第328話 決着
武舞台上に立つ、ファラの雰囲気が変わったことは僕だけなく、観客も察知したらしい。
先程まで歓声に包まれていた会場には、静寂が訪れている。
彼女はいま僕から少し離れた場所に間合いを取り、深呼吸をして集中を高めているようだ。
そんなファラから溢れる気配は、普段の明るく暖かいものではない。
冷たく、澄んだ淀みのない感じがするものになっている。
彼女の技を受け止めると言った以上、今から放たれる技に正面から挑まないといけない。
「はは、ここにきて更なる『大技』と言うのはさすがに想像していなかったなぁ」
苦笑して呟いたその時、ファラがこちらを真っすぐに見据えた。
「リッド様、私のすべての想いをこの『技』に込めます」
「う、うん。お手柔らかにお願いします」
彼女の何やら底知れない気配を感じて、僕は少し遠慮がちに答えた、
しかし次の瞬間、ファラが凛とした声で「猛虎十爪連撃!」と言い放つ。
すると、辺りに風の属性魔法と思われる爆音が鳴り響く。
そう思った瞬間、『電界』よる気配探知で彼女が背後に回り込んでいることを察知して僕は驚愕した。
「さっきよりも……速い⁉」
恐らく、『疾風』に使う魔力を増大させたのだろう。
さらに彼女は、その勢いのまま無駄のない動きで鋭い一撃を放つ。
「一爪!」
「く……⁉」
何とか初撃を受けきるもファラはその後も「二爪、三爪、四爪!」という掛け声と共に、鋭い攻撃を続けてくる。
しかも、一撃一撃が急所狙いで容赦がない。
こんな暗殺拳みたいな技を一国の元王女……しかも、僕の妻となる人が繰り出してくるなんて、誰が想像するだろう。
必死にファラの連撃を受けながら、僕は心の中で、(今度、ザックに会ったら、絶対に苦情を出してやる!)と怨み言を呟いていた。
背筋に冷や汗を感じながら、何とかファラの連撃を捌いていく。
そして彼女が「七爪、八爪、九爪!」と言い放ったその時、僕はニヤリと笑った。
「残り、一撃。それを捌けば僕の勝ちだね」
「リッド様。失礼ながらそれは早計、油断大敵でしょう。奥の手は、最後までとっておくものです」
ファラは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、至近距離で両手をこちらに向かって差し出す。
その時、彼女の両手に魔力が込められている事に気付いた僕は絶句した。
「な……⁉」
「連撃に気を取られて、私の両手に宿る魔力に気付くのが遅れましたね? それが、リッド様の敗因です。十爪・猛虎風爆波!」
僕の全身に戦慄と悪寒が駆け巡る。
『猛虎風爆波』は、彼女が試合開始と同時に見せた大技だったはずだ。
そう思い返すと同時に、僕は『やられた』とハッとした。
彼女が繰り出した『猛虎十爪連撃』という技は、恐らく『疾風』と『身体強化』に使用する魔力を増大させ、瞬発力を飛躍させている。
しかし、真の目的は至近距離で『猛虎風爆波』を発動させることにあるのだろう。
さすがに二発目となれば、最初より威力は劣るはずだ。
だけど、僕を場外に落とすには十分な威力があることは間違いない。
僕は咄嗟に左手で魔障壁を展開しながら、彼女の額に向かって右手を差し出した。
「負ける……ものかぁあああ!」
その時、ファラの魔法が発動。
辺りに突風が吹き荒れ、獅子の雄叫びのような轟音が鳴り響いた。
それから間もなく、今度は辺りに僕の魔障壁が割れる音が鳴り響く。
やはり、咄嗟に展開した魔障壁では『猛虎風爆波』は防ぎきれない。
「ぐぁああああ⁉」
至近距離の為、魔障壁で防ぎきれなかった衝撃と突風が僕に襲い掛かる。
結果、僕はその場から吹き飛ばされ宙を舞い、そのまま場外に着水。
大きな水柱が立ち上がり、会場に水飛沫が舞い散った。
それから少しの間を置いて、会場が観客達の大歓声に包まれる。
程なくして僕が水の中から「ぷはっ!」と顔を出すと、ファラが武舞台の水際で心配そうな顔をしながら手を差し出してくれていた。
「リッド様、申し訳ありません。つい熱くなりすぎました。その、お怪我とかしていませんか?」
「あはは。あれぐらいなら、普段の訓練と比べればどうってことないさ。それより、ファラの強さに本当に驚いたよ」
「い、いえ。こちらこそお粗末様でした」
楽し気に笑って答えると、僕は彼女の助けを借りて水から這い上がった。
そして、こちらに視線を向けている審判役のカペラに右手を見せる。
カペラはニコリと頷くと、会場に聞こえるように声を張り上げた。
「只今、リッド様は場外となりました。しかしその前に、ファラ様の鉢巻を奪取しております。よって、今回の鉢巻戦は『引き分け』と致します」
彼の一言により、会場はまた大歓声に包まれる。
ファラはハッとすると、両手で自身の額を慌てて確かめて目を白黒させた。
「本当です……気付きませんでした」
「ふふ、何とか最後に僕の右手がファラの鉢巻に届いたんだよ」
そう言うと、彼女は頬を膨らませて「むぅ……勝ったと思いましたのに」と可愛らしくツンとする。
僕はそんな彼女を微笑ましく思いながら、ふと試合中にファラが言っていたことを思い出した。
「そういえば、僕の事や今後の事を考えてファラは『武術』を習い始めてくれたんだね」
「え⁉ あ、は、はい。そうですね。その、少しでもリッド様の隣に立ちたいと思ったんですが、ご迷惑だったでしょうか」
不安そうな表情浮かべて話す彼女に、僕は首を横に振って優しく話を続けた。
「そんなことはないよ。大好きな女の子が僕の為に頑張ってくれたんだから、凄く嬉しいよ。本当にありがとう、ファラ」
「ふぇ……⁉ あ、はい。その、喜んでもらえて私も嬉しいです……えへへ」
僕の答えを聞いた彼女は顔を赤らめてはにかみ、モジモジしている。
どうやら、彼女の世界に入り込んでいるようだ。
何だか今日はファラの意外な一面というか、新しい部分が見られて嬉しいかも。
そんなことを考えていた時、体が震えて「クシュン!」と急にくしゃみが出てしまった。
すると、ファラがハッとして心配そうに尋ねてくる。
「リッド様、大丈夫ですか」
「え、うん。少し水に濡れたせいだと思う。ちょっと、服を着替えてくるよ……クシュン!」
「承知しました。では、私も着替えて参ります」
笑みを浮かべて答えると、ファラは安堵した面持ちを浮かべた。
程なくして、僕とファラが会場にいる獣人族の皆に手を振ってから武舞台を降りると、会場はまた大歓声に包まれる。
こうして、僕とファラの鉢巻戦は無事に終わった。
しかし、こんなお祭り騒ぎを勝手にすればどうなるのか。
想像すればすぐにわかることなのに、この時の僕はすっかり忘れていた。
そう、行動には必ず結果が返ってくるのだ……。
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