第13話 ましゅたー。に、なってしまったようだ

『よおちくおねあいしましゅ、ましゅたー!』


 私の目の前には、もふもふでふわふわの毛をした小さな仔犬が目をキラキラと輝かせながら尻尾をブンブンと左右に振っていた。燃えるようなオレンジ色の毛並みにルビーのような紅い瞳。さらに言葉をしゃべるとくれば、もちろん普通の仔犬ではない。


『ぼく、がんばりましゅー!』


 そしてその仔犬は、ぱかっと口を開けて勢いよく炎を吐き出したのだった。




 うーん、まさかこんなことになるなんて……。私は予想外の出来事に頭を悩ませていた。









 ***








 その日、ギルドで情報収集をしているとこんな話を聞いた。昼間から酒を飲んでいるギルド員は見た目は飲んだくれのダメオヤジだが、こうして酒を交わしながら情報交換して自分の欲しい情報を見極めるのだとか。でも酒臭い。


「どこかの森でやたらと火事が起きるんだと。でも放火犯は捕まらないし、いつも自然鎮火するがなんとも不気味だ。まぁ、ここ最近は昔に比べておさまってきたんだけどな」


 私がアンバーと一緒にいるようになった頃から、それまで各地で頻繁に起こっていた自然災害が控えめになっていると話を聞いた。なんでも聖女の祈りや奇跡が関係しているのでは……とひそやかに噂されているようだ。


 もしや、あの男爵令嬢がもう頭角を現したのだろうか?!まだ殿下たちと出会ってないのに今から優秀なようである。さすがは聖女候補……。でも、確かにヴィンセント殿下と結ばれるなら未来の王妃になるのだ。聖女としての功績はいくらあってもいいはずである。


 まさか祈りだけで各地の災害を抑えるなんて……それに、どこかの孤児院も聖女の奇跡によって救われたらしいとも聞いたわ。出来れば私が手助けした孤児院にも奇跡を分けてあげてほしい。やはりあの子たちもただの冒険者により聖女に助けてもらった方が嬉しいはずだ。


「ふふっ。でも、これならドラゴンママが聖女と心を通わせてくれる日も遠くないわね!なんとしても最高の聖女となってヴィンセント殿下を選んで貰わくちゃ!」


 そしてそんなふたりの行く末を見守るためにも死亡要因を徹底排除だ!



 その時、扉が乱暴に開けられ「た、助けてくれ!」と傷だらけの男が転がり込むように入ってきた。なんでも近くの森でまたもや突然発火現象が起きたそうだ。偶然その場に居合わせたその男と仲間たちが火を消そうとしたらしいが炎が酷くなり……なんとその炎の中から現れた獣に襲われたのだとか。


「ほ、本当なんだ……!そうだ、きっとその獣が火事を起こしていたに決まってる!あれは災いを呼ぶ魔獣だから、誰か殺してきてくれ!」


 少し焦ったように叫ぶその男の様子に私は違和感を覚えた。それは今までのループの中でも何度か嗅いだことのある嫌な臭いがしたからだ。賢者として何度もループしているせいか私の五感はとても敏感なのである。


 やたらと「獣を殺せ」と言ってくるので、私が一歩前に出てその男に近付いた。


「……あなた、だいぶ酔ってますよね?まず、そんなにお酒の臭いをさせて森で何をしていたの?それにあなたの手からは硝煙の臭いもするわ。ーーーーねぇ、酔っぱらいさんが銃を持って、森で何をしていたんです?」


 すると、酒臭い息を放ちながら「う、うるさい!お前みたいな小娘には関係なーーーー」と私に向かって手を振り上げたのだ。


『ぴぎぃ!!』


 ガブリ。と、その振り上げられた手にアンバーが噛み付く。するとその男はもう片方の手にナイフを握り、なんとアンバーを刺そうとしたのだが……。


「どっせーーーーいっ!!」


 シュピピピピ!!「うぎゃあ!」


 私が何かをする前に、いつの間にかいたマダムがその男に向かって大量の串を投げつけ、男は壁に貼り付けにされていた。


「うちのかわいい常連さんになにしてくれてるのぉ?!許さないわよぉっ!」


「マダム!」


 体のラインをなぞるように服を貫通して串が刺さり、男は身動きが取れない状態になっていた。そこへマダムのたくましい腕がラリアットをかます。


 そして、マダムは指先をその男の目元ギリギリに突きつけた。


「……全部ゲロっちまわないと、あんたの目玉を串焼きにしてやるわよぉ?」


 厚塗りメイクのマダムがすごむと、もの凄い迫力である。


 ちなみにその場にいた人たちはみんなマダムの登場に大喜びだ。やんややんやとマダムを応援する声が上がり、どう見てもその男の援護者はいない。たぶんみんな、男の違和感に気付いているはずだ。たとえ酒臭いオヤジに見えてもこの場にいるのはみんなそれなりの冒険者なのだから。そしてマダムなら大丈夫だと確信しているから誰も手を出さないのである。マダムへの信頼の厚さが計り知れない。


 こうして男は全てを白状した。なんと酔っ払った状態で森に入り、銃を乱射して森や動物を傷つけ、さらに放火したというのだ。森で突然火事が起きることを知り、ちょっとくらい燃やしてもバレないと思ったそうなのだが、その傷付いた動物に襲われたのだとか。


「マダム、惚れちまうぜーっ!」


「さすがマダム!その筋肉は本物だぁ!」


「抱いてくれーっ」


「アタシはおっさんに興味はないわよぉ!でも褒めてくれたから今度串焼きオマケしちゃうわぁ♡


 ……さ!エナちゃん、この男はアタシに任せておいて!森の方はお願いねぇ♡」


 バチコーン!といつもの濃厚なウィンクをしたマダムの瞳には信頼の光が見える。こんな新米冒険者に任せてくれるなんて嬉しい限りである。


「うん!ありがとう、マダム!」


 ギルド内の人たちも私を止めることはない。マダムが信頼しているのならと送り出してくれたのだろう。そう思うと嬉しくなった。













 こうして私は今だに燃え盛る森へとやってきた。


 まずは炎の鎮火だ。幸いにも周りには誰もいない。あの男の仲間とやらも逃げたようだ。


 私は雷や炎、水……それらの攻撃力の高いとされる属性魔法は使えない。だが、唯一使えるものもあった。


 それはーーーー“風”だ。


 風の属性魔法。それは風を操り、重力を操る。地味だし、これまでのループ世界でもあまり重要視されない魔法だがそれなりに便利でもある。私はこの魔法を使い、体にかかる重力を軽くして自由に空を跳んだりできるのだ。窓から飛び降りても無事なのは、重力を操っているせいでもあった。そのことを知らない義弟には散々心配をかけた事もあったが今では「義姉上はそういうもの」と認識させている。


 だから私はーーーーこの森全体を風魔法で包み込むことにした。


 生命を発する生き物を個別で空気の層で包み酸素を送る。そして炎の部分は酸素を遮断していつもとは逆に重力で圧し潰し、鎮火させた。



 全ての炎が消えた事を確認して魔法を解くとーーーー私の目の前にはオレンジ色の毛並みをした大きな獣がいた。


 私の3倍はありそうな巨体をしたその獣は、紅い瞳を光らせ……私に頭を垂れた。


『あなた様がせ……賢者様でございますね?』


「えっ。は、はい。……賢者ですけど……」


 なんで知っているんだろうと思いつつ、もしかしたらドラゴンママのネットワークかもしれない。なんて思ったりもした。あれだけ凄い伝説級モンスターなら、賢者の存在を伝えるなんて造作もないだろう。


『とあるドラゴンより、賢者様が自分が“賢者”である事にこだわりがあるとお聞きしましたので我も賢者様とお呼びさせていただきます。この度は、我の暴走を止めて頂きありがとうございます』


 ペコリ。と頭を下げる金色獣。やはりこの獣も伝説級モンスターでドラゴンママと交流があったようだ。いや、私は賢者だって事にこだわりがあるとかじゃなくて、賢者でなかったら何の価値もない存在なので、賢者であることをフル活用しているだけな小さい人間なんだよ!と言いたい。だってドラゴンママたちに「悪役令嬢と呼んで」と言っても意味がわからないだろうからだ。理想の悪役令嬢になるため。そして最後の結末を生きて見守るために賢者の地位を使っているのだ。死ぬ運命を捻じ曲げようと奮闘しているのだから、地位を悪用していると言われても仕方ないのかもしれないが……それでも今は賢者の地位に縋り付くしかないのだ。


 そう思ったら……私って本当に価値の無い存在なのかもしれない。聖女候補である男爵令嬢は確実に名声を手に入れてるし、ヴィンセント殿下が選ばれる確率は高い。もしかしたら、私と婚約なんかしなくてもヴィンセント殿下は幸せになれるのではないか。


 ……いや、でもまだ安心は出来ない!今度こそと思いつつ裏切られたループ世界を思い出せ!私は確実にヴィンセント殿下が選ばれて幸せになり、そして子々孫々まで幸せになるのを見守ると決めたのだから!となったら、賢者の地位は大事!賢者じゃないとヴィンセント殿下に婚約してもらってから婚約破棄してもらえないもの!





 そんなこんなで、やはりオレンジ色をした獣は魔獣だった。なんでもドラゴンママからの知らせで災害を減らしていたのに、人間が魔獣の子供を銃で撃ってきてさらに放火してきたからブチ切れして襲ってしまったのだとか。それでも殺す気はなく森から追い出すためだったようで、多少の怪我は負わせたが命を取ったりはしなかった。もしもこの魔獣が本気だったらあの男は生きてギルドにはたどり着けなかっただろう。


 しかし、人間たちが逃げたあとも炎が広がり過ぎて鎮火に手間取っていたところに私が現れて火を消したので……感謝されていたようだ。




「……へぇ。炎のモンスターなのね。出産育児期間はどうしても炎が出ちゃうんだ」


『出産時は命がけですので。育児期間も興奮するとつい……。それでも我々が出した炎はすぐに消えるのですが、人間が出した炎はなかなか消えずに困っておりましました。本当にありがとうございます』


 すると、魔獣の影からぴょーんと小さななにかが私に飛び掛かってきた。


『わんっ』


 オレンジ色をした小さなもふもふ……もはや仔犬だ。この魔獣が産んだ子供だろうと直感する。私の膝の上でふるふると丸まるその獣の頭上に『ぴぎぃっ』とアンバーがのしりと乗っかる。


『わん?』


『ぴぎぃ』


 二匹の謎の交流に首を傾げていると、魔獣が今度は深く頷いた。


『とうやら我の子はあなた様について行きたい様子……。どうかこの子の望みを叶えてやって下さいませんか』


「えぇっ?!いや、だってそんな……」


 さすがに私にはアンバーがいるし断ろうとすると、そのアンバーが尻尾でペシリと私を叩いてそれを止めた。


『ぴぎぃっ』


「えっ……いいの?アンバー」


『ぴぎぃっ』


 そしてもふもふ仔犬をペシリと叩き……『わ、わふーーーー。ま、ましゅたぁ!ぼく、がんありましゅ!おねあいしましゅっ!』と、キラキラ輝く瞳で見つめられてしまったのだった。


 どうやらアンバーが認めてしまったようだ。さすがはドラゴンママの子供だというところか。自分は喋らないのにこの仔犬には喋れるように魔力を渡すなんて……アンバーって実は凄いのでは?


 こうして私にはアンバー以外にも仲間が増えた。フラムと名付けた仔犬はなぜかアンバーの事を『あんびゃーにいちゃま』と呼び、アンバーがえっへんとお兄ちゃんぶっていたのだがあえて突っ込まないことにした。











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