第2話

「それで、その魔物の討伐に行くのですか?」


モーティスが家に帰ってミーシャに告げると、不安そうにそう聞いてきた。


「まあ、あそこは聖なる湖だ。本来、魔性の者は近づけないはずなのに、そこにいるということは、嫌な予感がするのでね。」


「解りました。でも、気をつけて下さいね。」


「勿論だ。昼食を食べたら、直ぐに出発する。」


そうしてモーティスは昼食を食べてすぐに湖へと向かった。



その頃フィリスは南の森の中で木の実を拾っていた。


「ふぅ、こんなものかな。母さん、喜んでくれるかな?」


持っていた袋一杯に木の実を拾い集めて、フィリスは1本の大木に背中を預けた。


「うーん、折角母さんが休みをくれたんだし、ちょっとやってみるかな。」


そう独り言を言って、フィリスは体から魔素を右手に集中させる。


(イメージは…マガジン式の拳銃。そうだな…昔憧れたデザートイーグルだ。でも形だけをイメージする。あれは反動が凄まじいから…)


そう心で念じていく。すると、まだ5歳児だからか、形はそっくりだが掌に収まる大きさの、デザートイーグルが手の中にあった。


「出来た…魔法を学んで1年、女神様に与えられた力が具現化出来たぞ!」


フィリスは大いに喜んだ。何せ、いつもヘトヘトになるまで魔素を使っていたので、自分自身の力に対して使える魔素が残っていなかった。そこで、万全な状態で、女神が与えた力が本物なのか試してみたのだった。


「でも、殆ど魔素は減っていないな。まあいいか。試しに撃ってみよう。」


そういって立ち上がり、森の木に対して構えて引き金を引いてみる。ガキッと音はするが、玉は出なかった。


「あれ?あ、そうか。弾を込めてないんだった。」


そういうと、今度はマガジンに弾を込めるイメージで魔素を流す。すると、装填されたような感じになった。


「これでどうだろう?」


もう一度引き金を引いてみた。すると、ガーン!と、凄まじい音をたてて、銃身から弾丸が飛び出した。その威力は、普通の弾丸が発射されたものではなく、狙った木はおろか、威力が幅3メートル程横と縦に広がり、約300メートル程離れた木まで粉々に粉砕していた。


「…え?」


フィリスは唖然としていた。何せ想像を絶する威力を発揮したのだから。精々目の前の木が折れるだけだろうと想像していたのに、この威力とは…恐ろしくなったがそれ以上に、


「えっと…魔素を込めるのはこの位かな?」


もう一度魔素を込めて、別の方向に立っている木に向かって撃ってみた。すると今度は木の真ん中に命中し、木に穴を空けた。


「うーん…まだまだ改良の余地があるんだろうなぁ…初めてだし、こんなものだよね?」


誰にいうでもなく、独り言をぶつぶつ言って、更なる調整に入った。



その後もフィリスは様々な銃の具現化に取り組んだ。アサルトライフル、リボルバー拳銃、マシンガンを具現化させ、弾丸もイメージした。


「ふぅ…こんなものかな?」


一気に具現化したため、疲れが出て来ていたが、普段から限界まで魔法を酷使しているため、疲れはむしろ、自分の想像した通りに具現化する事に対して疲れが出たようだった。


「さて、帰ろうかな。」


暫く座っていたので立ち上がり、家路に着こうとすると、遠くの方に煙が上がっているのが見えた。


「あれは…村の方だ!」


フィリスは村へと急いだ。



フィリスが村に着くと、幾つかの家が燃えていた。倒れている隣の家のおじさんを見つけて、フィリスは声をかける。


「おじさん、どうしたの!?」


「フ、フィリス、逃げ…ろ…」


それだけ言い残して息絶えてしまった。


「一体何が…父さん、母さん!」


家へ向かって走っていくと、そこには…ミーシャの首を掴み、腹部に剣を突き刺しているモーティスの姿だった。


「と、父さん!?母さん!?」


「フィリ…ス…逃げ…て…」


か細くミーシャが言う。モーティスはフィリスの方を向き、フィリスを睨みつける。そこにはいつもの優しい顔はなく、恐ろしい形相を浮かべた化け物のような顔があった。


「ぐっ…フィリ…ス…逃げ…ろ…」


モーティスの口からもフィリスに逃げろと告げてくるが、あろうことかモーティスはミーシャを壁へと投げつけて、フィリスへと肉薄する。上段から振り下ろされた剣をフィリスは辛うじて避けて、地面を転がった。


「死ねー!」


体勢を崩したフィリスが目を瞑って顔を背ける。しかし、追撃は無かった。恐る恐るフィリスがモーティスを見ると、再び剣を上段に構えながら、葛藤しているモーティスの姿があった。


「フィリ…ス…わ…私を…殺してくれ!」


「えっ…」


フィリスは目を見開いた。


「魔物に…操られ…取り返…しのつかない…事…をした。自…分の…力では…抑え…られない。頼む…父さんを…助け…てくれ。」


「…」


少し考えたが、父親の言葉に背く訳にはいかないと、フィリスは覚悟を決めた。そして、右手に魔素を集中させて、


「うわぁぁぁ!」


下級魔法ファイアーボールをモーティスに放った。ファイアーボールが直撃し、モーティスの体は燃え上がった。


「…有難う、フィリ…ス。」


暫く燃え上がり、その後静かに膝をついて、倒れていく父親の姿を見て、涙を流すフィリス。完全に燃え尽きるのを見届けて、ハッとし、ミーシャの元へと駆け寄る。しかし、母親も既に事切れていた。


「ぐっ…父さん、母さん!どうして…どうしてこんな事に…」


フィリスはそう言いながら泣いた。


「ふむ、計画ではこの村の全てを破壊し、全員皆殺しにする予定だったのだが…やはり人間はよくわからんな。」


泣いているフィリスの後ろから、声がした。フィリスが振り向くと、そこにはフードを被った男か一人立っていた。


「あなたは…?」


「まさかこんな子供に負けたというのか?大の大人が情けない。」


「まさか…父さんがああなったのは…!?」


「ほう、あの男の息子か。なるほど、息子を殺すことを躊躇い、トドメを刺させたという訳か。フン、人間の愛情の前に私の魔力が負けたとはな。察しの通りだ、小僧。私が魔法で貴様の父親を操り、この村を壊滅させた。」


「何故…こんな事を…?」


「フン、人間を滅ぼすのに、魔物が理由を言うと思うのか、小僧?」


「貴様ッ!」


フィリスが殴りかかるが、大の大人に対して子供が挑む、いくら剣術などを学んでいるとはいえ、そこは5歳児の力だ。顔面にパンチが入ったが、全く効いていなかった。次の瞬間、男はフィリスの顔を掴み、壁へと投げつけた。


「フン、所詮は子供。普通に戦って大人に勝てるわけが無かろう。」


壁に強く叩きつけられ、肺から息が漏れる。ゲホッゲホッとむせたフィリスに向かって、男は右手を掲げて、魔法を放とうとした。しかし、そこで固まってしまった。突然、フィリスの右腕が光り出したのを見たからだった。男は動きを止めて、魅入ってしまっていた。次の瞬間、フィリスの右手にはデザートイーグルが具現化されていた。


「なんだそれは…見たことの無いものだが…?」


「…許さない。」


フィリスはゆっくりと立ち上がり、デザートイーグルを構えた。


「そんな物で、何が出来る?もういい、貴様も死ね。」


男が魔法を発動させようとした瞬間、フィリスは引き金を引いた。ズガン!と凄まじい音をたてて、魔法の弾丸が飛び出し、男の右肩に当たり、右腕を吹き飛ばした。


「グァッ!な、なんだそれは!?」


「…死ぬのは、貴様だ!」


再び引き金を引き、今度は男の右腕に顔面の中央に当たった。完全に頭が吹っ飛び、男は息絶えて、地面に倒れ込んだ。


「…はぁ、はぁ。」


村に残ったのは、幾つかの家、村人の死体、フィリスの母親の死体、父親の燃えカス、そして魔物の死体だけだった。



それから暫くして、村の入り口に鎧を着て、馬に跨がった六人の男達がやって来た。


「驚いたな…こんな人里離れた所に村があるとは…」


六人の内の一人カーマインが言った。


「しかし、煙が上がっていたので解ったが…一体何があったのだ?よし、誰かいないか、調べてこい。」


どうやら六人の内のリーダーのようで、他の五人に命令し、村を調べ始めた。十分後、部下の1人が言った。


「カーマイン様、誰も居ないようです。」


「そうか…無駄足だったかな?」


カーマインも諦めて帰ろうとした瞬間、村はずれからドンッ!と、凄まじい音が聞こえて、火柱が上がったのが見えた。


「なんだ!?全員、行くぞ!」


そう告げて、カーマインは部下を連れて火柱が上がった方へと向かった。そこでカーマイン達が見たものは、火柱の前で佇んでいる少年の姿だった。


「おい、君!何をしているんだ!?」


フィリスはゆっくりと後ろを振り返り、


「村の皆の死体を集めて、火葬しているんです…放っておいたら、野生の動物とか、虫とかにやられますから。」


そう答えた。その目には生気が無かった。


「…一体、何があったのだ?」


「…魔物の襲撃を受けたんです。そのせいで、生き残ったのは私だけになりました。」


ゆっくりとカーマイン達に説明するフィリス。その言葉に、兵士達の中には恐れを抱いたものもいたようだった。


「で、その魔物は?」


カーマインがフィリスに聞くと、フィリスは右側を指差す。そこには、全身穴だらけになった魔物の死体があった。どうやら腹いせにフィリスが弾丸を撃ち込んだようだった。


「…解った。しかし、こんな所に子供を置いていくわけにはいかない。どうだ、我々と一緒に来ないか?」


カーマインがフィリスにそう言ったが、フィリスは首を横に振った。


「父さんと母さんとの約束があるんです。15歳になるまで、この村を出るつもりはありません。」


「しかし…」


「この村で生きてきたんです。勝手は一番良く知っていますし、ここ以外での生活を知らないんです。放っておいて下さい。」


「…解った。君は何歳だ?」


「5歳ですが…?」


「解った。10年後、君を迎えに来よう。君の名は?」


「…フィリス。」


「フィリスか。私の名前はカーマインだ。覚えておいてくれ。」


「…」


フィリスは小さく頷いた。


「カーマイン様、宜しいのですか!?」


「良い。彼の意思は本物だ。今日の所は引き下がろう。おっと、そうだフィリス。その魔物の死体、我々に貰えないか?」


「…いいですよ。」


「感謝する。」


カーマイン達は魔物の死体を回収して、村を後にした。フィリスは死体を焼き、上から土をかけて少し大きな石をその上に置いた。そして、心の底から皆の冥福を祈ったのだった


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