第1章
第1話
フィリスが誕生して四年が経過した。ソーン村はいつも平和だった。フィリスの家は2階建てで、一番奥の部屋がフィリスの部屋だった。いつもと同じ朝がやって来ていた。
「んー。」
フィリスはゆっくりと起き上がった。まだ朝は早かったが、自然と目が覚めるのはいつものことだった。しかし、その日は勝手が違った。
(ここは…?)
フィリスは周りを見渡した。見慣れた自室の筈なのだが、どうにも違和感がある。
(そうだ…私は…思い出した。確か運命の女神様から転生すると言われて…)
どうやらフィリスは前世の記憶を思い出したらしい。ベッドから出て、体に不調などが無いか、入念に体を動かす。
(体が軽い。まあ、80過ぎの体から転生して、若返ったのなら当然か。)
そんなことを考えていると、
「フィリス、起きなさい。御飯よ―!」
下からミーシャ、母親の声が聞こえてきた。この家の朝は基本早い。とっくに起きていた母親が朝食を作ってくれていたようだった。
「はーい、今行きます。」
そう返事をして、クローゼットから着替えを取り出して手早く着替えると、部屋を出て1階へと降りていった。
「おはよう御座います、父さん、母さん。」
「おはよう、フィリス。」
「おはよう。」
3人がそれぞれ挨拶を交わす。父親は既に席に着いており、母親は食事の準備を進めていた。
「さあ、ご飯にしましょう。」
「いただきます。」
「いただきます。」
全員が席について、食事を始める。と、その途中で父親のモーティスがフィリスに言った。
「フィリス、お前ももう4歳になったな。」
「はい、父さん。」
ゆっくりと料理を咀嚼しながら、フィリスは答えた。
「うむ、そろそろお前に剣術や魔法を教えても良いと考えている。」
それを聞いて驚いたのはフィリスではなくミーシャだった。
「あなた…いくら何でも早すぎじゃありませんか?」
「いや、俺や母さんはお前の年齢の頃にはもう学んでいた。今から基礎を固めておけば、いずれ役に立つだろう。どうだ?日頃の遊びの中に修行を取り入れては?」
そこまで聞いて、フィリスは考えた。実はソーン村にはフィリスと同年代の子供はいない。なので普段フィリスは勉強ばかりしていた。遊び相手がいないので本ばかり読んでいた、と言うのが正しいのだが、そのせいか大人びた喋り方をしている。そして、その喋り方はフィリスの前世の喋り方と同じだったので、違和感なく両親と対話が出来ていた。
(確かに…昨日までの私なら断っていたかもしれない。しかし、物心ついてから今までに読んできた本や、村の皆からの知識、そして前世の知識があれば勉強よりも体を鍛える方が大切かもしれない。)
そう考え、フィリスは父親に、
「解りました、父さん。早速今日からお願いします。」
「おぉ、やるか。そうだな、今日は午前は私の剣術、午後は母さんから魔法を教わるといい。明日はその逆で午前は魔法、午後は剣術のようにローテーションを組んで実施しよう。」
「そうね。お父さんも仕事があるし、慣れてきたら自主的な訓練に代えても良いと思うわ。」
「解りました。」
「食事をとって、1時間後に裏庭に来るように。そうと決まれば、料理が冷めないうちに食べよう。」
その後は3人でゆっくりと食事をした。
1時間後、裏庭にフィリスとモーティスが立っていた。
「それで父さん、何をするの?」
「うむ。まずはこれを持ちなさい。」
そういってモーティスは1本の木剣をフィリスに投げ渡した。
「これは?」
「私が若い頃に練習で使っていた木剣だ。少し重いかもしれないが、その内慣れてくるだろう。」
そう言われると、重さは約1キロ程だろうか?今のフィリスには重く感じた。
「それで素振りを半日で1000回やって貰う。」
「いきなり過ぎませんか?」
「なーに、最高1000回、休みなく振るうと言う意味だから、最初は出来なくても良い。ほら、やってみなさい。」
そう言われ、フィリスは木剣を上段に構えて振り下ろす、単調な訓練を始めた。
(む…!)
それを近くで見ていたモーティスは驚いた。振り方を教えていないのに、フィリスが自然と素振りを始めたからだ。ゆっくりと何回も振り上げ、振り下ろす。何回か続けた後で、
「父さん、こんな感じでいいのですか?」
フィリスがモーティスに聞いた。
「うむ…筋が良いな。」
その様子をみて、自身も木剣を持ってフィリスの隣で素振りを始めるモーティスだった。
さて、時間は早く進み、午前が終わって昼食を食べた後、再びフィリスは裏庭に出ていた。ただし、今度は母親のミーシャがモーティスの代わりに立っていた。
「母さん、昼からは魔法を教えてくれるんですよね?」
「えぇ。少し難しいことになるけれど、ついてこられるかしら?」
心配そうな顔をするミーシャに対して、フィリスは首を傾げた。
「魔法を使うことはそれほど難しいのですか?」
「うーん、なんというか…コツを掴むまでが難しいのよ、魔法は。」
そういうと、ミーシャは右手人差し指を立てて、その先に火を灯した。
「…!」
「これは初歩中の初歩。最低限これが出来ないと魔法は使えないのだけれど…フィリスに出来るかしら?」
「…やってみます。」
そういうと、フィリスは人差し指を立てて意識を集中させる。しかし、元々魔法の概念の無い世界からやって来ているので、魔法が発動することは無かった。
「うーん…母さん、私には才能が無いのでしょうか?」
「そうじゃないわ、フィリス。あなたは魔力を操作出来ていないのよ。」
そういうと、ミーシャはフィリスの手を握りしめた。
「あなたはただ意識を集中していたようだけど、魔力とは体内に流れる魔素のコントロールすることなの。。」
「…?」
「まだあなたはその魔素を感知していないのよ。」
「じゃあ、どうあがいても魔法は使えないんですね…」
「大丈夫。少し違和感を覚えるかもしれないけど…」
そういって、ミーシャはもう少し力を込めてフィリスの手を握り、自身の魔素をフィリスに流した。
「これは…」
「感じるかしら?これが体に流れる魔素を感じること…今あなたが感じた流れを意識して、もう一度やってご覧なさい。」
そういうとミーシャは手を放した。そしてフィリスは自身の体に流れる魔素を感知しようとした。先ほど母親から流された魔素よりも微弱な魔素を感じ取り、フィリスは再び右手人差し指を立てて魔素を集中させる。そして炎をイメージすると、ボウッと小さな炎が立った。
「で、出来た…」
「そんな…こんな短時間で…!?」
「…母さん?」
「いえ…そうね。じゃあその状態がどれだけ続くか、試してみましょう。そのまま炎を出し続けて。」
「解りました。」
フィリスは魔素に集中する。しかし10分もたたずに息切れを起こし、その場にへたり込んでしまった。
「…はぁ、はぁ。」
「…大丈夫、フィリス?」
「これは…いったい…」
「それが魔素切れよ。魔素は無限じゃ無い。からだの魔素を使い切ると、倦怠感が体を襲うの。」
「そうならないために、出来ることは…?」
「毎日魔法を使い続けていれば、筋肉等と一緒で最大魔素量が増えていくわ。焦らず毎日続けなさい。」
「解りました、母さん。」
「さて、今日はここまでね。」
そういうと、ミーシャは踵を返して家の中へと入っていこうとする。
「母さん、まだ時間はあるよ?」
「駄目よ。枯渇した魔素は、しっかりとした休息によって回復するの。回復薬もあるけど、若いうちは自然に回復させないと最大魔素量は増えないわ。ゆっくり休みなさい。」
「…解りました。」
そう言われてフィリスも家の中へと入っていった。
その日の夜、
「フィリスはもう寝たのか?」
「えぇ。」
夕食を食べた後、フィリスは直ぐさま部屋へと戻り、ベッドに入って眠ってしまった。今リビングにいるのはモーティスとミーシャだけだった。
「…ミーシャ、あの子の魔法の素質は?」
「…正直怖いほどです。剣術の方は?」
「まだ解らん。しかし、とても4歳児とは思えない体力と精神力を持っている。私もうかうかしていられんかもしれん。」
「そうですか…」
「兎に角、我々に授かった素晴らしい子だ。その才能、眠らせるわけにはいかないな。」
「そうですね。しっかりと教えていきましょう。」
そうして夜は更けていった。
次の日、午前中はミーシャの魔法の訓練を行い、倦怠感が残った状態で剣術の訓練に入ろうとしたとき、
「フィリス、ちょっと良いか?」
モーティスがフィリスを呼び止めた。木剣を構えて、素振りを始めようとしていたフィリスは、手を止めてモーティスに向き直った。
「なんですか、父さん?」
「うむ、約束して欲しい事があるんだ。」
「…?」
「いいかい、お前が15歳になるまで、この村から出てはいけない。森の中は構わないが、他の村や街に行こうなどとは考えないように。」
「…?よくわかりませんが、父さんと母さんの考えであるなら、それに従います。」
「良い子だ。では、素振りを始めなさい。」
約束を交わして、フィリスは集中して木剣を振るった。
それからフィリスが両親から鍛えられて、約1年が過ぎた。現在訓練は、剣術はモーティスとの対人戦、魔法は属性別の魔法の使用へと変わっていた。
「ふっ、は!」
「よっ!」
フィリスが数段打ち込むが、モーティスはそれを体捌きだけで躱す。そしてモーティスが打ち込んでくると、それをフィリスは木剣で受け流す。
「はぁぁ、てぃ!」
「ぬ!?」
フィリスが木剣で受け流したとき、隙が出来たので、モーティスの木剣を打ち払った。カキッと音を鳴らしてモーティスの木剣が地面へと落ちる。
「はぁ、はぁ…」
「凄いな、フィリス。本気では無いとは言え、私の隙を見つけて打ち込んでくるとは…」
「僅かな隙も見逃すな…父さんが教えてくれたことです。」
「うむ。今日の剣術の稽古はこれまでにしよう。少し遊んできなさい。」
「解りました、父さん。」
一礼して、村の方へと走って行くフィリスを見て、モーティスは溜息をついた。
「本気では無い…か。8割ほどの力は出しているのだがな。やはり腕が鈍ったのかな?」
「あの子の実力でしょう?」
モーティスの後ろから、ミーシャが声をかけた。そしてタオルでモーティスの顔を拭く。
「そうだな…まさか1年足らずでここまで成長するとは思っていなかったよ。」
「私もです。まさか、全属性に適性を持っていて、それでいてそれが全てでは無い…あの子の底が知れませんわ。」
「うむ。あと10年、あの子と約束はしたが、もう少し早く街へ行かせてやっても良いかもしれんな。」
「そんな…嫌ですよ。まだあの子には早すぎます。」
「私だって、あの子が可愛い。しかし、あの才能を腐らせてしまうのでは無いかと、不安になってしまうのだ。」
「…」
モーティスはミーシャの肩に手を置いた。
「親離れするのは良いことなのだ。後はあの子がそれを受け入れるかどうかだ。大丈夫、私達の子供はしっかりしている。全てを受け入れるその日まで、大切に育てよう。」
「はい!」
そこまで話していると、フィリスが帰ってきた。
「父さん、母さん、ただいま。」
「…早いな、遊びに行ったのでは無いのか?」
「村長から、父さんに言付けを頼まれました。直ぐに来て欲しいそうです。それを伝えに戻りました。」
「そう…フィリス、昼からの魔法の訓練は無しにしましょう。お母さん、腕によりをかけておやつと晩ご飯を作るから。」
「解りました。森へ遊びに行っても宜しいですか?」
「解ったわ。でも遅くならないようにね。」
「はい。」
そう言うと、フィリスは森へと向かっていった。
モーティスが村長の家へやってくると、入り口前で村長以下8人の村人が話をしていた。
「村長、遅くなりました。」
「おぉ、モーティス。来てくれたか?」
「…?」
村長の顔が明るくなったのをみて、モーティスは何かあったのだと把握した。
「実は、村の北側にある湖に魔物が現れたそうなのだ。」
「魔物が?」
この世界の魔物とモンスターの違いは知性があるかにある。知性を持ち、危険な存在と言われている魔物、本能のまま動くモンスター、きっかりと別れている。しかし、厄介なことに本能で生きるモンスターは、生存本能なのか魔物に服従するかのごとく、集団になって街や村を襲うことがある。村長はそれを懸念している様だった。
「どうしたものかと考えていたのだが…」
「解りました、私が行って退治してきましょう。」
「しかし、どんな魔物かわからないのですよ?」
村人の1人がそう告げる。
「なに、昔は少しは名を売った男ですよ、私は。ヤバくなったら逃げてきますから。」
「うむ、ではモーティス。頼んだぞ。」
「少し用意がありますから、家に戻って準備をして、昼から行ってきます。」
そう告げて、モーティスは家へと帰って行った。
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