第336話 リッドとラティガ

「……以上です。皆様、ご清聴ありがとうございました」


ラティガはそう言うと、照れ笑いを浮かべた。


彼に対して、僕も含めたこの場にいる皆が拍手を送っている。


そんな中、平静を装っていたけど、僕は内心ではかなり動揺していた。


何故なら、ラティガの友人が創作したという物語の題名が『ときめくシンデレラ!』である。


その上、内容も平民だった少女が男爵家に拾われて貴族学園に通い、その容姿と器量の良さから皇太子に見初められるというもの。


多少の違いはあれど、間違いなく前世の記憶にあるゲームの話を少し手を加えた内容だったのだ。


これは単なる偶然と考えるべきじゃない。


つまり、僕以外にもこの世界にはきっと前世の記憶を持った人がいる……ということだろう。


そう思った時、ラティガが父上に向かって話しかけた。


「ライナー様、如何だったでしょうか。何か気になる点があれば、是非ご意見をお願い致します」


「ふむ……あまり参考にならんかもしれんが、男爵令嬢が皇太子に見初められるという話は、可能性としてはあるかもしれん。しかし、実際のところで政治的な観点から言えば婚姻は難しいだろうな。話の最後で男爵令嬢と皇太子が結ばれると言うのは、現実味がない。お互いに気持ちは通じつつ、立場をわきまえて悲恋の話にしたほうが物語としては盛り上がるのではないか」


おお……父上が意外にも淡々と冷静に意見を言っている。


案外、物語とか好きなのだろうか。


すると、話を聞いていたバーンズ公爵が笑い始める。


「ははは。ライナーは真面目だな。しかし、物語というのは現実にはあり得ない話であるからこそ、面白いのではないか? 元平民の男爵令嬢が皇太子の妻になるなど、それこそ物語の中でしかあるまい。その夢を体験させてくれるのが、物語ではないか。私は良かったと思うぞ、ラティガ」


「貴重なご意見、ありがとうございます。ライナー様、父上。ところで、ファラ殿はどう感じたかな」


彼はバーンズ公爵と父上にお礼を言うと、今度はファラに視線を向けて問い掛けた。


「え、わ、私ですか。そうですね……その、レナルーテでは王族が側室を取ることが当然ですから、元平民の男爵令嬢でも、見初められれば王族の側室に迎えられることはあると思います」


「そういえば、レナルーテ王国は帝国より側室については寛容でしたね」


ファラの言葉に答えたのは、バーンズ公爵の妻であるトレニアだ。


間もなくして、彼女の言葉に続くようにヴァレリが話に加わった。


「そっか、ファラ様はレナルーテ王国のご出身でしたね……そうだ、良い事を思い付きました」


彼女はそう言うと、目を欄欄に輝かせながらバーンズ公爵に視線を向ける。


「父上、母上。私達だけで少し別室で遊んできても良いでしょうか」


「ああ。私は構わんが、リッド君はどうかな」


バーンズ公爵に振られて、僕はまた嫌な予感を覚えながらも頷いた。


「えっと、僕も構いませんけど……」


「じゃあ、決まりね。兄様、ファラ様、リッド様、では皆で別室に参りましょう」


「ふむ。それなら、カルロを新しい部屋を用意させよう」


程なくしてやってきた執事のカルロに、父上は僕達だけで過ごす別室の用意を指示を出す。


そして、ヴァレリの勢いに押されるまま、僕達は新たに用意された別室へカルロの案内で移動した。


「では、リッド様、皆様。何かありましたらお呼び下さい」


「うん、ありがとう。カルロ」


僕の返事に会釈して答えたカルロは、そのまま部屋を後にする。


案内された部屋の内装は先程まで父上達といた場所と変わらないけど、トランプやチェスなどの遊び道具が置いてあるようだ。


そして今、この室内にいるのはヴァレリ、ラティガに加え僕達の護衛を兼ねたディアナとアスナの計五名。


尤も、アスナとディアナは僕達の邪魔にならないように出入口近くに控えているけどね。


そんな状況の中、僕はヴァレリ達が何を話すのか注視していた。


しかし、彼女達はこれと言って問題になるような発言はない。


僕にはバルディア領のこと。


ファラにはレナルーテ王国のことについて尋ねてくるだけだ。


それに遊ぶと言うより、談笑しているという感じに近い。


ヴァレリとラティガの目的はなんだろうか。


ラティガがさっき語ってくれた『物語』は間違いなく、『ときめくシンデレラ!』をこの世界で表に出しても問題ないように少しいじったものだった。


つまり、ラティガの語ったあの『物語』に反応すれば『転生者』もしくは『転生者と関わりのある者』として見られるだろう。


あえて反応するべきか、静観すべきか……思案のしどころだなぁ。


談笑しながらそんなことを考えていたその時、ヴァレリがおもむろに呟いた。


「ふふ、ファラ様やリッド様とお話できて楽しかったわ。兄様、そろそろ父上達の所へ戻りましょうか」


「そうだね。そうしようか」


僕は二人の言葉に、思わず内心で「え⁉」となってしまう。


急いで懐中時計を密かに確認すると、確かにそれなりの時間が経過していた。


どうやら警戒し過ぎて、時間の感覚が狂っていたらしい。


僕以外の転生者についての情報をこの場で得るか。


それとも、静観するべきか。


悩んだ末、僕は決断した。


「あ、あの、ラティガ様」


「うん、なんだい。リッド殿」


清々しい笑みを浮かべる彼に向かって、僕は意を決して問い掛ける。


「先程、父上達の前で披露した『物語』ですが、あれを創作したラティガ様の『ご友人』を紹介して頂くことは可能でしょうか」


「……へぇ。リッド殿が『物語』がお好きとは存じませんでした。しかしあの物語を創った友人から、実はこうも言われております。もし、『物語』の創作者を知りたいと言った人物がいればこの文字を見せて回答をもらって欲しいと……ね」


「は、はぁ……文字を見て回答ですか」


ラティガはニコリと微笑むと、身に着けている上着の胸ポケットからメモ紙を取り出して、僕達の前に差し出した。


その文字を見た僕は思わず目を丸くする。


そして、隣に座るファラが首を傾げながら呟いた。


「これは、なんて書いてあるのでしょうか? 見たことの無い文字ですけど……」


「……そうだね」


相槌を打ちながら僕は確信した。


間違いなく『物語』をラティガに教えた人物、もしくは近いところで僕同様に前世の記憶を持った『転生者』がいる。


何故なら、彼が懐からが出したメモ紙には『日本語』で『もし、この文字を理解出来るなら協力したい。回答はこのメモ紙を提示した相手に、『はい』もしくは『いいえ』で答えて欲しい』と記載されていたからだ。


それにしても、日本語の筆跡が丸文字で可愛らしい。


ひょっとして、これを書いたのは女の子だろうか。


その時、ラティガがニコリと笑った。


「それで……どうだろう。メモの内容は理解できたかな」


どうするべきかと悩んだ末に、僕は腹を決めた。


「そうですね。では、ご友人に僕の答えはこちらだったとお伝え下さい」


僕はそう言うと、ゆっくりとメモにある『はい』を指差した。


これは、ラティガとヴァレリが、日本語を理解できているかわからないと考えた為である。


僕が『はい』を指差した、ということがラティガの友人に伝われば何か動きがあるはずだ。


そう思っての行動だったんだけど、ラティガは目を丸くして白黒させている。


「まさか……本当に……」


「え、えっと……ラティガ様、どうしたんですか」


「お二人共、どうされたんですか?」


彼の示した反応に僕が戸惑っているのを横で見ていたファラが、きょとんしながら呟いた。


しかしその時、ラティガの隣に黙って座っていたヴァレリが何処からともなく出した扇子で口元を隠しながら不敵に笑い始める。


「ふふ、うふふふ。そうだったのね。ライナー様やドワーフとかの可能性も考えていたんだけど、最初に当たりが引けて良かったわ」


「え……」


途端に人が変わったようなヴァレリの話し方に、僕は顔の血の気が引いていくの感じた。


そして、確認するようにラティガに視線を向けると、彼はわざとらしく咳払いをする。


「えっとだね、リッド殿。嘘をついて申し訳ないが、あの物語を書いたのは友人ではない。妹のヴァレリだ」


「え、えぇええええ⁉」


予想外の展開に、僕は思わず声を出してしまった。


ヴァレリは、そんな僕の様子を楽しそうに見つめてから呟いた。


「ふふ、そう言うことよ。それに貴方、その反応から察するに私がどういう存在かも知っているんでしょう。あはは、『前世の記憶』を持つ者として、これからよろしくね」


「な、ななな……」


勝ち誇ったように話すヴァレリに困惑する僕。


そんなやり取りを横で見ていたファラが、きょとんと首を傾げながら呟いた。


「リッド様、『前世の記憶』ってなんですか?」


「え⁉ えっと、なんて言ったらいいのかな。あはは……」


ファラに対して、思いがけない暴露になってしまった。


どう伝えようかと必死に考えを巡らせていると、ヴァレリがきょとんしながらこちらに視線を向ける。


「あら、貴方。大切なことなのに、奥さんになるファラ様にまだ話していなかったの?」


「な⁉」


「え、リッド様。ヴァレリ様が仰ったことはそんなに大切なことなんですか」


横にいるファラに尋ねられ、眼の間には何故か勝ち誇ったようなヴァレリ。


そして、彼女の横にいるラティガはこちらを同情するような視線を向けている。


この時、僕は必死に頭を抱えながら、何をどう話していくべきを考えを巡らせていたのは言うまでもない。


そんな時に限って、控えていたディアナの「はぁ……また、ライナー様がお怒りになりそうですね」と呟いたのが何故か正確に聞こえてくる。


その言葉に、ハッとした僕はさらに項垂れるのであった。





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