第363話 魔法の披露

ファラや皇太子であるデイビッド達の傍に控えていた第二騎士団の子達が、こちらの視線に気付くと手筈通りに会釈して畏まりながら数名が中央の広場に移動する。


ちなみに、前に並んだのは熊人族のカルア、馬人族のゲディング、牛人族のトルーバ、狼人族のシェリルだ。


彼らは全員、第二騎士団の分隊長を任されている子達であり、獣人族の子達の中でも生え抜きと言って良いだろう。


「アーウィン陛下、マチルダ陛下。今から彼等に『魔法』を披露させたいとのですが、よろしいでしょうか?」


「ほう、これは驚きだ。あの子達は君と年齢がそこまで変わらない印象を受けるが、すでに『魔法』が扱えるとはな。ライナー、お前の息子が言うことは本当なのか?」


「はい、陛下。恐れながら申し上げますと、息子直属の第二騎士団に所属する者達は『魔法』を扱える者ばかりです」


「それが本当なら素晴らしいですが、魔法の習得はかなり難しいはずです。幼い彼らが『魔法』を扱えると聞かされても、にわかには信じられませんね」


両陛下ともに首を捻り、瞳に疑念の色を宿している。


現状における魔法の理解度で言えば当然だろう。


しかし、臆せずに答える。


「陛下達の疑問……尤もだと存じます。それ故、百聞は一見に如かず。彼らの魔法をこの場で披露させて頂きたいのです」


「よかろう。では、見せてもらおう」


「ありがとうございます」そう言って畏まると、前に並んだカルア達に振り向いた。


「じゃあ皆、土の属性魔法の魔法を発動して」


「承知しました」カルア達は頷くと、その場にしゃがみ込み両手を地面につける。


そして、呼吸を合わせて魔法を発動した。


すると、大地が地響きを鳴らしてみるみる綺麗で整地された道路に変化していく。


その光景を目の当たりしてか、辺りから「おぉおおおおお⁉」と驚きの声が響く。


ふと皇太子達に目をやるとデイビッド、キール、アディの三人が目を輝かせているのが見えた。


両陛下も想像以上の魔法だったらしく、二人共も唖然として目を丸くしている。


やがて魔法が落ち着くと、あえて「ゴホン」と咳払いをしてニコリと微笑む。


「陛下、如何でしょうか。この魔法を使用して道を整備すれば馬車による輸送は勿論、補給所を設置すれば試乗された木炭車による輸送も可能となるでしょう。しかし、まずは試験的にバルディア領から帝都に続く道にて、整備と補給所の設置を行いたいと存じます」


「はっ……はっははは! 素晴らしい、実に素晴らしい魔法だ。まさかここまで完成度の高い魔法を使いこなせるとはな」


「確かに、私もこれ程とは思いませんでした。リッド直属という第二騎士団の面々は、この魔法を誰でも扱うことができるのですか?」


「いえ、今お見せした魔法は『土の属性魔法』になります。その為、一部の者達しか扱えません。しかし、団員達が持っている『属性素質』に応じた魔法はそれぞれに使用可能です」


そう言うと、ファラの傍に控えていた兎人族のオヴェリアに目配せを行う。


すると彼女は、どことなく嫌そうな雰囲気を発しながらも、飲み物が入ったグラスを手に取ると僕の元に持ってきた。


「……こちらでよろしいでしょうか、リッド様」


「うん、ありがとう。オヴェリア」


一連のやり取りにきょとんとする両陛下に、受け取ったグラスをそのまま差し出した。


「こちらのグラスをお手に取って頂ければ、彼女も魔法が扱えることがわかるかと存じます」


首を傾げるマチルダ陛下がそのグラスを手に取ると、すぐにハッとする。


「……オヴェリアと言いましたか、彼女は『氷の属性素質』を持っているんですね?」


「はい、仰せの通りです。お気づきの通り、彼女がグラスを冷やしてくれたのです」


「ほう……」とアーウィン陛下が感嘆した様子でオヴェリアに視線を向ける。


対して彼女は、畏まり丁寧に一礼した。


うん、ディアナの教育の賜物だ。


ちなみに、この世界において、『冷たい飲み物』がいつでも飲めるというのは珍しい。


単純に冷蔵庫がないし、氷を人工的に作ることも基本的にできないからだ。


しかし、『氷の属性素質』を持っている者が魔法扱えるなら話は別である。


おそらく、皇族や帝都の貴族となれば氷の属性魔法を扱える人材は確保しているだろう。


それでも、この一件だけで魔法を扱うことができる証拠にはなるはずだ。


程なくしてメイド達がグラスの飲み物を毒見を終えた後、両陛下が一口飲んでその冷たさを改めて確認した。


「確かによく冷えている。氷の魔法は微調整が難しく、冷やすつもりが凍らしてしまうことも良くあると聞く。しかし、見る限りその様子もないようだな」


「ふふ、そうですね。それにしても、このように飲み物を簡単に冷たくしてくれるとは皇室にも『一人ぐらい』欲しいものです。ねぇ、リッド?」


マチルダ陛下は怪しく目を光らすと、オヴェリアにその眼差しを向ける。


その視線に何か身の危険を感じたのか、珍しくオヴェリアが耳をビクっとさせ体を震わせた。


すかさず僕は首を横に振る。


「陛下、大変光栄ではございますが、彼らはバルディアを守る『騎士団員』です。それ故、ご容赦願います」


「あら、それは残念ですね」彼女は扇子で口元を隠しながら、楽しそうに目を細めた。


おそらく、本気ではないだろうけど、こちらの出方次第では本当に引き抜いてくるような気がするから恐ろしい。


その時、アーウィン陛下が「うむ」と頷いた。


「ライナーとリッドの両名から聞いた話が、絵空事ではないことは承知した。帝国としては貴殿達の申し出を前向きに捉え、この件に関しては早急に検討しよう」


「ありがとうございます、陛下。それと、差支えなければ私達が帝都からバルディア領に向けて出立する前に、ご判断を頂ければ幸いです」


「む……? それはどういう意図があるのだ、リッド」


アーウィン陛下は首を傾げた。


「いえ、もし出立するまでにご判断を頂ければ、帝都からバルディアまでの道を整備しながら戻ることができます。そうなれば、マチルダ陛下が求める『甘酒』もいち早くお届けできるかと」


折角帝都に来ているのだから、道を整備しながら帰れば今後の移動も楽になる。


それに、僕もいるから整地作業はかなりの速度で行えるだろう。


尤もの僕の場合は、帝都から少し離れてから使わないと悪目立ちしちゃいそうだけどね。


アーウィン陛下は少し考えた後、頷いた。


「なるほどな。では、明日明後日にでも会議の場を設けるとしよう」


「ありがとうございます」


畏まり一礼する中、(よし、上手くいった!)と内心でガッツポーズをとっていた。


結論というのは、『いつまでに』という部分が決まっていないと中々出にくいし、先延ばしになりやすい。


でも、僕達がバルディアに向けて帝都に出発するまでには、何かしらの結論を出していくれるという言質が取れた。


そして、この後やって来る貴族達にも懇親会を通じて根回しをすれば、帝都の『公共事業』を受注する下地ができる。


前例を作ってしまえば、こっちのものだ。


その時、屋敷の執事であるカルロがこちらにやってきた。


「お話し中、大変申し訳ございません。バーンズ・エラセニーゼ公爵様と御家族の皆様がいらっしゃいました。ご案内してよろしいでしょうか?」


彼がそう言って一礼すると同時に、ふと皇太子のデイビッドに目をやった。


彼は「はぁ……」と深いため息を吐いて俯いてしまう。


そんなデイビッドの姿に苦笑しながら、僕は内ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。


そして、(うん……予定通りだね)と心の中で呟いた。





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