第326話 ファラ・バルディアの『力』

「はぁ……どうしてこんなことに……」


僕はそう呟くと、俯きながら力なく首を横に振った。


そんな姿を見てか、周りから「リッド様、頑張ってくださーい!」と獣人族の子達からの声援が聞こえて来る。


反応して顔を上げると、内心ではガックリしつつも「あはは……」と笑みを浮かべて観客席に手を振った。


さて、いま僕は額に鉢巻をして『鉢巻戦』を行った会場の武舞台上に立っている。


何故、こんなことになったのか? それは第二騎士団の宿舎で獣人族の子達にファラを紹介したことまで遡る。


彼女を獣人族の子達に紹介すると、兎人族のオヴェリアが僕の妻として『相応の力を示せ』と言い始めたのだ。


本来であれば聞き流して良いことだったのに、ファラが「私もその通りだと思います」と言ったもんだから話がややこしくなってしまう。


僕は再度「はぁ……」とため息を人知れずに吐くと、先程の出来事を思い返し始めた。


兎人族のオヴェリアがファラに話を振った時のこと。


彼女もまさかファラが頷くとは思っていなかったらしく、返事を聞いて一瞬きょとんするがすぐニヤリと笑った。


「はは、さすがはリッド様の『妻』となるお方ですね。まさか即答頂けるとは思いませんでしたよ」


「いやいや、そんなこと許可できないよ⁉ ファラも急にどうしたの」


慌ててオヴェリアに制止するように言葉を掛けると、僕は困惑した面持ちで彼女に視線を向ける。


しかし、彼女は瞳を輝かせながら僕を真っすぐに見つめて悠然と話始めた。


「……実は婚姻が正式に決まってからというもの、私は辺境伯の子息であるリッド様の隣に立つ為に何が必要か考えたのです」


「う、うん」


勢いに負けた僕は、彼女の言葉にとりあえず頷いてしまう。


それからファラは、視線を僕から獣人族の子供と達に向けて演説をするように、力強く凛とした声を会議室に響かせた。


「その結果、バルディア領は様々な国の国境に位置する領地である以上、いつか有事が起きる可能性は捨てきれません。その時、私にも『戦える力』があればきっとお役に立てるはず……つまり、辺境伯の妻として武術を学ぶことには大きな意味があるんです。オヴェリアさんもその点を気にされているのでしょう」


突然の問い掛けに、呆気に取られていたオヴェリアはハッとすると慌てて頷いて「お、おう。その通り……です」と答えた。


しかしその様子から僕は心の中で、(オヴェリア、絶対にわかってないだろう⁉)と思わず突っ込んでしまう。


ファラは彼女の返事に頷くと、さらに言葉を続けた。


「私は、バルディア領に来るまでに故郷の国にてずっと『武術』を学んでいました。リッド様の妻として、今回を機にその実力を皆さんとリッド様にお見せしたいと存じます」


「へ……?」


彼女が歯切り良く言い終えると同時に僕は呆気に取られ、会議室に一瞬の静寂が訪れる。


それから間もなく、ハッとした獣人族の子達から歓声が挙がった。


猫人族のミア、狼人族のシェリル、鳥人族のアリアを筆頭に「ファラ様の実力、是非私にお示しください!」と挙手と声があちこちから上がり始める。


そんな中、オヴェリアが「こら、最初に声掛けしたのはあたしだろうが!」と怒号上げた。


しかし、獣人族の挙手は止まない。


というか、何やら女の子が多いのは気のせいだろうか。


程なくしてハッとした僕は、思いがけずに声を張り上げた。


「ちょっと皆、静かに! 静かにしなさい。さもないと……ご飯抜きだよ!」


まさに僕の発言は鶴の一声となり、会議室に居た獣人族の皆は瞬時にシーンと静まり返った。


僕は額に手を充てながらファラに視線を向ける。


「ファラいくら何でも、こんなこと急に言われたら困っちゃうよ。勿論、気持ちは嬉しいんだけどね」


「突然の発言はお詫びいたします。しかし、私は名実ともにリッド様の隣に並び立ちたいんです。第二騎士団の皆さんに認めてもらう為に『力』を示す必要があれば、私は喜んでこの力をお見せする所存です。どうか、お許し頂けないでしょうか……?」


彼女はそう言うと、少し目を潤ませてこちらじっと見つめてきた。


思わず頷きそうになる僕だけど、「いや、うん。気持ちは嬉しいんだけど……」と思い留まる。


その時、ファラの傍に控えていたアスナもこちらに頼むような視線を向けてきた。


「リッド様、私からもお願い致します。どうか姫様の実力をお披露目する機会を頂けないでしょうか。姫様はずっとリッド様の隣に立ちたいと、日々厳しい修練に耐えてきました。そのお気持ちを汲んで頂けないでしょうか」


彼女は言い終えると、スッと頭を下げる。


その動きに合わせるように、この場にいるファラ以外のダークエルフの面々も一礼した。


そして、トドメと言わんばかりにファラがこちらを見つめて「リッド様。どうか、お願い致します」と言うと丁寧に一礼する。


僕は心の中で(ど、どうしよう。この状況……)と呟きながら、ディアナやカペラに視線を向けるが二人共静かに首を横に振っている。


その表情からは『諦めて下さい』という言葉が読み取れた。


僕はとりあえず皆に顔を上げてもうと、観念したようにガックリと項垂れる。


そして、ゆっくりと顔を上げるニコリと微笑んだ。


「……わかった。じゃあ、僕と皆でやった『鉢巻戦』をやろうか。それならファラの実力も確認することができると思うからね」


「リッド様、ありがとうございます!」


言い終えると同時に、ファラがパァっと明るく満面の笑みを浮かべる。


獣人族の子達からも歓声が挙がったけど、僕はすぐに次の言葉を続ける。


「ただし……ファラと第二騎士団の皆ではさすがに『鉢巻戦』は行えないよ」


そう言うと、獣人族の皆は「えぇえええ⁉」と驚きの声を上げた。


そして彼ら同様に困惑した表情を浮かべたファラが、僕に問い掛ける。


「それでしたら、私はどなたと鉢巻戦を行うのでしょうか」


「勿論、君の夫である僕だよ。妻であるファラが僕の為に『力』を示したいというのであれば、相手は僕しかいないでしょ」


彼女からすれば予想外の言葉だったらしい。


ファラはハッとすると、耳を上下させながら顔を赤らめて嬉しそうに頷いた。


「では、リッド様。今すぐに『鉢巻戦』を行いましょう!」


「へ……い、今すぐ?」


今すぐに鉢巻戦を行うつもりがなかった僕は、呆気に取られるが彼女は勢いよく話を続ける。


「はい、勿論です。善は急げと申しますし、第二騎士団の皆さんが一同に集まる機会は中々ないと先程うかがいました。それなら、今すぐにすべきと存じます」


「う、うん。そ、そうだね」


こうして、最後の最後でファラの勢いと迫力に押し負けてしまい、あれよあれよという間に鉢巻戦の会場に僕達は移動する。


勿論、第二騎士団の皆も一緒だ。


そして鉢巻戦を行う為、僕ファラの準備が終わるのを武舞台上で僕は待っている今に至る……というわけである。


武舞台上の真ん中に立ちながらふと真上を見上げると、鳥人族のアリア達が楽しそうに飛んでいる。


僕の視線に気付いたのかアリアが「リッド様、応援しているからね~」と声援を送ってくれた。


「はは、頑張るよ」と空に向かって返事をしたその時、正面から明るい声が響く。


「申し訳ありません、お待たせ致しました」


声に反応して視線を空から地上に戻すと、そこには剣道で使うような『武道着』を身に纏ったファラがニコリと可愛らしく微笑んでいた。


彼女は長い髪を後ろで纏めており、額には鉢巻をしている。


その姿は普段よりも凛々しい印象を受ける。


彼女は真っすぐに僕の前にやって来ると、少し顔を赤らめた。


「えっと、リッド様。その、この姿どうでしょうか」


「う、うん。その姿も可愛いよ」


ファラは僕の答えを聞くと、嬉しそうに小声で「えへへ」とはにかみ、両手を頬に充てながら耳を上下させている。


そんな表情を見た僕は、彼女は色んな表情をもっているんだなぁ、と感じて「ふふ、やっぱり可愛いな」と笑みを溢した。


それから間もなく、審判として武舞台上にやってきたカペラが、僕達の間に入ると会場に声を轟かせた。


「では、これより『ファラ・バルディア様』対『リッド・バルディア様』の鉢巻戦を執り行います。ルールは額にしている鉢巻を相手に獲られるか、場外に落水。そして、審判が試合続行不可能と判断した場合となります。お二人共、準備はよろしいでしょうか」


「はい。問題ありません」


「うん。僕も大丈夫だよ」


僕とファラが互いに笑みを浮かべて頷いた。


それから間もなく、会場にカペラの「では、鉢巻戦開始致します」と声が轟き、第二騎士団の皆が歓声をあげる。


僕はすぐに構え取るようなことはせずに、ニコリと微笑みながらファラに優しく声をかけた。


「よし。じゃあ、始めようか。どこからでもおいで、ファラ」


「ふふ。こうして相対すると、リッド様がいつもよりとても大きく見えますね。でも、私だってやるからには勝ちを目指します!」


彼女はそう言うと、思いっきりバク宙を行い距離を取った。


何をするつもりだろう? 


きょとんと首を傾げる僕に向かって、ファラは強い口調で言い放った。


「リッド様……私は最初から全力で行かせて頂きます。どうか、私の覚悟を受け取って下さい」


「う、うん? わかった」


何やら決意に満ちた彼女の目に嫌な予感を覚えて、僕は思わず身構えた。


そして、雷属性魔法の『電界』を展開して、ファラの気配を探る。


(ん……? すごい圧で身震いするような感覚だけど……なんだろうこれ)


僕が疑念を感じたまさにその時、彼女の声が会場に轟いた。


「猛虎……風爆波!」


ファラの言葉と同時に轟音が辺りに響き渡る。


それは『シャドウクーガー』であるクッキーの雄叫びをさらに大きく、激しくしたような……いや、これはもう爆発音に近いかもしれない。


しかし、僕はそれ以上に「な……⁉」と驚愕していた。


何故なら轟音が鳴り響くと同時に、こちらに向かって一直線で『突風』が迫ってきていたからだ。


僕は『電界』によりファラが魔法を発動する気配を感じて、魔障壁を瞬時に展開していた。


だけど、予想外の事がここで起きてしまう。


(やば……魔障壁が割れる⁉)


その時、会場にガラスが割れるような音が鳴り響いた。


そう、ファラの魔法に耐えきれず僕の魔障壁が木端微塵になったのだ。


「ぐぁあああああ⁉」


ほとんどは魔障壁で相殺はしたけど、それでも衝撃を消しきれず僕はその場から吹っ飛ばされてしまう。


何とか受け身を取り舞台際で持ちこたえると、体勢を立て直す。


そして、ゆっくりとファラに視線を向けた。


まさか、あんな大技を彼女が持っていたなんて思いもしない。


僕と会場の観客が呆気に取られて静寂が訪れると、ファラが可愛らしくニコリと笑った。


「ふふ、さすがリッド様。でも……まだまだこれからですよ」


「あはは……これはちょっと、予想外かな」


彼女の底知れぬ気配を感じて、僕は顔を引きつらせて苦笑する。


しかし、ファラの言う通り鉢巻戦はまだ始まったばかりだ。


彼女が他にどんな隠し玉を持っているのか……僕は期待と不安で胸一杯になるのであった。





------------------------------------------------------------

【お知らせ】

書籍一巻がすでに大好評発売中!

書籍二巻は2023年1月10日に発売決定!

※コミカライズに関しては現在進行中。


近況ノート

タイトル:一巻と二巻の表紙

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888703378


タイトル:一巻の口絵

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888805926


タイトル:2023年1月10日に『二巻』が発売致します!

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888123404


タイトル:ネタバレ注意!! 247話時点キャラクター相関図

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330647516571740

------------------------------------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る