第14話 奇跡とは、偶然か必然か。

 こうして新たな仲間が加わったのだが、私はアンバーの時と同じようにフラムにも、もしものときの説明をした。


「私にもしもの事があった時はフラムはちゃんと逃げるのよ。ドラゴンママがアンバーを迎えに来てくれる手筈になっているからその時に一緒に逃げて、そして魔獣ママのところに送ってもらうか迎えに来てもらうかしてほしいの。アンバーはお兄ちゃんなんだからフラムの事を守れるわよね?フラムもアンバーの言うことをちゃんと聞くとこ!」


『ぴぎぃ!』


『あい!にいちゃまといっちょちます!』


 こくこくと頷く二匹だが、フラムはイマイチわかってないような気もする。不安になりそれを魔獣ママに伝えると『では我の牙をお持ちください。これを地に刺せばしばらくの間、炎の壁が現れます。ドラゴンを待つ間の時間稼ぎにはなるかと』と、小振りな牙を一本くれたのだ。なんと魔獣の牙にそんな効果があるなんてと驚いた。


『我々は炎の魔獣です。きっと我が子……フラムが賢者様のお役に立てる事を願っております』


 そして私は魔獣ママと仲間たちが安心して子育て出来るように森に魔法をかけた。


 認識阻害の魔法は風魔法の応用だ。纏う空気を魔法で歪めて違うものに見えるようにするのである。こうしてやってきた人間には違う道が見えるようにして森の奥にある魔獣たちの住処にはたどり着けないようにした。もちろん放火やむやみに動物を傷つけようとすると悪寒が走るようにもしてやった。(今回みたいな男がいた場合、寒気がして嫌な予感がして、さらに空気がやたらひんやりする仕様だ!ついでに常に古い井戸から顔色の悪いヒトが覗いてきて自分をロックオンしているような気がする幻覚もつけてみた。命を弄ぶのは許せないしね!)


 ただ、生きるための行動まで阻止は出来ない。魔獣ママもその辺は理解してくれたので助かった。この辺の人たちだって生きるためには狩りをしなくてはいけないのだ。共存するしかない。


『これで安心して子育てが出来ます。ありがとうございました、賢者様』


『わんわん』『わふっ』


 魔獣ママ以外の魔獣たちの小さな子供たちがぴょんぴょんと飛び跳ねた。もふもふパラダイス……可愛いな。


 こうして魔獣ママたちは森の奥へと姿を消していったのだった。




「とりあえず、ギルドに戻りましょうか」


 私は魔獣ママの牙を何の変哲もないピアスに見えるように、フラムはちょっと毛色が変わっているだけの仔犬として認識されるように魔法をかける。


「フラム、他の人がいる場所では喋っちゃダメよ?」


『ちょーちしまちた!』


『ぴぎぃ!』


 フラムがパタパタと尻尾をふると、アンバーが任せとけ!とばかりに尻尾をピン!と立たせた。どうやらアンバーはフラムの面倒を見る気まんまんのようだ。まぁ、多少の事なら誤魔化せばいいしなんとかなるだろう。


 そう思っていた時だ。






 ピシャン!と、水飛沫が飛んだ。






「え」


 足元にあった小さな水溜り。その小さな水溜りから腕が伸びてきて私の足を掴んだのだ。


『ましゅたー!』


『ぴぎぃ!』


「アンバー!フラム!危ないからにげーーーー」





 咄嗟にアンバーとフラムが私の手を引っ張ったが、私の体は一瞬の間に水溜りの中にアンバーたちごと引きずり込まれてしまったのだった。



 ぴちゃん……。と、水溜りには小さな波紋が広がり……静けさが漂っていた。



























 ***












「オレ、見たんだ!」


 マダムたちがエナを送り出して狼藉者を縛り上げていると、ギルドに新たな訪問者が現れた。


 若い男で、旅人らしくこの辺では見ない顔だ。酷く狼狽えているかと思いきや、その目は驚きながらも崇拝に似た輝きを見せている。


「見たってなにを?」


「なにがあったんだ。森の放火の件ならーーーー」


 今、冒険者が解決に向かっている。そう誰かが口にしようとした瞬間。その旅人が言った。


「遠目だったが確かに見たんだ!炎の燃え盛る森を不思議な光が包んだと思った途端、一瞬で炎が消えたんだ!そしたらまるで森が意思を持ったかのように歪んだり変わったり……あぁ、なんて言ったらいいかわらないけどとにかく“変化”したんだよ!

 その後、森が揺れて焼けたはずの木々が蘇って……!


 あれは……あれは絶対に今話題になっている聖女様の奇跡に違いない!」


 旅人の叫びにギルド内がざわざわと揺れる。ひとりで行ったエナも心配だしと、ベテラン冒険者とマダムが慌てて森へ行くと、そこには見違えるような美しい森があった。何度も火事が起こってそこいらが焼け焦げ不穏な空気を纏っていたかつての森はどこにも存在していなかった。こんな森なら、もう誰も悪戯に火を放とうなどとはしないだろう。


「……確かに、これは奇跡ね」


 マダムのそんな呟きに、ベテラン冒険者は静かに頷いた。




 その日から、新米冒険者エナは姿を消した。ベテラン冒険者たちがどれだけ総力を上げてもその行方は知れず、口にはしないが誰もが「もしかして」と心に思ったそうだ。


 いつの間にか現れ、町に溶け込んだ不思議な少女。奇跡が起きた途端に姿を消したエナ。もしかしたら彼女は……。


 こうして「この町にも、聖女の奇跡が降り立ったのかもしれない」と、静かに噂が流れていった。






「……エナちゃん。あなたは自分の使命の為に旅立ったのね。


 いいわ、それならアタシはあなたとの“ミソシル”の約束を果たすために……“ミソ”はアタシが作り出してみせるわ!」


 きっと、美味しい“ミソシル”を作ることが出来れば、またひょっこりと姿を現してくれる。そう信じてるわ。




 その後、マダムが色々な失敗や偶然を経て“ミソ”を開発。「マダムのミソスープ」は一躍有名になった。その味は王族にも気に入られてどうやって作ったのかをよく聞かれるようになるのだが、マダムは必ずこう答えていた。






「素敵な聖女様の奇跡のスープよ」と。











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