第238話 心境の変化
鉢巻戦の翌日……。
目を覚ました僕は、部屋を見渡して「あれ……?」と目を擦っていると母上から「ふふ、おはよう、リッド」と声を掛けられて目を丸くする。
同時に、母上の部屋でぐっすり寝ていたことを自覚した僕は、顔を真っ赤染めた。
さらに、間の悪い事にメルが母上の部屋に訪れてきて「にいさまだけ、ずるい‼」と怒られてしまう。
その後、母上の助けも借りて、メルを宥めることに何とか成功する。
朝食の時には、父上から何やらニヤニヤとした視線を向けられていた気がしたけど……僕は、あえて聞かないようにするのであった。
朝食が終わると、僕は宿舎向かう為の準備に取り掛かる。
鉢巻戦が終わった後の獣人族の子達ことが気掛かりだったからだ。
決して、母上のベッドで寝ていたことが、気恥ずかしかったからじゃないからね?
◇
ディアナと二人で宿舎に辿り着くと、何やら今までと少し雰囲気が違う。
何と言うか、前よりも明るくなった感じだ。
そして、すれ違う獣人族の子達は丁寧に挨拶をしてくれる。
僕が、にこやかに挨拶を返すと何やら皆『パァっ』と明るい顔をしている感じがするんだよね。
何かあったのかな? 疑問を抱きながら執務室を訪れるとカペラが出迎えてくれる。
「おはよう、カペラ。昨日はありがとう。それで、何か変わったことはあったかい?」
「リッド様、おはようございます。いえ、特にありません。あと、夕食をご指示頂いた通りにいつもより豪勢したところ、子供達は皆大変喜んでおりました」
「そっか。それなら良かったよ。あと、少し宿舎の雰囲気が明るくなったね」
カペラは、少し考え込む仕草を見せてから呟いた。
「それは、昨日の『鉢巻戦』の結果により、獣人族の子供達がリッド様に対して畏敬の念を抱いたからでしょう」
「あはは、それなら鉢巻戦をしたかいがあったかな」
僕は彼の言葉に笑みを浮かべて答えた。
彼らが一筋縄でいくような子達ではないのは承知している。
だけど、良い傾向ではあるだろう。
そう思っていると、ディアナが淹れたての紅茶を置いてくれた。
「ありがとう、ディアナ」
「とんでもございません」
彼女が会釈をした時、執務室のドアがノックされる。
返事をすると、狼人族のシェリルが入室してきた。
彼女は凛とした真面目な顔をしていた為、何事かと思い問い掛ける。
「やぁ、シェリル。今日は、どうしたんだい?」
「はい。実は各種族の代表者を選別致しました。そして、改めてリッド様に皆が御挨拶をしたいと申しております。差支えなければ、少しだけお時間を頂戴できないでしょうか」
「それはいいけど……皆、急にどうしたの?」
その後、シェリルはゆっくりと説明を始めた。
何でも、昨日の鉢巻戦が終わって僕達が屋敷に戻った後、シェリルやオヴェリア、カルアやノワール達が中心となり、彼らは彼らなりに色々話し合いをしたらしい。
その結果、獣人族の子供達は何があっても僕に付いていくことを決めたそうだ。
シェリルは決意した面持ちで言葉を続ける。
「皆、リッド様の人柄や強さに惹かれております。先日のご無礼をお詫びし、改めてご挨拶をさせて頂きたいです」
先日の無礼とは大会議室でのやりとりなどだろうか? そんなに気にしていなんだけどな。
でも、そうか、僕に付いてきてくれると決めてくれたのはとても嬉しいことだ。
僕は、ゆっくりと頷いた。
「うん、わかった。それじゃあ、会議室に皆を呼んでもらってもいいかな」
「はい、承知しました」
彼女は僕の言葉に頷くと、執務室を後にする。僕は座っていた椅子の背もたれに背中を預けながら、天を仰ぎ呟いた。
「ふぅ……鉢巻戦のおかげだね。思ったより、色々と前倒しにできそうだよ」
僕の呟きに、カペラとディアナも同意するようにニコリと微笑んでいる。
「そのようですね。才能豊かな子が多いですから……私も『武術訓練』が今から楽しみです」
「ふふ……バルディア家に忠誠を誓う者として、彼らにもそれに恥じない『強さと礼節』を身に着けさせて見せましょう」
二人は微笑んでいるが、何やら真っ黒な狂気じみた雰囲気を醸し出している。
恐らく、以前から話していた『レナルーテとバルディア』の技術を混ぜ合わせた武術を教え込むつもりだろう。
僕はやれやれと首を横に振った。
「はぁ……戦闘集団を作り上げるわけじゃないんだからね……やり過ぎないように注意してよ?」
「……承知しております」
「勿論、心得ております」
この時だけ揃った仕草で返事をするディアナとカペラの二人に、僕は思わず不安顔を見せるのであった。
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