第43話 賢者の真実(錬金術師視点)
「さぁ、不肖の弟子よ。ボクが君に教えたことはちゃんと覚えているかい?」
眼鏡を外した師匠がにぃっと口元を吊り上げる。その妖艶とも言える笑みに、なんとなく不穏を感じていた。こうゆう時の師匠はいつもよりさらに予測不可能なのだ。
今から思えば修行期間も師匠の素顔を見たことはほとんど無かったがその威力はよく知っていた。もしもこの場にフリージアさんがいたら大騒ぎだっただろうなぁ。となんとなく懐かしみながら師匠の言葉に返答を返したのだが……。
「……錬金術とは等価交換。可もなく不可もなく、ひとつにはひとつを……ですか?」
俺は、恐る恐る錬金術の基本を答えた。しかし師匠は「やれやれ」と肩を竦めるのだ。どうやら望んだ答えではなかったらしい。……いや、基本を答えなかったらそれはそれで怒るくせに。
「ボクの弟子はユーモアが足らないよね「今の状況でユーモアとかいらないです」どうせわかってるくせに。ねぇ、人魚くんも」
その言葉に俺の他に人魚がピクリと反応を示す。人魚は落ち着いているように感じるが、その視線はもちろん未だ倒れているエターナへと注がれたままだ。
「それはもちろんわかっております。……だからこそワタクシの出る幕ではございませんので」
「まぁ、確かに下手に手を出したら俺らがボコられそうだしなぁ」
通常であれば血を流して倒れているエターナの姿に冷静でいられるはずがない。あの王子のようにわかりやすく動揺するものなのだろう。
だが……気付いているからこそ動けないでいたのだ。
俺が気付いているのに師匠が気付かないはずがない。それなのに師匠があの聖女(?)の話を長々と聞いていたのは時間稼ぎがしたかったのだろうともわかっていた。
それにしてもあの聖女?魔族?は本当に気付いていないようで、さっきから師匠の態度に意味がわからないと狼狽えている。あ、それは王子もか。
『お前たち、さっきから何を……』
「そんな事もわからないでボクを魔王なんかに担ぎ上げようとしていたのかい?ボクが本当に魔王ならこんな役に立たない配下は即削除だよ。それに……魔族なんかが君臨しても面白くなさそうだしね」
「師匠が君臨させたいのはスライムでしょう」
俺のツッコミに師匠は「わかってるじゃないか、さすがはボクの弟子だ」と珍しく褒め言葉を口にする。師匠がスライムにご執心なのは耳にタコが出来るくらいに聞かされた案件なのだ。忘れられるはずがない。ちなみにこれも時間稼ぎの一環だ。でもまぁ、そろそろかな?……そう思った時に人魚がやっとにこりと笑みを浮かべた。
「お疲れ様でした、アンバー様」
人魚がすっと横に動くと、その背後から小さな人型の影が姿を現した。
不機嫌そうに眉を顰めている、黄水晶のように煌めく髪と瞳を持ったとんでもない美少年……エターナの溺愛するあのドラゴンである。
『……だから僕も一緒に行くって言ったのに!なんでエターナはすぐに無茶ばっかりするんだ!』
「賢者様が純粋なアンバー様に乱れているであろう学園での男女のドロドロ現場を見せたくないとおっしゃったので仕方が無いではないですか。異変はすぐにお知らせ出来るようにワタクシの分身をフラム様にお預けしておきましたし……」
『わかってるから、フラムの湿った鼻先からちっちゃなベクターが飛び出してきた時はそのまま潰してやろうかと思ったけど我慢したんだ』
火を吹くワンころの湿った鼻先から出てきた小さな人魚……をなんとなく想像しながらドラゴン美少年が歩き出すのを黙って見ていた。その行き先はもちろん倒れているエターナで……師匠は「さすがだね」とドラゴンに声を掛ける。
『なんとか間に合った……あなたには礼を言うよ』
「面白いものが見れたからね……大丈夫、エターナは無事だよ。それに礼を言うのはボクの方さ。あんなに綺麗な魔力は初めて見た……君が命をかけた証拠だね。それに、そのおかげで謎が解けたよ。やっぱりこの世界は面白い」
ドラゴンと師匠の会話に王子と魔族だけがついていけないようだったが……そう、エターナは生きているんだ。
答えはわかってしまえば簡単だ。
危険を察知して早々と人魚がワンころとドラゴンに緊急連絡をし、魔族に気付かれずにやって来たドラゴンがエターナが殺される瞬間にエターナの体を魔力で包んだんだ。まぁ、だいぶギリギリだったみたいだけど。
しかしエターナの能力のせいでエターナは死んでいるように見えている。しかしそのおかげで時間が稼げたのだ。生きているとはいえ衝撃はあったわけだからそれを回復するためには魔力を体に染み込ませなければいけない。浸透しきる前に魔族にそれがバレたらまた違った結果になる可能性もあったのだから。
『なっ…?!』
「どうしたんだい、聖女?いや、魔族くん……。今も言った通りエターナは無事さ。死んでなんかいないんだよ。ただ、誤解とはいえ本人が死んだと認識してしまったから仮死状態になっているけれどね」
混乱する魔族に師匠が珍しく丁寧に説明をしだす。いつもならめんどくさがるところなのに珍しいこともあるものだ。どうやら今は機嫌がいいらしい。
「いいかい?1回しか言わないからよく聞くんだよ。ボクはエターナと聖女が同じ繰り返す者だと言ったが、実はちょっと違うんだ。これもずっと引っかかっていたんだけど、今のでわかったからスッキリしたよ!そう、ここはね────」
師匠が妖艶な笑みを浮かべているが、その瞳は手品のタネがわかったときのような、迷宮入りの謎が解き明かされたような…そんな時の瞳の輝き方だった。そんな師匠が発した言葉に王子はもちろん魔族すらも驚愕の顔をしたのだ。
「ここはある意味でループなんかじゃない、エターナが再現した世界なんだよ」と、その一言に。
俺も驚いたは驚いたが……師匠の説明に妙にしっくりときてしまう。
つまりエターナは、同じ世界をループして繰り返していたのではなく、自分が死んだと認識した瞬間に同じ世界を構築して再現していたのだ。
だがその能力は決して完璧ではなくて、どうしても少しだけ綻びが出来てしまう。だからこの世界は、エターナにとってテンプレのように同じように見えて少しだけ違う世界になっていたのだと。
「エターナは自分の命と等価交換をして新たな世界を創造していんだ。この世界はエターナそのものなんだ。等価交換とは、可もなく不可もなく……ひとつにはひとつなんだよ。でもね、そのひとつの大きさは本人の能力の大きさに比例するのさ。いや、こんなことが出来るなんてすごいね。ボクにも出来るかどうか……命をかけるのは面倒だから出来てもやらないけどさ」
あ、これはきっと出来るんだろうな。と思ったが口には出さない。このヒトが規格外なのは今に始まった事ではないし。まぁそれはおいといて、つまりはそうゆうことなのだ。
「エターナは賢者と言う名の錬金術師だ。無意識にこれだけの錬金術を使っている、とんでもない逸材さ!今のエターナは自分が死んだと認識してしまって無意識に新たな世界を構築しようとしたけれど、実際には死んでいないから夢の中にその世界を作って疑似体験している感じかな?しかし、実際の見た目もちゃんと死んだと見えるように再現しているなんてすごいよ!────まぁ、この世界が今までより大きく歪んでしまったのはボクが介入したせいかもしれないけど……間違えて過去に行って歴史変えちゃったのはバレてないしね(ボソッ)」
そう言っている師匠はずっとニマニマとした笑みを隠そうともしていない。それに何かをボソッっと呟いたようだが俺には全ての原因がこのヒトにあるような気がしてならなかったのだった。
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