第7話

1週間、コールとネーナの訓練に付き添い、やることなどを説明したフィリス。騎士学校へ通う日になった。朝、いつもと同じように素振りをこなし、湯浴みをしてから騎士学校の制服を着る。オーダーメイドの制服は、しっかりフィットしていた。鏡で髪型などを整えて、朝食を取るために食堂へ向かうと、全員揃って出迎えてくれた。


「おはよう御座います。」


「おはよう、フィリス。おぉ、似合うな。」


「えぇ。立派よ、フィリス。」


「兄さん、良くお似合いです。」


「わぁ…格好いい!」


家族からそう言われ、少し照れた様子を見せるフィリス。その後皆で朝食を取り、フィリスは学校へと向かった。



学校前に到着してみると、沢山の制服を着た生徒達がいた。生徒達は何やら1つの大きな看板を読んでから、校門をくぐっている。フィリスも看板を見てみると、“新入生の方は、グラウンドに集合して下さい“と、書かれていた。


(グラウンド…この間のかな?まあ、皆について行けば着くかな?)


皆が向かう方向へ行ってみると、大きなグラウンドに出た。


「新入生の皆さんは、グラウンドの中央へお集まり下さい。それ以外の生徒は、観覧席の方から見学して下さい。」


どうやら全ての生徒が集まっているようだった。フィリスの近くにいた生徒が、


「知ってるか?優秀な生徒を厳選して、自分達のクラブに勧誘するらしいぞ。」


「あぁ、聞いたよ。お前はクラブに入るのか?」


「もう決めてるけど、色々見て回りたいよな。」


そんな事を話している。フィリスはふむ…と、考え事をしていた。


(この世界にもクラブ活動があるのか。入ったら、コールとネーナの訓練にも影響が出るかもしれない。)


そんな事を考えていると、


「静粛に!」


と、大きな声が聞こえてきた。その場にいた新入生全員が、その声の方を向くと、大きな台が置いてあり、その上で、1人の男が声をあげていた。


「よくきたな、私がこの騎士学校教頭、ジンガ・セルディンだ!今から学校長の話がある。良く聞くように!」


そう言うと、ジンガは台から降り、代わりにマティーナが台へと上がる。


「おはよう皆。そして初めまして。校長のマティーナ・ティルです。宜しくね。」


そうマティーナが挨拶すると、新入生から響めきが起きる。


「え…女の子?」


「どういう事?」


「本当に校長なのか…?」


そんな声がちらほら聞こえる。だがフィリスは静かに聞いていた。


「静粛に!静かにしろ!」


ジンガが叫ぶ。しかしマティーナはそれをジェスチャーで止めて、


「まあ仕方ないですよね。皆さんから見れば、私は幼女にしか見えないと思います。でもね…」


そう言うと、マティーナは口でごにょごにょ詠唱を始め、魔法を発動させた。すると、マティーナは年の頃二十歳程の美しい女性になった。


「ふぅ…私の固有魔法でね、年齢を自由に変えられるの。まあ、皆さんの軽く10倍は生きているかな?この国の歴史の半分くらいは見て来たかしら?」


ざわざわする新入生。その様子を見て、フィリスだけがニコリと笑っていた。距離はあるのだが、マティーナはフィリスの方を向いて話していたからだ。


「私が貴方達に期待するのは、ただ1つです。決して諦めない精神をここで鍛えて下さい。この学校の卒業生の半分は、王国の由緒ある部署へと行くことでしょう。しかし、それでもそこに行けない人は必ず出ます。でもね、素晴らしい人間にはなっているはずです。騎士になったとしても、なれなくても、貴方方が守りたい人々を守れるように、私達は教えていきます。挫けず、着いてきて下さい。私からは以上です。」


一礼するマティーナ。その姿を見て、全員が呆気にとられていた。否、フィリスだけがその姿、スピーチに拍手を送っていた。それにつられて、周りも拍手を送る。それを受けて、マティーナは台から降りた。


「それでは台を中心として、右と左へ別れてくれ。」


ジンガの言葉を聞き、新入生達は右と左へ別れる。


「では、右に行った者は午前中に運動適性を、左へ行った者は魔法適性を受けてもらう。午後からはその逆だ。左の諸君は私に着いてきなさい。」


ジンガの言葉に従い、ついていく生徒達。フィリスは右側だったので、運動適性から受けることになった。



残された右側の生徒達がそわそわしていると、台上に男が1人、女が1人立った。


「さて、今から君たちの適性を見せて貰う。男は私と、女は彼女と組み手をしてもらう。」


そう男が言うと、女の方が指をパチンッ!と鳴らす。すると、グラウンドの生徒達を囲むかのように、剣や槍、斧等の様々な武器が現れた。


「1人ずつ見ていくから心配しなくて良い。自信のある者から名前を言って、かかって来なさい。」


教師である2人はそう言うと、台から飛び降り、距離を取った。それぞれに1人ずつ採点係をつけている。そして、我先にと生徒達が武器を探す。


(暫く様子を見よう。)


フィリスはそう考えて、後ろに下がる。



試験も半分位の人数になったところで、フィリスは動いた。武器を探すが、自分に合った剣が無かった。仕方なく、素手で教師の前に出る。教師の呼吸は乱れていないようで、剣を肩にポンポンと当てながらフィリスに言った。


「武器はどうした?」


その言葉にフィリスは答える。


「良さそうな武器がありませんでした。素手では駄目でしょうか?」


「ふむ…まあ良い。君の名は?」


「フィリス・ハーヴィです。」


「解った。全力で来い。」


そう言うと、教師は構えを取る。フィリスも構えを取るが、両者動かない。しかし、考えていることは全く逆だった。


(くっ…隙が無い…何故だ、素手だというのに…)


(恐怖を感じない。手加減してくれているのか?)


そう考えていると、先に動いたのはフィリスの方だった。一気に距離を詰めて、右上段蹴りを放つ。


「なっ!?」


驚いて後ろに距離を取る教師。体勢を崩すも、直ぐに構えようとするが、その剣に向けてフィリスは蹴りの威力そのままに回転して跳躍し、左足で教師が持っている剣を蹴り飛ばした。


「うぐっ!」


余りの威力に、剣を落としそうになるが、しっかりと握り、教師は体勢を整えて構えに戻る…いや、戻れなかった。教師が前を見ると、空中で回転して蹴りをいれていた筈のフィリスがいない。


「なっ!?ど…何処だ!?」


首を左右に振って探すがいない。と、他の生徒達がざわざわしていた。そこで教師は気付いた。後ろから恐ろしいまでの威圧感があることを。冷や汗を搔きながら、ゆっくり振り返ると、フィリスが構えていた。


「はっ!」


次の瞬間、フィリスは教師の腹に目掛けて正拳突きを見舞っていた。


「グフェ!!!」


教師は変な声をあげながら、後方へと吹き飛ばされた。ゴロゴロ転がり、生徒の前まで転がりようやく止まった。


「…有難う御座いました。」


フィリスが一礼する。が、教師は動かない。仕方なく、採点係がフィリスに声をかける。


「そ、そこまで!」


何が起きたのかわからない様子の生徒達を余所に、フィリスは生徒達の中に紛れていった。吹き飛ばされた教師はもう無理だと判断されて医務室へ連れて行かれて、代わりの教師が後を受け持ち、午前中の試験は終わった。



昼からは場所を移して、別のグラウンドに集められた。リースが用意してくれたサンドイッチを食べたフィリスは、少し眠気を覚えながら、教師の話を聞いていた。


「では、昼からはあの的へ向けて魔法を放って貰う。」


教師が指差す方向には、六つの的があった。そして、教師の足元には線が引かれていた。


「この線から魔法を放って、あの的を射る。簡単だろう?因みに属性は自身の一番得意なもので良い。では、自信のある者から。」


そう言われて、やはりここでも我先にと進んで出る者はいる。出遅れたフィリスは、まあ、ゆっくりでいいかと、考えて他の生徒の魔法を見ることにした。


「我は望む、炎の精霊よ、我が声を聞き入れ、力を与えたまえ!フレイムランス!」


「水よ、我が命に従い、敵を穿て!アイスジャベリン!」


それを見ていたフィリスは、


(…皆、何であんな台詞を言っているんだろう?)


と、考えていた。かなりの時間が経ち、フィリスの番になった。フィリスは教師に質問する。


「先生、済みません。」


「何かね、まさか魔法を使えないとか?」


「使えますが、どんな魔法でも宜しいのですか?」


「勿論だ。だが、素質を見るから、生半可な魔法では良いクラスには入れないぞ?」


「解りました。」


「君の名前は?」


「フィリス・ハーヴィです。」


「…うむ。では始めなさい。」


そう言われて、フィリスは手のひらに炎を出した。初級魔法ファイアボールだ。


「おい、あいつを見てみろよ。」


「プッ、ファイアボールって…」


「だせぇなぁ。もっと強い魔法はねぇのかよ?」


既に終えた生徒達が野次を飛ばしてくる。が、フィリスは気にせず、出したファイアボールを的に目掛けて、放つのでは無く投げつけた。物凄い速度で飛んでいったファイアボールは的に命中し、爆炎をあげる。暫く燃えていたが、呆気にとられていた教師が、


「ひ、火を消せ!」


と叫び、他の教師達も手伝って水魔法で鎮火された。その光景を見て、生徒達は呆気にとられている者、腰を抜かした者から失禁した者までいた。それを見て、フィリスは午前中と同じように生徒達の中に紛れ込んでいった。



全ての生徒の適性評価を終えたその日の夜、教師達は会議室で唸っていた。


「…何かの間違いでは無いのか?」


ジンガが他の教師に質問する。


「いいえ、神に誓って本当の事です。前代未聞ですよ、こんな事は。」


「あのフィリック先生を倒して、的を爆炎で包んだ生徒、フィリス・ハーヴィ…か。」


「謎です。全くもって謎の生徒です。」


「組み分けはどうしたらいいのか、全く解りません。」


「…うーむ。」


全員唸ってしまっていた。いや、1人だけニコニコしている教師がいた。マティーナだ。


「フフフッ。」


「校長…?」


「あ…御免なさい。でもね、皆が困っているのが可笑しくって。」


「笑い事ではありませんよ。」


「うん、そうですね。ですから提案ですが、彼の事は私に任せて下さい。」


「…まさか、個人レッスンを!?」


「校長自ら行うと言うのですか!?」


「それしかありませんでしょう?それとも貴方達が彼を更に高みへ導けると?」


「…いいえ。」


「大丈夫、運動系や遠征系の授業はそのまま参加させて、他の時間は私が教えます。異論は認めません。」


「しかし、校長にはやって貰わなければならないことが…」


「大丈夫、全てきっちりやるわ。だからお願い。」


「…解りました。異論があるものは?」


全ての教師が沈黙する。


「決まりね。これでこの話はお終い。さぁ、早く帰りましょう。」


そそくさと会議室を出ていくマティーナを見て、全員溜息をついた。



次の日、フィリスが学校に着くと、巨大な掲示板があった。その手前には、新入生クラス分けと書かれていた。早速フィリスも確認するが、何処にも名前が無い。


(…まさか、やらかしたから退学処分なのか?)


そんな風に考えていると、隅っこの方に、“特別クラス フィリス・ハーヴィ“と、書かれていた。


「特別…クラス?」


「おや、君がハーヴィ君かな?」


1人の年老いた教師が、フィリスに声をかけてくれた。


「おはよう御座います、先生。」


「うむ、礼儀のなった子じゃ。君はティル校長の元へと行きなさい。そこで説明されるじゃろう。」


そう言われ、教師に一礼して校長室へと急いだ。扉を叩くと、


「どうぞ。」


と、声がした。中へ入り、


「おはよう御座います、校長先生。フィリス・ハーヴィ、来ました。」


と、挨拶をする。今日はマティーナは普通に椅子に座っていた。


「おはよう、フィリス君。昨日はお疲れ様。」


「校長先生。教師の方から校長先生の元へと行くように言われて…」


「うん。そうだよ。君は規格外だから、特別に私が直々に教えることにしたんだよ。」


「…え?」


「フフフッ、嬉しい?」


「誠に有り難いのですが、宜しいのですか?お忙しいのでは?」


「もぅ…君も他の先生達と同じ事を言うんだね。」


頬を膨らませて、マティーナは言う。


「良いかい、フィリス君。カーマイン君から聞いたのだけど、君は常識がちょっと違うらしい。」


「…はぁ。」


「だから、私が個人レッスンをして、色々教えてあげる。この国の歴史だったり、文化だったり。勿論、君の戦闘能力の向上もするけどね。まぁ、ついでに雑用として、私の仕事の手伝いもして貰えると助かるかなぁ。」


エヘヘッ!と、マティーナは笑って言う。


「どうかな?将来役に立つ事を、色々教えてあげるから、特別クラスに入学しない?」


「…」


少し、フィリスは考えた。確かに自身の常識は外れているものが多いし、好意で言ってくれているのだと解るから、その言葉に甘えてみようと思った。


「解りました、お世話になります。」


「やったー!宜しくね、フィリス君。」


マティーナは右手を出す。その手をフィリスも握り返す。


「でも、何でもかんでも押し付けないで下さいね?」


「あちゃー、先に言われたかぁ…」


てへっ!と言う顔をしているマティーナをみて、フィリスは甘くなりすぎない方がこの人のためだなと思った。こうして、フィリスの学園生活が幕を開けた。


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