から体を動かすのが日課でして。」


「そうなんですか?余り無茶はなさらないで下さい。」


「有難う御座います。」


それから30分みっちりと素振りをした。



素振りを終えて、部屋に戻り、リースが用意してくれていたお湯とタオルで体を拭いて、食堂へ向かうと、既に皆集まっていた。


「おはよう御座います。」


フィリスが挨拶をすると、皆口々に、


「おはよう。」


「おはよう。」


「おはよう御座います、兄さん。」


「おはよう御座います。」


と、返してくれた。席に着くと、カーマインが聞いてきた。


「朝から鍛錬をしていたそうだね?」


「今までの日課ですから。」


少し笑ってフィリスがそう返すと、マチルダがフィリスに言った。


「どれくらいの訓練をしているの?」


そう聞かれてフィリスは水で口を潤して、


「1000回の素振りです。」


と、答えた。


「それにはどれくらいの時間がかかるのですか?」


今度はコールが聞いてきた。


「そうですね、一時間ぐらいでしょうか?」


「…早すぎませんか?」


ネーナが少し考えてから言う。


「まあ、そろそろ重さを変えて、ゆっくりと素振りがしたいのですが、丁度いい重さの剣がありませんので。」


「そうなのかい?ならこの家にある剣を使うといいと思うが?どれくらいの重さの物が欲しいのかな?」


「今使っているのが10キロ程ですから、20キロ位でしょうか?」


「…ブッ!」


コールが盛大に噴いた。


「コール、汚いわよ。」


「コール兄さん、汚い…」


マチルダとネーナがコールを咎めるが、カーマインとコールは気が気でない様子だった。


「に、20キロ!?普通の重さじゃ無いぞ!?」


「そうですよ、兄さん!?普通の鉄剣でも、そこまでの重さはありませんよ!?」


「だから困っているのです。」


やはり女性2人には理解できていないのか、キョトンとするばかりだが、カーマインとコールは驚愕の眼差しを向けていた。


「ま…まあ、その話は置いておいて。フィリス、君に聞きたいことがある。」


カーマインがコホンと1つ咳払いをして言った。


「フィリス、学校へ通う気はあるかい?」


「?」


「このハーヴィを代表して、騎士学校へ行かないかい?」


「ハーヴィ?」


「あら?あなた、フィリスに何も話していなかったの?」


マチルダが呆れた顔をする。


「フィリス、ハーヴィとは、家名のことよ。この家の者となった以上、貴方はフィリス・ハーヴィと名乗らなければならないのよ。」


「家名の事だったのですか。済みません、気付くべきでした。」


マチルダに謝るフィリス。


「いいえ、貴方の落ち度では無いわ。悪いのは主人なのだから。」


「済まない、フィリス。で、どうする?学校へ通う意志はあるかな?」


一瞬、フィリスは考えた。様々なことを学ぶなら、学校へ通う方が良いとは思うが…


「騎士学校、興味はありますが、学費など高いのでは無いですか?」


「ははは、その心配は無いよ。国民の税金で賄われているし、君は家族なのだ。そういう気遣いは無用だよ。」


「そうよ、子供が気にすることでは無いわ。」


「…」


「ただし、かなり狭き門でもあるし、卒業も難しい。それでも行くかい?」


「解りました。試してみます。」


「兄さん、頑張って!」


「兄さんなら大丈夫ですよ。」


コールとネーナも応援してくれていた。


「では、昼から学校へ行こう。何、試験は難しい様で簡単だから。」


カーマインがそう言った後は、皆で食事を取った。



昼過ぎ、フィリスはカーマインと共に、騎士学校に来ていた。名門校らしく、立派な建物が並んでいた。


「さて、入るか。」


「はい。」


カーマインに促されて門をくぐると、ごつい体の門番が2人の前に立った。


「お待ち下さい、ここへ何用ですか?」


「校長宛に、今日の午前中使いをだしたカーマイン・ハーヴィだ。こちらは息子のフィリス・ハーヴィ。」


そう門番に伝えると、


「失礼しました。どうぞお通り下さい。」


そういって通してくれた。建物の中は外観通り、素晴らしい造りをしていた。


「はぁ…」


「フィリス。ボーッとしていないで、早く来なさい。」


慣れているのかカーマインは足早に建物の中を進んでいく。フィリスはそれに続いた。3分ほど歩いただろうか。大きな扉の前に2人は到着した。


「失礼の無いように。」


カーマインはフィリスに釘を刺しながら、扉を叩いた。直ぐに中から、


「どうぞ。」


と声がした。カーマインが扉を開き、2人で中へと入っていくと、大きな机と椅子が目に入った。かなりの巨漢が使いそうなそれらを見て、フィリスは息を呑んだ。


「校長、カーマイン・ハーヴィ、息子のフィリス・ハーヴィと共に参りました。」


カーマインがそう言うと、正面の椅子からではなく、2人の近くから、


「良く来たね。」


と、声がする。はて、何処からだとフィリスは視線を泳がせると、


「こっちだ、こっち。」


そう言われて、フィリスが目線を下げると、小さな女の子が1人、正面に立っていた。


「お久しぶりですね、校長。」


「うん、カーマイン君も元気そうで何よりだよ。」


2人は旧知の仲なのか、親しげに話をする。


「君がフィリス君だね?私はマティーナ・ティル。この騎士学校の校長だよ。」


「失礼をお許し下さい、校長先生。フィリスと申します。」


「いいよいいよ。皆、初見ではそういう感じだから。もう慣れているよ。でも…不思議な子だね。もう少し驚いたり、何でここに幼女がいるんだ!?とか言うのかと思っていたよ。」


ハッハッハッと、マティーナは笑った。


「見かけで判断するのは良くないと、両親から言われて育ちましたから。」


「うんうん。素晴らしい親だったんだね。それで、フィリス君、この学校に通う意志はあるかい?」


「はい。」


「カーマイン君とマチルダ君の養子、興味はあるけれど実力や素質を見ないと入学はさせてあげられない。可愛い教え子の頼みであってもね。」


「解っています。カーマインさんから、入学試験は難しくも簡単だと言われて来ました。私は何をすれば良いのでしょうか?」


「ふふふ、カーマイン君、試験の内容は教えたのかい?」


「校長、私達がそんな不正をするとお思いですか?」


「いいや。信じているからこそ、聞いてみたくなることもあるんだよ。ではフィリス君、行こうか?」


そう言うと、マティーナは部屋に1つだけある大窓に近付き開けると、そこから飛び出した。フィリスとカーマインは、その様子を見て、窓から外を見ると、大きなグラウンドが目に入った。


「早くおいでよ、2人とも。」


マティーナが手を振っているのが見えて、2人も窓から外に出る。2人がマティーナに近付いていくと、マティーナは後ろを向いて、何やら詠唱を始めた。


「校長、何を?」


「いでよ、ゴーレム!」


マティーナが詠唱を終えて、大声を出すと、マティーナの正面に、巨大なゴーレムが地中から出て来た。


「フィリス君、このゴーレムと戦いなさい。」


「え?」


「それが入学試験だよ。」


そう言うとマティーナはカーマインを連れて距離を取った。1人残されたフィリスは武器も防具もなく、ゴーレムと対峙していた。


「校長、無茶でしょう!?あれはアイアンゴーレム、例え武器があったとしても普通の人間には勝ち目が無い!」


「カーマイン君、五月蠅い。静かにしていたまえ。どうしたのフィリス君、怖じ気づいたのかい?」


フィリスは全く動いていなかった。しかし急にマティーナの方を向いて、


「校長先生、破壊しても宜しいのですね?」


と言った。


「勿論だよ。君の実力が見たいんだから。」


あっけらかんとマティーナはそんなことを言ってのける。しかし気が気でないのはカーマインだった。


「逃げるんだ、フィリス!」


そうカーマインが叫んだとき、アイアンゴーレムはフィリス目掛けてその巨体から想像出来ないような速度で拳を振り下ろしてきた。その拳が地面に当たり、凄まじい衝撃と土煙があがった。


「フィリスー!」


カーマインが、叫ぶが返事は無い。が、よく見ると、フィリスはアイアンゴーレムの右肩に乗っていた。


「なっ!?」


驚いたのはカーマインではなくマティーナの方だった。しかし本当に驚いたのはそこからだった。フィリスは右手に力を込めて、アイアンゴーレムの右頬に拳を叩き込んだ。バギャッ!と、鈍い音をたてて、アイアンゴーレムの頭が吹っ飛んだ。頭を破壊されて、アイアンゴーレムは倒れていく。倒れていく間に、フィリスは跳躍して地面に降りた。ズズーン!と大きな音をたててアイアンゴーレムは倒れてしまった。


「フィリス、無事か!?」


カーマインがフィリスに近付く。


「大丈夫ですよ、カーマインさん。」


右手を閉じたり開いたりしながら、フィリスはカーマインに言う。と、マティーナも近付いてきて、


「フィリス君、一体何をしたんだい?」


と、フィリスに尋ねた。


「普通にアイアンゴーレムを殴っただけではああはならないよ。何かしたんじゃ無いのかな?」


「殴る時に、魔力を込めました。」


「…!」


驚愕の眼差しをフィリスに向けるマティーナ。何のことか解らないカーマインは、2人を交互に見る。


「君は…15歳だよね?」


「はい。」


「どこで覚えたの?」


「…信じて貰えるか解りませんが、私は転生者です。」


「転生者…?」


「こことは違う世界から来たのです。でも、その世界にも物語のようなものがあって、その中に魔法が出て来ました。その中の人々が、そういう魔法の使い方をしていたなと思って、出来るかどうか試しているうちに、出来るようになりました。」


「…そうかぁ。よく話してくれたね。有難う、フィリス君。…君が転生者だと言うことを知っているのは?」


「カーマインさん達と、校長先生だけです。」


「解ったよ。この事は口外しないよ。」


「有難う御座います。」


「あの…校長。試験はどうなるのでしょうか?」


恐る恐るカーマインが口を挟むと、マティーナは笑って、


「勿論合格だよ。こんな生徒、今までにいないから。このマティーナ・ティルの名において、彼を立派な騎士にしてみせるよ。」


「良かったな、フィリス。」


「有難う御座います。」


こうして、フィリスの騎士学校入学が決まった。



その日の夜は、合格祝いで食事も普段より豪華だった。ハーヴィ家は裕福なのだが、いつもはなるべく質素倹約に努めているらしい。そんな中で、フィリスの合格を家族や執事達も喜んでくれていたので、盛大に祝ってくれた。


「兄さん、おめでとう御座います。」


「有難う、コール。」


「僕もあと8年もしたら入学出来るように頑張ります。」


「…コール、もしよかったら、私が受けてきた訓練をしてみるかい?」


「兄さんが教えて下さるのですか!?」


「うん。コールさえ良ければだけど?」


「私にもお願いします!」


コールとの話を聞いていたネーナも食いついてきた。


「ネーナは僕が守るから、そんなことをしなくて良いんだよ。」


「コール兄さん、私だっていつか騎士になりたいと思っているんですよ。守られてばかりなんて、嫌です。」


頬を膨らませながら、ネーナが反論する。


「母上!母上からも止めて下さい!」


「良いでしょう、コールもネーナも頑張りなさいな。」


「母上!?」


「お母様、有難う御座います!」


そんな話をして夜は更けていった。

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