第422話 第二騎士団対カーティス2

「ふむ。この二人も素晴らしい。将来が楽しみだな。さて、残りはお主だけだな」


そう言ってスキャラに目をやった彼は、眉を顰めた。


それもそのはず。なんと、彼女の右腕が真っ赤な焔に染まり揺らめいていたからだ。


どうやら、トルーバとゲディングはこの為の時間を稼いでいたらしい。


「よくも二人を……マスターエルフ、絶対に許さない!」


「ほう、ならばどうする。その右腕で私と勝負するつもりか」


「そうだ。この技はリッド様直伝……必ず倒して見せる」


スキャラはおもむろに頷くと、こちらをチラリと一瞥した。


なお、彼女が『直伝』と言った技は、確かに懇願されて僕が教えたものである。


それから間もなく、スキャラはカーティスを睨みつけた。


「私のこの手が、焔で灯る……あんたを倒せと鳴り響く……必殺、道破・灼熱魔槍拳! いくぞぉおおお!」


「面白い。その右手、私の左手で握りつぶしてくれよう……月華・闇滅絶掌牙!」


カーティスは左手を漆黒の魔力で染めると、勢いよく向かって来るスキャラの右手に合わせるように左手で掌底を繰り出した。


二人の掌底がぶつかり合うと辺りに激しい光と魔波が巻き起こる。


「ちょ、ちょっとやり過ぎじゃない⁉」


ファラを守るように前に出ながらアスナに声をかけると、彼女は首を横に振った。


「いえいえ。祖父上が第二騎士団の指揮官となれば、このような事は日常茶飯事となりましょう。今から慣れておくべきかと存じます」


「日常茶飯事⁉」


声を上げて聞き返すと、傍にいるファラがニコリと頷いた。


「はい。ランマーク家の別邸にお邪魔した時、アスナとカーティスの稽古も似たようなものでした」


「えぇ……」


呆気に取られていると、シュタインとレイモンドもため息を吐いた。


「祖父上の武術に対する情熱は凄まじいですからね。日々の稽古が激しすぎて、これはもう騒音である……そう近所から苦情が出た故、レナルーテの王都から離れた場所に別邸を建てた程です」


「兄上の言う通りです。祖父上の行いには、父上がいつも頭を抱えておりましたね」


「あはは……そうなんだ」


あれだけ轟音鳴り響く激しい稽古を日々していたら、それはご近所から苦情が来るだろう。


オルトロスも大変だったんだろうな。


まぁ、バルディアは広い土地があるし、宿舎の周りには民家もないから多分大丈夫だろう。


その時、「ぐ……あぁああああ!」と悔しく苦しそうな声が轟き、スキャラがカーティスに右手を押し込まれて片膝を突いた。


「ほれ、最初の勢いはどうした。足を突くなど、敗者のすることよ。さぁ、立て……立って気概を示さんか!」


「く……! う、うるさい。そんなこと……あんたに言われなくてもわかってる」


スキャラは苦悶の表情で吐き捨て、必死に立ち上がり目を光らせると左手に焔を灯して灼熱魔槍拳を繰り出した。


「これで、どうだぁあああ!」


しかし、カーティスはそれを察していた如く、己の右手を漆黒の魔力に染めて受け止めた。


「な、なんだと⁉」


信じられないと言わんばかりに、スキャラは目を瞬いた。


カーティスは不敵に笑い彼女の両手を握りつぶすように押し込んでいく。


それから程なくすると、彼女は再び片膝を突いた。


「く、くそぉおおお!」


「楽しかったが……どうやら、これで終わりのようだな」


カーティスが勝利を確信したその時、勢いよく白と黒の影が彼に向かって迫っていく。


その二つの影は、二人の間に割って入ると白い影が鋭い蹴りを繰り出し、黒い影が爪撃を繰り出した。


「ぬ⁉」


彼はすぐにスキャラを解放すると、バク宙をしながらその蹴りを交わして距離を取った。


「今のを躱すか。さすがだな、マスターエルフ」


「あぁ、スキャラ達を手玉に取ったことはあるよな。次は俺達の相手をしてくれよ」


「ほう……。確か、お主達は、兎人族のオヴェリアと猫人族のミアだったな。それと、後ろに居るのは狼人族のシェリルだったか」


カーティスはそう言うと、オヴェリアとミアの背後でスキャラに寄り添ってしゃがんでいるシェリルに視線を向けた。


勿論、彼女達は全員獣化している。


シェリルはスキャラの意識を確認すると安堵した表情浮かべる。


そして、その場で立ち上がるとミアとオヴェリアの横に並んだ。


「スキャラは少し休めば大丈夫よ」


「そうか、そいつは良かった」


オヴェリアはニヤリと頷くと、「シェリル、ミア! 二人共、準備はいいか!」と声を上げた。


「やっても良いけどよ。俺に指図すんなよな」


ミアは悪態を突くが、オヴェリアは気にも留めず「そうかい」と相槌を打ち、カーティスに向かって突撃する。


「じゃあ、あたしが突っ込むから勝手に合せな!」


「だから、指図すんなって!」


ミアはそう吐き捨てるが、彼女と並走するように駆けだした。


それから間もなく、シェリルが呆れ顔で二人を追走する。


「はぁ……貴女達、こんな時までいがみ合うんじゃないの。連携攻撃でしょ!」


三人が正面から襲い来る姿に、カーティスは楽し気だ。


「はは! さしずめ獣人殺法と言ったところか。良いだろう。あえて、受けてやろうではないか」


彼は受けの構えを取り、迫りくる三人を見据えた。


すると、先駆けのオヴェリアがカーティスの懐に入り込む。


「言ったな、マスターエルフ。じゃあ、これを受けてみやがれ……うらぁあああ!」


オヴェリアは雄叫びを上げ、彼を防御の上から蹴り上げて空に吹っ飛ばした。


かなりの衝撃があったらしく、さすがカーティスも空で「ぬぅ⁉」と唸っているようだ。


すかさず、オヴェリアとミアが跳躍して彼を追いかける。


それに合せて、カーティスが空中で身動きが取れないよう、シェリルが「氷槍・弐式。はぁああああ!」と小さい氷の槍を無数に放って追い打ちをかけていく。


「この程度、防げぬと思うてか!」


空に打ち上げられたカーティスは、魔障壁を張ってシェリルの魔法を防いで見せた。


しかしその時、彼の背後に白い影が現れる。


飛び上がったオヴェリアだ。


「後ろががら空きだぜ」


「なに⁉」


彼女の蹴りを振り向きざまに何とか腕で防いだカーティスがだったが、蹴り飛ばされた先にはなんとミアが構えていた。


「おいでませ、マスターエルフ!」


「ぬぅ⁉」


ミアの爪撃も振り向きざまにカーティスは防いだが、吹き飛ばされた先にはまたもやオヴェリアが構えていたのだ。


彼女達の連携攻撃はオヴェリアが初撃で相手を空中に飛ばして、シェリルが相手を逃げられように追撃。


その後、オヴェリアとミアで追い打ちをかけるという連続攻撃だったのだ。


彼女達の攻撃が数度続いたその時、カーティスが「小賢しいわぁああ!」と叫び魔波を放ってオヴェリアとミアを吹き飛ばした。


「ぐぁ⁉」


「がぁ⁉」


魔波の衝撃をまともに空中で受けた彼女達は、地面に叩きつけられてしまう。


連携攻撃もこれで終わった。


この場にいる誰もがそう思った時、地上から空に向かって雪が舞った……地上に居たシェリルが跳躍したのだ。 


「これで、終わりです。氷狼咬!」


カーティスの間近に迫った彼女は、そう叫ぶと両手を合わせて勢いよく掌底を繰り出した。


だが、その攻撃を彼は腕を交差して防いでしまう。


しかしその時、二人を中心に何かが凍り付くような冷たい音が鳴り響く。


何事かと目を凝らすと、シェリルの攻撃を防いだカーティスの両腕が凍っているのが遠目にもはっきり見えた。


「こ、これは……⁉」


「掛かりましたね。今の掌底と同時に氷槍を放ったのです。腕が凍っては、こちらの攻撃を防ぎきることはできないでしょう!」


仕組みを告げたシェリルは、その勢いのままに「はぁああああ!」と強烈な蹴りを彼の腹部にお見舞いした。


「ぐぅぬうう⁉」


呻き声が響くと共に、カーティスが空から地面に激しく叩きつけられて凄まじい土煙が舞い上がる。


「うわぁ……。カーティス、大丈夫かな」


想像以上に激しいやり取りに、流石に心配になってきた。


だけど、アスナとファラがクスクスと笑い出す。


「リッド様。恐れながら、祖父上にはそのような心配はご無用です」


「アスナの言う通りですよ。それに、カーティスはきっと喜んでいると思いますよ」


「喜んでる?」


首を傾げると、アスナが頷いた。


「手加減しているとはいえ、初対面の祖父上に土を付けたのです。今にきっと……」


彼女が言葉を続けようとしたその時、土煙が黒い鞭のようなもので吹き飛んだ。


「はーっははは。愉快、愉快。これ程、楽しいのは久しぶりだ。良いだろう。もう少しだけ、本気をだしてやる。残っているやつらも、まとめてかかって来い……はぁあああ!」


雄叫びと共に、辺りに再び強烈な魔波が吹き荒れた。


次いで、カーティスが纏っていた揺らめく漆黒の魔力量が多くなる。


そんな彼の姿に、第二騎士団の子達は武者震いをしながらも果敢に次々と突撃していった。


それから少しの時間が経過して、第二騎士団の子達がボロボロとなった現在に至る訳だ。


「リッド様。恐れながら、そろそろ終わりした方がよろしいかと。カーティス様とあの子達を放置しておくと、永遠と戦い続けそうです」


「ディアナさんの仰る通りです。このままでは、どちらかが限界になるまで止めないでしょう」


回想にふけっていたところ、ディアナとカペラに言われて「あ、それもそうだね」とハッとする。


そして、カーティスと第二騎士団の皆に模擬戦を止めるように声を掛けるのであった。





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