第237話 四方山話・ナナリーとライナーの夜語り

「スースー……」


「ふふ、こんなにすぐ寝てしまうなんてよほど疲れていたのね」


ナナリーは自身の横で寝ているリッドの頭を優しく撫でる。


こうして、一緒に寝るのはかなり久しぶりだ。


彼女は改めて自身の横に寝る子供が大きくなったことを実感する。


ついこの間まで、自分の腕に抱かれていた赤ん坊だったのに……今は、彼女が寝るベッドの半分近くを、可愛らしい寝顔を浮かべて占領しているのだ。


「私の腕で寝ていた姿は、もう懐かしい思い出なのね。ふふ、それにしても可愛い寝顔なこと……少し悪戯しようかしら」


彼女は悪戯な笑みを浮かべると、息子の頬をツンツンしたり、摘んでみたりしている。


その時、やり過ぎたのかリッドがナナリーの手を軽く払うと「うー……ん、メルやめて……」と寝言を囁いた。


「あらあら、ふふ、どんな夢を見ているのでしょうね。それにしても、この寝顔はライナーに少し似ているかしら?」


リッドの寝顔が誰に似ているのか考えていると、ドアがノックされライナーの声が部屋に響く。


「ナナリー、私だ。入っても大丈夫か?」


「ええ、ですが、静かにお願いします。今だけの、とても可愛らしいものが見れますよ」


「……今だけの可愛らしいもの?」


彼はナナリーの答えに首を傾げながら、言われた通りに静かに入室する。


そして、悠然と彼女の側に近寄ると、思わず頬を緩ませた。


「なるほど、確かに今だけの可愛いものだな」


「そうでしょう? 大きくなったら、また違った可愛さはあるのでしょうけど、この寝顔は今だけしか見られませんからね」


二人はリッドの寝顔を見て、とても慈愛に満ちた表情を浮かべている。


すると、悪戯な笑みを浮かべたナナリーは、彼に囁いた。


「ね、あなた。リッドの頬を触って下さいな。とても、スベスベでプニプニなんです」


「う、うむ……」


ライナーは言われるまま恐る恐る、リッドの頬を優しく撫でる。


そして、優しく摘んでみた。


「確かに、スベスベでプニプニだな」


「そうでしょう? ふふ、でもこの寝顔はあなたによく似ていますよ」


ナナリーに言われた彼は、息子の顔をよく見た後、軽く首を横に振ると呟いた。


「この寝顔は私ではなくナナリー、君によく似ているよ」


「あら、そうかしら……でも、そうね。私達の子供ですから、きっと二人に似ているのでしょうね」


「ふふ、そうだな……しかし、こうして寝ている姿が一番可愛いな」


彼はリッドの頭を撫でながら、普段のやりとりを思い出して苦笑しながら呟いた。


すると、ナナリーは頬を膨らませる。


「あら、リッドはいつも可愛いですよ」


「まぁ、それはそうなのだが……少しばかり、母上と君に似て悪戯好きというか、常識に囚われないようなところがある。それに振り回される私の身にもなってくれ」


彼はナナリーの言葉に苦笑しながら答えると、寝ているリッドに再度、優しい視線を向けた。


「まぁ、ひどい。トレット様が聞いたらきっと怒るわ」


「まさか……母上はきっと喜ぶさ」


二人が楽しく話していると、間に挟まれていたリッドが「ううん……」と寝言を言いながらベッドの掛け布団で丸まった。


その姿に、ナナリーが顔を綻ばす。


「あらあら、少しうるさかったかしら。ねぇ、あなた。あっちのソファーでもう少し話さない?」


「うむ、そうだな」


ライナーはそういうと、ベッドの反対側に回り込みナナリーを腕に抱きかかえた。


いわゆるお姫様抱っこである。


そして、そのまま丁寧にナナリーをソファーに下ろす。


彼は続けて、辺りを見渡すとひざ掛けを見つけ手に取ると、彼女に優しく掛けた。


「体を冷やすなよ。寒くはないか?」


「ええ、ありがとう、大丈夫よ。それにしても、今日はどうしたの?」


ナナリーの問い掛けに、ライナーは怪訝な表情を浮かべて答えた。


「ん? 聞いていないのか。リッドに私がここに後で行くと伝えるように言っていたのだがな」


「あら、そうだったのね。私が怒ったから、話す機会を失っちゃったのね」


「珍しいな君が怒るなんて、リッドは何をしたんだ?」


彼は、ナナリーの言葉に少し目を丸くする。


彼自身も彼女が怒った姿を見たことは、ほとんどない。


何をしでかしたのか? と思っているとナナリーは、苦笑しながら先程のやりとりを丁寧に彼に伝えた。


「ふふ、メルの演技と説明は面白かったですよ。ただ、話を聞くと理由があっても、態度と言葉遣いが貴族の子息としては如何かと思いまして、少し怒ったのです」


「確かにな。リッドは調子に乗りやすいところがあるからな。誰に似たのやら……」


ライナーが苦笑しながら首を横に振ると、ナナリーは思案顔を浮かべる。


やがて、おもむろに呟いた。


「そうね……私の父上か、あなたのお父上のエスター様じゃないかしら。覚えている? 私の実家のお屋敷であなたとの縁談をした時のこと」


彼女の言葉にライナーは懐かしげに頷いた。


「ああ、覚えているよ。父上とトリスタン殿にしこたま飲まされて、翌日に初めて二日酔いを経験したからな」


「あらそうなの? それは初耳だわ。ふふ、でも、私達の縁談がまとまると、二人して調子に乗ってお酒を飲んで、トレット様が激怒されたじゃない。そこから考えると、リッドはあの二人にも似ている部分があると思うの」


「そうだな……そうかもしれんな」


ライナーが頷くと、ナナリーがハッとして話を続ける。


「あ、話が逸れてごめんなさい。それで、今日はどうされたの?」


「ああ、そうだったな。いや、君に私達の息子が大活躍をした話をしようと思ったんだよ。まぁ、寝ているとはいえ、本人の近くでする話ではないかもしれんがな」


彼はそういうと、優しい眼差しをリッドが寝ているベッドに向ける。


ナナリーはその様子を見ると、満面の笑みを浮かべた。


「まぁ、それは、是非聞きたいです。お聞かせ願えますか?」


「わかった。少し長くなるから、体調が悪くなったらすぐ言うんだぞ」


ライナーは彼女の体調を気にしながら、リッドの活躍を楽しげにナナリーに伝える。


彼女も、ライナーの話を嬉しそうに聞き続けるのであった。


ちなみに、ライナーが部屋を出る際、リッドを抱きかかえて連れて行こうとする。


しかし、ナナリーが制止した。


理由は、『息子の寝顔をもっと見ていたい』ということだったそうだ。





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