第44話 君のもとへ(アンバー視点)

「さて、間に合ったは間に合ったがまだ足りないね。ドラゴンくんはどうするつもりかな?」



 ニヤリと笑ったその人間が僕を試すように目を細めた。エターナ以外の人間なんて嫌いだし、この白衣の人間はあの黒い錬金術師の仲間だと聞いたから本当は嫌いなんだけど……。


 今はこいつの助けが必要なことくらいは、僕でなくてもわかることだ。ベクターが後ろで「アンバー様、大人になられて……」と頷いているのはなんとなくムカつくが。


『方法はある……ちょっと荒療治だけど、エターナに自分はまだ生きてるって思い出させればいい』


 僕は未だ倒れたままのエターナに顔と首元にそっと触れた。そして、と、をエターナからそっと外す。エターナはちょっとしたレアアイテムのつもりだったようだが、どっちも下手したら国のひとつなんかどうとでもなりそうな代物だ。まぁ、これをエターナに渡したの僕の母さんとフラムの母親なんだけどさ。


 それを見た白衣の人間は「なるほど」とパチンと指を鳴らした。どうやらエターナが身につけていたについてもすでにわかっていたようだった。エターナの風魔法による認識阻害は完璧なはずなのに最初から知っていたような態度にちょっとだけイラッとしたが、僕だってもうだいぶ大きくなったんだからそんな子供みたいな態度はしないんだ。



「……そうだ、ついでに聖女と魔族もどうにかしようかなぁ。うん、面白そうだね」


 白衣の人間が何か思い付いたようで独り言を呟いているがエターナに害がないなら別にいいかな。


 僕は少しでも大人に……エターナに近付きたい。それだけをずっと思ってここまで来たのに、こんなところでエターナを失うわけにはいかないんだ。その為なら、なんだってやってやる!



 パチンと指を弾くと、ピアスとネックレスにかけられた魔法が解け本来の姿をさらけ出す。僕の手の中にはいつかの魔獣の牙とドラゴンの鱗が姿を現した。解除の魔法はそれなりに力を使うはずだが、エターナの魔法は僕やフラムにはとても優しく感じるので力が削られることはなかった。



『そ、それは……!まさか、やめっ』


 ようやく気付いたらしい魔族が慌て出すが、もう遅い。僕は躊躇いなくその鱗をバキッと音を立てて砕くとさらに牙をエターナの足元に突き刺した。



 その瞬間、ゴゥッと音を立ててエターナの周りを包むように炎の柱が上がる。その炎は壁となりエターナに腕を伸ばそうする魔族を容赦なく弾くのを見て、白衣の人間が「やっぱり魔族はつまらないね」と呟いていたが……なぜこいつはなにもせずに平気そうに近くにいるんだろうか。黒い錬金術師とベクターは各自で防御しているみたいなのに。


「あ、師匠は規格外なんで気にするだけムダだぞー」


 黒い錬金術師がそんな事を言ってきたが、別に気にはしていない。謎なだけだ。


 そしてすぐに空には雷雲が広がり、風が吹き荒れたのだ。



 ────母さんがくる。



 この世界最強のドラゴンが。



『我が息子よ……まさか、賢者様が!』


『母さん、力を貸して……!』



 倒れているエターナの姿を見て、全てを察した母ドラゴンが世界中に響き渡るような咆哮を上げた。







 ***






「ドラゴンが本気で吠え叫ぶと次元が歪むなんて、面白いよね」


 そう言って白衣の人間……ユーキは扉を開いた。


「歪んだ次元をボクの力でエターナの夢の世界へ固定したよ。数分は大丈夫だけど、もし時間内に戻ってこれなければ君はエターナの夢の世界の中を永遠に彷徨うことになるから……。まぁ、その時はその時さ」


 イマイチ信用しきれないユーキを横目で見ながら、僕はその扉に飛び込んだのだった。











 その世界は夢の世界とは思えないほどに鮮明だった。でも、なぜか悲しい雰囲気が漂っている気がする。



 僕は街や学園を歩き続け、エターナの住む屋敷に辿り着いた。



 そこでは、エターナが泣いていた。



 僕が知っているエターナより少し幼い容貌をしたエターナは大きな瞳に涙を溜めて何かを呟いていたのだ。



「悲しい……寂しい……会いたい……」



 エターナの周りの空気は歪んでいて、時々家族だろう人間が現れたり消えたりしている。その中には、僕やフラム……(ベクターはまだいいとしてなんで黒い錬金術師やユーキまで?やっぱりムカつく)の姿もだ。


 あ、ドラゴンの僕が何度も何度も……エターナの周りをふわりと飛んでは消えている。



「────アンバー、会いたいよぉ……!」




 エターナが僕を呼んでいた。僕は思わずその場に飛び込み、エターナを抱き締めた。



 エターナの記憶にあるのはドラゴンの僕で、この人型の姿はまだ見せていない。しかもドラゴン時の僕はエターナと同じ瞳の色をしているが、人型の時は黄水晶のような髪と瞳だ。これは魔力操作の関係で僕にはどうにもならないのだが、本来の鱗と同じ色だと言うだけでエターナに僕だと気付いてもらえる要素はほとんどなかった。しかも今はドラゴンの姿には戻れない。魔力の維持をやめたらそれこそこの世界から出られないからだ。


 もしかしたら拒絶されるかもしれない。


 それでも、抱き締められずには居られなかったんだ。



「……あなたは誰?」



 幼いエターナが、「びっくりした」と顔を上にあげる。いつもとは逆に構図になんだかくすぐったい気持ちになった。



「僕は……エターナを会いたくてここまで来たんだ」


「私に……?」


「エターナ、お願いだから戻ってきて……。僕はずっとエターナと一緒がいいんだ……!」


「戻る……?でも、私は死んでループして……」


 すると、エターナの体を包むように柔らかな光がジワジワと広がり出した。僕が実際のエターナに浸透させて魔力が夢の世界のエターナにも影響を与えだしたんだ。


「思い出して、エターナは死んでない。賢者の力が暴走してるだけなんだ……。もう絶対にやり直しなんかさせないから……!」



 エターナの目に新たな涙が浮かんだ。しかしエターナ周りにあった歪みは少しづつ消えていき……エターナが笑った。



「……迎えに来てくれたのね、アンバー……!」



 そして、夢の世界は真っ白に染まった。








 ***







 エターナと僕が目を覚ますと、僕が口を開く前になぜか正座しているユーキ(眼鏡装着済み)が焦ったようにペラペラと喋り出すので不審に思っていると、その内容に思わず殴りたくなった。



 まぁ、もうすでにお仕置きされているようだったので殴らなかったが。



「いやぁ、魔族の件なんだけどね?実は前に時空探検をしていた時にうっかり過去っぽい世界に行ったことがあるんだけどさ、そこで魔物を見つけたから魔王ごっこをしたんだよね。調子に乗って色々アイテムとか強化薬とか開発したりしてたんだけどすぐに飽きちゃって帰ったんだよ?ただその時にアイテムを回収し忘れててさぁ~。いやぁ、まさかこの世界の過去だったなんて……さっき気付いたんだけどね!ほら、魔王の伝説とか魔族が聖女を操ってたアイテムとか……」


 珍しくゴニョゴニョと口を濁すユーキの背後にはにっこりと笑みを張り付けた白い髪の女がひとり。だがその目は決して笑っていない。


「ユーキ様、ちゃんと最後まで説明してください」


「うっ……!だからその、聖女があんなになったのも元はといえばボクが忘れてたアイテムのせいみたいで……魅了の力を放っていた魔力塊の宝石はボクが作った“力を溜め込みます君”だったんだ!相手の能力を吸い取って貯蔵する石なんだけど、それを魔族が拾って使ってたんだよ!」


「ちゃんと謝りなさぁい!!これも全部ユーキ様が勝手に遊びに行って後始末しなかったせいなんですからね?!人様に迷惑をかけてはいけません!」


「ご、ごめんってば~!許してよ、フリージア!」


 白い髪の女に叱られているユーキの姿を黒い錬金術師が「師匠が怒られてる……珍しい」とつぶやいてのだが……。



 いや、ほんと誰なの?




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