第247話 【外伝】暗雲
狐人族の首都フォルネウ、そこにある部族長屋敷のとある来賓室の一室に、とてもその場にそぐわない全身が黒いローブで覆われた人物が案内された。
彼は顔も黒い布で覆っており性別はわからないが、その声や体格から恐らく『男』であることは伺いしれる。
彼は、狐人族の部族長のガレス、長男のエルバ、そして次男のマルバス、長女のラファ、以上四名が揃う部屋の中央に進むと、ゆっくりと口を開く。
「貴殿達の欲しがっていた情報……獣人の奴隷達を一気に購入したのは、マグノリア帝国のバルディア領に間違いないでしょう。ただ、表向きは『保護』ということにしているようですね。そして、我が主はこの件に関して非常に高い関心を持っておいでです」
全身ローブの男が話を終えると、ガレスは殺気を込めて彼を睨みつける。
「ふん……情報は感謝しよう。だが、『あの男』からどのような使者が来るかと思えば、貴様のような全身ローブの薄気味悪いやつとはな。私達も随分と舐められているようだ。そもそも、貴様の名は何という?」
全身ローブに包まれた人物はガレスの言葉に、おくびもせずに答えた。
「失礼ながら、私は捨て駒のひとつ故に名前を持ちませぬ。ですが、そうですね……この見た目から『ローブ』とでもお呼び下さい」
「捨て駒……ローブだと、ふざけるな‼ 『あの男』も貴様も我らを馬鹿にしているのか‼」
ガレスは自身のもとに『捨て駒』程度の人物が派遣されたと思い、激昂する。
だが、ローブと名乗った男は臆せずに言葉を続けた。
「私の言葉が足りずに申し訳ありません。正確には、『重要な情報と共に死ぬこともいとわない』駒であります。私のことが気に入らないなら、どうぞ私をお切りください。ですが、その時は我が主と貴殿達のパイプは切れるものとお考え下さい」
「貴様……‼」
ローブの言葉の意味はわかる。
しかし、その挑発するような言い方は、目上の人間を怒らすのには十分な態度だ。
事実、ガレスは怒り心頭の面持ちを浮かべている。
その中、長男のエルバがローブに殺気を持って問い掛けた。
「それで……貴様の主が高い関心を持っているとはどういうことだ」
「さすが、エルバ様。話が早くて助かります」
エルバの言葉にも、ローブは恐れず、戦かず、飄々とおどけて話を続けた。
「貴殿達は恐らく、いずれ今回の件を口実に何か動かれることでしょう。その時は、私を通して我が主に事前に一報を入れて下さい。さすれば、貴殿達を動きやすいように様々な調整する準備がございます」
ローブは言い終えると、わざとらしく大袈裟に一礼をおこなう。
まるで、人を小馬鹿にするような彼の言動に、ガレスとマルバスは難色と怒りの面持ちを浮かべ、ラファは楽しそうにしている。
その中、エルバは冷静にローブの言動を観察していた。
「ふん……どのような企みがあるか知らんが、我らを好きなように暴れさせ、貴様たちは高みの見物というわけか」
「その通りです。ですが、我が主が高みの見物をしている間は、貴殿達は目の前の相手……バルディア領に集中できることはお約束致しましょう」
ローブはエルバに答えると、ニヤリと不敵に笑う。
より、挑発するようにである。その時、ガレスの怒号が部屋に響いた。
「高みの見物だと……『あの男』は、我らを愚弄しているのか⁉ ならば良かろう、ローブと言ったな貴様、叩ききってくれる‼」
ガレスは、帯剣していた剣を抜き、ローブに襲い掛からんとする。
だがその時、今度はエルバの重々しい声が響く。
「やめろ。親父殿」
「……⁉ エルバ、何故止める。こやつは我らをコケにしたのだぞ‼」
エルバは首を横に振りながら、ガレスに近寄る。
そして、ローブを殺気と圧を込めて再度、睨みつけた。
「ローブと言ったな。これ以上の茶番に付き合うつもりはない。本題に移れ……貴様らが我らに協力する条件はなんだ?」
「……なるほど。これは大変失礼いたしました。実は、我が主はバルディア領に住む『ナナリー・バルディア』と『メルディ・バルディア』の身柄を欲しております」
ローブの言葉に、エルバ達は怪訝な表情を浮かべる。
ナナリーとメルディという名前には、さすがに彼らにも聞き覚えがあるからだ。
エルバはローブに問いかける。
「……その二人は、ライナー・バルディア辺境伯の妻と娘だぞ。本気で言っているのか?」
「はい。是非、貴殿達が動く際には、彼女達の身柄を確保して頂き、こちらに渡してほしいのです。それから、領主の『ライナー・バルディア』と長男『リッド・バルディア』は邪魔ですので、二人は始末して頂きたい」
言い終えると同時に、ローブは不気味な笑みを浮かべる。
それは、憎悪や悪意などが満ち満ちたとても嫌なものであり、エルバですら一瞬顔を顰めるものであった。
しかし、エルバはすぐに表情を切り替える。
「いいだろう。実に気に入らんが、その話に乗ってやろう。だが、動く時期はこちらで決める。その時になって、こちらの依頼を無視することは許さんぞ」
「それは当然でございます。我が主も喜ばれることでしょう。では、私は早速この話を持ち帰らせて頂きます」
ローブはエルバの答えを聞くと、要は済んだと言わんばかりに話を切り上げる。
そして、部屋を出ようとした時、何かを思い出したように振り返りガレスとエルバを見回す。
「そうそう、『ナナリー・バルディア』は『深紅の令嬢』と名高い美しい女性だそうです。メルディ・バルディアを含め、彼女達の身柄を確保できた際は、手を出すことの無いよう丁重にお願い致しますよ。では、失礼致します」
ローブは言いたい事を言うと、そのまま部屋を退室する。
部屋に残されたガレスとマルバスは怒り心頭であった。
「なんなのだ……あの失礼極まりないローブとかいう奴は‼」
「全く……父上の言う通りですな。兄上、何故あのような奴の言う事を信じたのですか?」
二人は勢いのままにエルバに問い掛けるが、彼はニヤリと笑う。
「ふん……あれは、こちらを試しているだけだろう……実に気に入らん。だが、奴らは自ら欲しいものをこちらに漏らした。ナナリー・バルディアとメルディ・バルディアの価値は、奴らには計り知れないものなのだろう。ならば、それを利用するまでだ」
「なるほど……兄上、ではすぐ動かれるのですか?」
マルバスの問い掛けに、エルバは首を横に振る。
「しばらくは静観だ。まずは、バルディア領が奴隷達を使って何をするのかを見定める。そして、価値があればもっとも機が熟した時に動くとしよう。それに、ローブという男の裏にいる『やつ』のことも気になる。親父殿、それにマルバス、二人で少し調べてくれ」
「よかろう、私も『あの男』は気に入らん。少し調べてみよう」
「畏まりました。では、私も確認してみます」
マルバスとガレスは彼の言葉に頷くと、足早に部屋を出ていった。
残ったラファは、楽し気な笑みを浮かべている。
「ふふ、面白いことになりそうね。そういえば、アモンも色々頑張っていて最近は彼の支持者も多くなっているみたいよ。うふ、エルバ兄様はどうするおつもりなのかしら?」
「ふん……我ら強者の厳しい政策に付いてこられない弱者が、縋っているだけだ。それに、アモンにも利用価値はある。その時まで、せいぜい泳がせておくだけだ」
ラファの言葉に、エルバは不敵な笑みを浮かべるのであった。
◇
時を同じくして、屋敷内にあるアモンの部屋では、彼の妹シトリーが遊び疲れて寝息を立てていた。
「スースー……」
「ふふ、シトリーの寝顔は可愛いな」
アモンは先程まで、妹のシトリーに勉強を教えていた。
彼女は部族長の血筋ではあるが、武術の才能が無いと判断され、屋敷内での立場は冷遇されている為、アモンが兄として面倒をみているのであった。
その時、部屋のドアが叩かれアモンが返事をすると狐人族の青年が入室する。
ピンした耳に、整った顔立ちをしている中々の美青年だ。
彼はアモンに一礼してから、声を発した。
「アモン様、例の全身ローブに包まれ者が屋敷を出ましたがいかがしましょう?」
「ありがとう、リック。出来れば追いかけて欲しいけど、無理はしないで。あいつは恐らく、どこかの帝国貴族に繋がっている可能性が高いと思うから、深追いすると危険だよ」
彼の言葉にリックと呼ばれた青年は怪訝な表情を浮かべた。
「帝国貴族……ですか。ですが、どうしてそれがおわかりになるのですか?」
「まぁ、確証はないんだけどね。でも、この屋敷に出入りしている人物は大体把握しているんだ。その中で、帝国貴族の関係者だけは未だに見たことが無い。そうなると、あんな怪しい風貌の奴でも、消去法と父上達の対応から考えればその可能性が高いと思うんだよねぇ」
アモンは照れくさそうに話し終えると、ハッとして思い出したように話題を変えた。
「あ、それよりもリックは結婚したと聞いたよ。たしか、幼馴染の女の子なんでしょ?」
「は、はい。実は最近、ふといつ何が起きるかわからないなと思うようになりまして……そこで、思い切って告白したら『告白が遅い』と怒りながら受け入れくれました」
「ふふ、そっか……良かったね。でも、君達もそうだし、もっと皆が暮らしやすい土地にしないとね」
リックに答えながら、アモンは窓の外を眺めた。
狐人族の土地はいま、ガレスとエルバの厳しい税の取り立てにより、どんどん疲弊している。
このままでは、立ち行かなくなることは目に見ていた。
ガレスやエルバは次の『獣王』となれば解決できると考えているようだが、もしなれなかった時はどうするつもりなのか? と、いつも疑念に感じていたのである。
そこで、アモンは少しずつ自身について来てくれる味方を増やし、工業製品を独自に制作、販売するルートを開拓した。
しかし、姉のラファに以前指摘された、外敵の備えはどうするのか? という問題点は未だ残ったままだ。
ただ、アモンを支持するもの達の中には、それなりの武芸者も増えてきており、少しずつ前進はしている。
その時、リックがアモンにおずおずと話しかけた。
「アモン様、それと奴隷として排出された同胞達はやはり、バルストからクリスティ商会経由で帝国貴族の治めるバルディア領に行ったようです。いかがしましょう」
「バルディア領か……あれだけ獣人の奴隷を集めて、何をするつもりなのだろうね。でも、残念だけど、今の僕達にできることは彼らの無事を祈る事だけだよ……」
アモンは悔しそうな面持ちを浮かべると、再度窓の外を眺めながら呟いた。
「いずれ……バルディア領にいる同胞達の様子を見に行かないといけないね」
彼は言葉を紡ぎながら、同胞たちの安否を祈るのであった。
◇
一方その頃のバルディア領のとある工房では、エレンとアレックスが指示を出しながら狐人族と猿人族が馬車馬のように動き回っていた。
「さぁさぁさぁ‼ 僕達のリッド様から無茶ぶりがまたきたよ‼」
「ええぇ⁉ またですかぁ‼」
「……今度はなんでしょうか?」
エレンの声が工房に響くと狐人族の子供達が呆れ顔だがどこか楽しげで、嬉しそうな表情を浮かべながら彼女の元に集まって来る。
そして、エレンがドヤ顔でその資料を見せると、狐人族の子供達の顔色がサーっと青くなる。
「え……これ、作るんですか?」
「この構造……意味がよくわかりません」
「大丈夫‼ リッド様が出来ると言ったら何故か出来るんです。いや、僕達が出来るようにするんですよ‼ さぁさぁさぁ、張り切っていきましょう‼」
狐人族の子供達はエレンのノリに苦笑しながら、資料に目を通しながら色々と意見を出していく。
そんな様子を、遠目に猿人族のトーマとトーナが見つめていた。
「はは、エレン姉さんに釣られて狐人族の奴ら明るくなったよな」
「うん。でも、お兄ちゃんも含めて皆明るくなったと思うよ」
「そうかぁ? まぁ、そうかもな」
二人が楽し気に話していると、彼らの側にスッとドワーフのアレックスがやって来た。
そして、ニヤリと笑みを浮かべると二人に資料を差し出した。
「リッド様から、俺と猿人族の皆でこれを実現しろだって」
「……⁉ なんじゃこりゃあ‼ こ、こんなの細かいとか、手が器用とかっていう問題じゃないぞ」
「う、うん……これは細かすぎると思う」
しかし、狼狽える二人にアレックスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、姉さんから聞いただろう? リッド様の無茶ぶりがやってくる、ここが一番大変なところなのさ」
猿人族のトーマとトーナはこの時、本当の意味でエレン達の言葉を理解して、サーっと顔から血の気が引くのであった。
そして、少しずつ無茶ぶりの難易度が上がっていき、彼らは強制的に育っていく。
こうして、狐人族や猿人族の子供達はバルディア領の工業力も中心となっていくのであった。
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【お知らせ】
2022年7月8日、第10回ネット小説大賞にて小説賞を受賞致しました。
そして、本作品の書籍化とコミカライズ化がTOブックス様より決定!!
書籍は2022年10月8日に発売致します。
また、TOブックスオンラインストアにて現在予約受付開始中!!
※コミカライズに関しては現在進行中。
近況ノートにて、書籍の表紙と情報を公開しております。
とても魅力的なイラストなので是非ご覧いただければ幸いです!!
※表紙のイラストを見て頂ければ物語がより楽しめますので、是非一度はご覧頂ければ幸いです。
近況ノート
タイトル:書籍化のお知らせ&表紙と情報の公開!!
https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817139559135926430
タイトル:ネタバレ注意!! 247話時点キャラクター相関図
※普通に247話まで読んで頂いている方は問題ないありません。
飛ばし読みされている方は下記の相関図を先に見るとネタバレの恐れがあります。
閲覧には注意してください。
https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330647516571740
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