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 のぞみさんはピアノの先生というお仕事をしていた。

 そのことをさなぎが知ったのは、のぞみさんと知り合ってから、ずいぶんと時間がたってからのことだった。

 木原家ののぞみさんの部屋には大きなグランドピアノがあった。

 それは古い木原家には場違いの大きさの道具のようにさなぎには見えた。ある日、いつものようにさなぎがのはらとお話をしていると、のはらの部屋の外からとても綺麗な音楽の音色が聞こえてきた。

 そのことについてさなぎがのはらに尋ねると、のはらは「ああ、あれはお母さんが弾いているピアノの曲だよ」とミルクで割ったコーヒーを飲みながらさなぎに笑顔で教えてくれた。

 のぞみさんの部屋には大きなグランドピアノのほかに大きなお姫さまがそこで横になるような真っ白な古風な作りをしたソファーがあった。

(あとでのはらが「あそこでよくお母さんはお昼寝をしているのよ」とさなぎにこっそりと教えてくれた)

 のはらの案内でノックをしてからドアを開けると(のはらの部屋はふすまの扉だったけど、のぞみさんの部屋にはちゃんとした、さなぎのよく知っている形をしたドアがあった)そこにはピアノを演奏しているのぞみさんがいた。

 のぞみさんは「どうぞ」と言ったけど、ピアノを弾くことはやめなかった。のはらと一緒にさなぎは、その真っ白な古風な作りのソファーに並んで一緒に座って、のぞみさんの弾いているピアノの曲を聞いていた。

 ピアノを弾いているのぞみさんはいつも以上に綺麗に見えた。

 のぞみさんの奏でているとても素敵なピアノの曲を聴きながら、さなぎはなんて贅沢で素敵な時間なんだろう、とそんなことを(心から)思った。

(その感動は、時間がたてば立つほどに、さなぎの心の中で、自分でも想像していた以上に、どんどんと大きくなっていった)

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