第12話 マダムの秘密(マダム視点)

 びっくりした。


 最初の感想はそれしかなかった。









 アタシは、とある国の城で料理人として働いていた。


 体質なのか家系なのか、やたら筋肉質な子供時代。でもそんな体質のせいでアタシは孤独だった。


 アタシは男として生まれたのに、心は乙女だ。それに気付いたものの、だからといってなにも出来ることなどなかった。それでも料理をするのは好きだったので、せめて好きなことを極めたかったのだ。


 本当の気持ちを隠したまま大人になり、気がついたら城の料理人なんてやっている。城で料理の腕をふるえるなんて名誉な事だと皆は言うけれど、アタシはもっとみんなが気軽に楽しく食べれるような……人を笑顔に出来る料理が作りたかったのに。


 そんなある日、事件が起きた。


 なんと王子が料理長の腕をへし折ったのだ。理由は、好き嫌いの激しい王子の料理に料理長が刻んだ野菜を混ぜて出したから。たったそれだけの理由でだ。


 王子は国王から叱られたものの、反省の色は見えないままだ。料理長は辞めさせられてしまい、アタシがあとを引き継いだのだが……今度はアタシの料理に文句を言い出した。一口も食べずに床に捨てられるなんて日常茶飯事。王子の好きなものばかりを与える料理人はえこひいきされ、アタシはどんどん追い詰められていった。どうやらケガさえさせなければ叱られる事はないと知った王子の嫌がらせはエスカレートしていった。


 食べ物を大切にしてほしい。せめて一口くらいは食べてほしい。そんな願いは聞き入れられず、なんと王子は兵士にアタシの事を調べさせアタシの心が乙女であるという秘密を嗅ぎつけたのだ。


「こんな気持ち悪い奴の作ったものなど、食べれるわけないだろう」


 最後にそう言って、アタシの顔に出来たての熱いスープを皿ごと投げつけてきた。







 こうしてアタシは城から追い出されてしまった。熱々のスープをかけられたせいで顔を火傷してしまい、割れた皿の破片で傷だらけになった。碌な治療もしてもらえなかったので傷跡が残り、皮膚も少し引き攣ってしまっていた。


 だからアタシは決めた。違う場所で自分らしく生きようと。火傷や傷の跡は濃いメイクで隠し、言葉遣いも思うがままに口にする。アタシは自由だ!



 それからアタシは母国を捨て、隣の国へ移住することにした。そんな旅の途中で不思議な出会いをする。


 なんと、道端に人が落ちていたのだ。最初は死んでるのかと思ったが、身に付けているボロボロの黒マントの下で指がぴくりと蕩いたのを見て、アタシは慌ててその人を抱き起こした。





「あら、大変!あなたどうしたのぉ?!」


「お、おなか……グーキュルルルるるるるるる……へった……」


「大変だわぁ!」





 盛大なお腹の音を鳴らしたその人にまずは水を飲ませ、急いで料理の準備をする。野営する気まんまんだったので簡単な料理を作れる用に色々と準備をしてきたのだ。


 アタシは鍋に携帯食料を入れて柔らかく煮込んでいく。手軽で栄養価の高い携帯食料だが、なにせ硬い。それに味気もないのだ。だが食べやすくしてから調味料で味を整えてやればだいぶ変わる。誰でも食べやすくするためにたくさん研究してきたが、まさか初めて食べさせる相手が道端に落ちていた人になるとは人生とはわからないものである。


「はい、出来たわよぉ。熱いから気をつけてね」


「……これは……」


 その人が黙って口をつける様子をアタシは緊張しながら見つめていた。もし、この人も王子みたいにアタシみたいな奴が作ったものなんて気持ち悪いとか言ってきたり、熱い料理を投げつけてきたりしたらどうしよう。と思ってしまったのだ。



 だが、予想とは違う反応があった。



「……これは、まさかオカユ!?あぁ、しかもちゃんとダシが効いてて胃に優しい味……うまぁ!!」


「気に入ってもらえてよかったわぁ!えーと、オカユ?がどんな料理かは知らないけれど、それは穀物の種を乾燥させて固めたものをお湯で煮込んで柔らかくしたのよ。乾燥させた魚と海藻から作ったエキスを混ぜてあるの」


 この穀物の種は白い小さな粒でそれを天日干しで乾燥させ、少しの水をかけてから棒状に固めたものが携帯食料として主流となっている。普段はそれをガリガリと齧ってから水で流し込むのだ。栄養価も高く腹持ちがいいが、何せ味気ない。それに女子供が食べるには硬すぎる。だが、アタシがこの料理を作るところを見せたらみんなが嫌な顔をして味見もしてくれなかった。「あんなにドロドロにして気持ち悪い。しかも海に漂っている不気味な海藻からとったエキスを入れるなんて信じられない」とよく馬鹿にされていた。


 でもこの人は嫌な顔もせずに食べてくれた。それがなによりも嬉しい。


「いやぁ、まさかこの国にコメがあるとは驚いた!」


「コメ?それってこの穀物の種の事なの?」



 それからその人はアタシに色んな事を教えてくれた。なんと彼は錬金術師で、素材を求めて旅をしているのだそうだ。


 彼はアタシが料理人だと知ると、彼の故郷のものらしいレシピ集をくれた。


 それには“オニギリ”や“ミソシル”、“ヤキトリ”や“テリヤキ”などなど今まで見たことの無い料理の作り方が並んでいたのだ。アタシは夢中になってレシピ集を読んだ。


にはあまり無いような珍しい食材ばかりなので、俺には探しきれず諦めていたんたが……それと認知されていないだけで似たような食材は必ずあるはずだ。きっと君なら作れるだろう。もしミソシルがまた飲めたら最高だ。ただ、ひとつだけ約束してくれ。この料理を俺から教わった事は絶対に秘密だ。バレると、都合が悪いんでね……あ、それと、もしもミソシルの事を知っている若い女の子が現れたらきっとその子は特別な子だよ」


「えっ?ちょっと錬金術師さ……」


 戸惑いながらレシピ集から顔をあげると、そこに錬金術師はすでにいなかった。






 その後、アタシは新たな地で屋台を開いた。


 あの“ヤキトリ”を参考にして串焼きを作り、“テリヤキ”のタレをぬって焼いてみたらみんなに喜ばれたのだ。


 肉だけでなく、野菜の串焼きは子供でも美味しく野菜を食べれると喜ばれた。1番人気なのは肉と野菜を交互に刺して焼いた串焼きだ。


 “コメ”は簡単に手に入った。まさか携帯食料にするだけしかなかった穀物の種が水を加えて炊いたらこんなにふっくら美味しくなるなんてあの国のやつらは誰も思うまい。三角に握って“テリヤキ”のタレをぬり、表面を焼いた“ヤキオニギリ”もなかなか好評だった。


 本当は“ミソシル”もすぐ作ってみたかったが、どうしても“ミソ”なるものが手に入らない。“ミソ”さえあれば、色々とアレンジできるはずなのに歯痒かった。


 しかし、ひとつ罪悪感にかられるとすれば、この料理たちが全てアタシのオリジナル料理だと嘘をついていることだろうか。だがあの時の錬金術師に秘密だと言われてしまっているので約束を破るのも気が引ける。


 この国の人たちはみんな優しい。アタシの見た目や口調など気にせず、アタシの料理を美味しいと喜んで食べてくれる。これこそアタシが望んでいたことだった。だから、それを叶えてくれた錬金術師には感謝しかない。もしも本当に“ミソシル”を知る女の子が現れたなら恩返しの代わりにその子の手助けをしようと決めていた。





 でも、まさか本当に“ミソシル”を知る女の子が現れるなんて……しかもそれが、最近よく串焼きを買いに来てくれる新米冒険者の女の子だったなんてさらに驚きだ。





「ねぇ、マダム!ちょっとお願いがあるんだけど……実は“ミソシル”って言う名前のスープが作れないかしら」


 そういったエナちゃんは“ミソシル”の見た目や特徴を口にした。それは確かにあのレシピ集に記載されていた“ミソシル”と同じだったのだ。


 特別な女の子が現れた!だが、アタシはそんな衝撃を隠して知らないフリをする。まだ“ミソシル”なるそれは料理として存在しない。今のアタシがそれを知っているのは不自然だからだ。


「あらぁ、面白そうね!スープなら、串焼きと一緒に出してもよさそうだわぁ。じゃあ、その材料は……えぇと“ミソ”?はどうしたらいいかしら」


「えーと、確か……ダイズっていう豆から作られるはずよ(あの時の男爵令嬢が「ダイズの発酵食品はニホンの味!」って叫びながらミソシルを飲んでたはず。ニホンってなにかしら?)それを見つけてきたら“ミソシル”を作ってくれる?」


「えぇ、いいわよぉ。他の材料はアタシが探しておくわぁ」


「嬉しい!ありがとう、マダム!」




 こうしてお持ち帰り用の串焼きを持って笑顔で立ち去るエナの後ろ姿をじっと見つめ……そして喜びで踊り出したい気分になった。




 

 エナちゃんは見た目も綺麗でかわいいし、どことなく貴族の雰囲気を持っているのになぜか冒険者をやっている不思議な子だ。しかも変わったトカゲを連れている。まさか、こんなに近くにいたなんて思わなかった。


 だが、あの錬金術師が言った特別な子がこの子なら、なんだか納得できる気がしたのだ。


 しかし、特別な子とは……どう特別なのだろうか。


 そういえば最近こんな噂を耳にした。どこかの孤児院が聖女の奇跡で救われたと。まさか、特別な女の子とは……。





 “ミソシル”の事を連れている知っている不思議な女の子。あの子が錬金術師の予言した特別な女の子ならば、もしかするともしかするかもしれない。



 

そういえば、あの時の錬金術師……今頃どうしてるかしら?




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