第364話 懇親会、エラセニーゼ公爵家の来訪

執事のカルロからエラセニーゼ公爵家の方々が来られたという報告がもたらされると、父上がアーウィン陛下に視線を向ける。


「陛下、よろしいでしょうか?」


「うむ。会場を見て回っている間に、それなりの時間が経過していたようだな。構わんぞ」


「承知しました……カルロ、聞いての通りだ。公爵家の皆様をこちらにご案内してくれ」


「畏まりました」


カルロは会釈をすると、踵を返してこの場を去った。


ちなみに、他の貴族達より早い段階でエラセニーゼ公爵家が訪問してきたことは、こちら側で計画したことだ。


先日、帝城から帰って来ると懇親会の準備と合わせて密かにエラセニーゼ公爵家のヴァレリと連絡を取った。


勿論、その内容は今後における『協力体制』の件だ。


ヴァレリは、この世界と酷似している『ときレラ!』という前世の記憶にあるゲームで『悪役令嬢』という立場であり、将来的に断罪される存在である。


そして何の因果か、この世界においての彼女は僕と同じく『前世の記憶』を持った『転生者』だったのだ。


ちなみに、ヴァレリが記憶を取り戻した時には皇太子であるデイビッドからの印象が最悪になった後であり、このままでは悪役令嬢として断罪から逃げられないと絶望したらしい。


だけど、彼女はへこたれず、断罪の未来を回避する為に様々なことを行ったそうだ。


本人曰く、全部裏目にでたらしいけど。


そうして改善の成果が見えず、焦っていた矢先に帝都に広まる『化粧水』やヴァレリの父であるバーンズ・エラセニーゼ公爵から聞いた木炭車などの情報で、彼女は転生者が『バルディア家にいるのでは?』と考えたらしい。


結果、バルディア家の面々が帝都に来た機会を狙い、強引な方法を使って『転生者である僕』を炙り出した。


というか、突拍子もない彼女の言動に動揺した僕が引っ掛かったんだけどね……。


何はともあれその際、断罪回避向けた『協力体制』の申し出を彼女から受けたわけだ。


しかしこの時、即決はせずに前向きに検討すると答えるに留めている。


彼女の言動から察するに、表向きは『協力体制』を取りつつ監視すべき対象であると思ったけれど、父上に相談してから最終判断を下すべきと考えたからだ。


その後、父上に事の次第を報告して協力体制を取りつつ、ヴァレリを監視することに了承を得た。


だけどこの時、まだ皇太子であるデイビッドに直接会ったことがないということもあったから彼女に協力体制の返事はしていない。


幸いなことにその後日、帝城に赴いた際に皇太子であるデイビッド、第二皇子のキール、皇女のアディールと顔を合わせる機会に恵まれる。


ヴァレリは皇太子との関係に悩んでいたけれど、デイビッド達と話した感じではそこまで悲観する状況でもなさそうだった。


デイビッドは幼いながらも皇太子という立場を理解しており、その考えと言動はすでに理知的だ。


それ故、初めて出会った時に見たヴァレリの言動は、彼にとって動は許容できるものではなく嫌悪感を抱いたのは事実らしい。


彼女の性格がそのままであれば、二人の関係性は『ときレラ!』のような運命だった可能性が高い。


しかし、ヴァレリが前世の記憶を取り戻して状況は密かに良い方向に動きつつあったようだ。


記憶を取り戻した後、彼女の言動は当然改善された。


その結果、デイビッドはヴァレリのことを少し見直している部分があることがわかったのだ。


全ての行動が裏目に出てしまったと彼女は言っていたけれど、実際は改善の兆しが見え始めていたらしい。


こうして、悪役令嬢であるヴァレリとデイビッドの関係改善について可能性があるという裏取りが取れたわけだ。


帝城から屋敷に戻るとすぐに彼女に連絡を取り、バルディア家の屋敷にて『協力体制』の申し出に合意した。


そして、デイビッドがヴァレリに抱いている印象と彼の思考について伝えたのである。


その時、彼女は今までの行動が無駄ではなかったことに安堵した様子を見せるも、「はぁ……」と深いため息を吐いて頭を抱えていた。


「関係改善に将来の『皇后』としてデイビッド様に認められる器量が必要だなんて……つまり、私に『マチルダ陛下』みたいになれってことでしょ?」


「あはは、そうだね。そう考えるとわかりやすくていいね。あ、それから……」と言ってこの時、『懇親会』についての予定もこちらから伝えた。


勿論、皇太子であるデイビッドと彼女の親交を深める場を提供するためだ。


彼女は再度「はぁ……」とため息を吐くが、すぐに表情をパァっと明るいものに切り替えた。


「まぁ、なるようしかならないわ。やるだけやってみましょう。見てなさい、デイビッド。私は貴方が認めざるを得ない『淑女』になって見せるわ!」


意気込む彼女に対して、淑女は机の上に片足を乗せて、右手の拳を掲げることはしないのでは? と早々に不安を覚えて、思わず首を捻ってしまうのであった。


先日のヴァレリとのやり取りを思い返していると、執事のカルロがエラセニーゼ公爵家の方達を連れて戻ってくるのが見えてハッとする。


そして、皇太子のデイビッドに視線を向け微笑んだ。


「デイビッド様、良ければエラセニーゼ公爵家の皆様を一緒に出迎えに参りませんか?」


彼は呼びかけに「む……」と眉間に皺を寄せるが、すぐに諦めたように小さく首を横に振った。


「そうだな。では、行くか」


「はい、参りましょう」


こうして、デイビッドと一緒にエラセニーゼ公爵家……というよりヴァレリを出迎えに移動するのであった。





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