美味しい季節
鈴木すず
美味しい季節
あー。お腹空いた。
私は、教室の時計を眺めた。あまりにも時間が進まなくて、時間が逆戻りしているかのように感じる。
四時限目の国語。国語は好きなはずなのに、空腹に負けてしまう。
「ぐうーっ」
ついに、お腹まで鳴り出した。隣の席の男子には、聞こえなかったみたいだ。
時計を見ながらカウントダウン。そして、ようやくベルが鳴った。
「食べるぞー!」
立ち上がって、思わず叫んでしまった。どっと笑いが起きる。
まあ、気にしない、気にしない。
学校のお弁当の時間は、私の一日のハイライト。
なぜって、「お弁当交換」があるから。
「お弁当交換」は、私たち、南鱈高校二年生Bクラスの料理部の女子部員四人が始めたイベントで、不定期に行われている。内容は、名前の通り、お弁当を交換するだけ。
お弁当の蓋を開ける前に、じゃんけんをして、勝った人から選ぶことが出来る。
私たちは、料理部の名に恥じないように、それぞれのお弁当を親ではなく自分たちで作っている。
私のお気に入りのお弁当は、ゆりちゃんのお弁当。毎朝五時半に起きて作るお弁当の中身は、野菜中心のヘルシー弁当。机に座ってばかりで基礎代謝の少ない私にはぴったりだ。
ケイコは、唐揚げばかり揚げている。
「作っても私のお弁当が当たるわけじゃないんだから、毎回唐揚げ弁当でもバチは当たらないでしょう。」
と言うケイコだが、ケイコはお菓子も好きで、お弁当の後に甘いものを食べているので、心なしか貫禄がある。
さっちゃんのお弁当は、カフェのメニューみたいなお洒落メニュー。そして、さっちゃんは、実際にカフェでバイトをしている。お弁当の中身は、バイト先の厨房で覚えたメニューなので、よくさっちゃんのお弁当が取り合いになっている。さっちゃんは「お洒落女子」を目指しているらしく、お弁当のことを「ランチ」、お昼休みを、「ランチタイム」と呼ぶ徹底ぶりだ。
そして、私、黒崎優香のお弁当は、個性派を地で行っている。
例えば、「パイナップルのタイ風炒飯」。パイナップルを丸ごと一個買ってきて、縦半分に切ったものの皮をくり抜いて、パイナップルとナンプラーの入った炒飯を詰める。
ほんのり甘酸っぱいこのお弁当は大好評で、全員で山分けしたくらいだ。
今日の私のお弁当は、「ステーキとふわふわマシュマロ」。
昨日の学校帰りに、スーパーで安い牛肉を手に入れたので、焼くことにした。カットされたお肉なので、正確にはステーキではないけどね。
牛肉を焼いて味付けをした後に火を消して、マシュマロの形が崩れず、ちょっと溶ける程度にマシュマロを投入。マシュマロも、いろんな色があるから、完成作はポップなものに仕上がった。しめしめ。
「お弁当交換しよー!」
私たち四人がいつものように集まった。お弁当箱にも、それぞれの個性が出て楽しい。キャラクターものが多いなか、私のお弁当箱は、お洒落な社会人が使いそうなもの。なぜかというと、お母さんのお下がりだから。
じゃんけんで一番に勝ったのはケイコ。せっかく一番に勝ったのに、なぜか自分のお弁当を選ぶ。
「えー、自分のお弁当でいいの?」
「今日は揚げ物の気分なのよねー。」
と、満足気。あまりにも嬉しそうなので、みんなもほのぼのとする。
次に勝ったのはゆりちゃん。
「さっちゃんのランチ、いただきます!」
自然に、私がゆりちゃんのお弁当、ゆりちゃんが私のお弁当になる。
「優香のお弁当、当たり外れが大きいんだよねー。」
「創作料理を自負していますから。ガハハ、ワハハ。」
そう、私のお弁当は、当たり外れが大きい。面白いものを作りたくて、冒険ばかりしている。でも、たまになかなか美味しいものが出来るので、私のお弁当は案外好評だ。
「なんか、優香のお弁当、お肉の上にマシュマロ乗ってるんだけど。しかもカラフルな。」
「まあ、食べてみてくだされ。」
実は、私は、ろくに味見をしていない。全部目分量で、実は、今日のお弁当が美味しいという確証もない。不安だ。以前、大失敗して、「芸術的な味」と評されたことを思い出す。
「いただきまーす。」
どきどき。
「…むっ。これは。」
「…美味しい!お肉のソースもいい味だし、マシュマロの甘みと感触がお肉の味を引き立ててる!」
「え、私も食べたい。実は、味見そんなにしてないんだよね。」
「え?他人に食べてもらうのに、味見してないの?」
ゆりちゃんが口を尖らせる。
「なんか、失敗したって分かると、作り直さなきゃいけないじゃん。そんな手間ひまかけられないよー。」
ゆりちゃんが分けてくれて、みんなで私のお弁当を一口ずつ食べる。
「うーん。美味しい!」
他のみんなのお弁当も、今日は大好評。食べながらおしゃべりするのも、昼休みの醍醐味だ。
「そろそろ進路表提出しないとじゃん。何か決めてるー?」
さっちゃんがみんなに聞いた。
「まだ。」
「私も、まだ。」
「塾に通い出した子もいるらしいよー。」
午後の授業は、食べた後すぐにあるから眠くなるのだろうか。私は、四時限目は空腹で授業に集中出来ず、昼休みの後の五時限目は、眠くてうとうとしている。
少なくとも優等生でないことだけは確かだ。それでも、自分にでも出来ることを見つけられるだろうか。どうしたらいいんだろう。でも、迷っている間にも、時間は過ぎていく。あと数ヶ月したら、お弁当作りをする暇もなくなるだろう。大人になった私の将来像は、まだ、あやふやだけど、この四人の友情はずっと続くといいな、私はそう思った。
美味しい季節 鈴木すず @suzu_suzuki
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