第210話 食堂
その後、僕はアリアの食事を医務室に用意して上げて欲しい、と医務室にいるメイドにお願いした。
アリアの様子を見る限りもう大丈夫とは思う。
しかし、彼女が馬車を降りる時に錯乱状態となり、雷の属性魔法を発動した経緯を考えると、妹達にも同様の危険性がある。
その時は、僕や騎士がいるよりも、彼女達の姉である『アリア』が居た方が安心するだろう。
彼女はお腹も減っていたようで、『ここに、持ってきてもらえるの⁉』と喜んでいた。
そんなやりとりをしていると、ビジーカが楽しそうに個室から出て来る。
どうやら、ラストを堪能したようだ。
ビジーカとサンドラに休んでいる獣人族の皆を改めてお願いすると、僕は医務室を後にした。
部屋を出ると、カペラが無表情のまま神妙な雰囲気を醸し出す。
「……リッド様、僭越ながら申し上げます。『魔力枯渇症』の件は本当によろしいのですか? お気持ちはわかりますが、ライナー様に御相談してからでも良かったと存じます」
「うん、そうだね。でもね、目の前の救える命を僕が見捨てたら母上はきっと怒ると思う。あと、そんな判断を僕にさせてしまった、と悲しむとも思うんだ。それにね……大切な人が苦しんで弱っていく姿を、何も出来ずに目の当たりにするのは辛いんだよ?」
彼に視線を向けて、真っすぐに見据える。
カペラの言う事はわかるし、間違った事は言っていない。
母上の治療に関わる問題は本来、僕一人で決めて良いことではないからだ。
彼の言う通り、父上に相談してから決めるのが筋だろう。
でも、どんな運命の悪戯にせよ、僕の元に来てくれた以上、出来る限りの事を彼らしてあげたい。
カペラは、僕の目を見ると畏まり丁寧に答えた。
「承知致しました。リッド様の決意を考えず、差し出がましいことを申しました」
彼は言い終えると、深々と頭を下げていく。
僕は首を横に振って制止するとニコリと微笑んだ。
「カペラの言っている事も正しいから、そんなに頭を下げないで。それに、何も考えていないわけじゃないよ。まぁ、エレン達には少し無理してもらうことになるかもしれないけどね……」
その時、食堂のある方角からディアナとおぼしき声が鳴り響く。
僕達は何事かと、視線を向け、食堂に急ぐのであった。
◇
僕達が食堂に辿り着くと、そこにはミアやオヴェリアといった獣人族の少女達が集められていた。
湯浴みは無事に終わったようで服装も着替えており、パッと見で髪や獣耳も綺麗になっている。
だが、少女達の口周りと手は見るからに食べ物で汚れていた。
そして、そんな彼女達を見ながらディアナは額に手を添え、呆れ顔をしながら俯き首を横に振っている。
「あなた達……なんですか、その食べ方は……」
「……なんですかって、食べ物なんて口に入れりゃいいだけだろ?」
ミアを始めとして少女達は、何故注意されたかわからずに首を傾げている。
どうやら彼女達は、あまりスプーンやフォーク、それにお箸などは使い慣れていないみたい。
その結果、ディアナに注意されるまで手で食べていたようだ。
彼女達の言動にディアナは疲れたように、ため息を吐いている。
「はぁ……ある程度予想はしていましたが、想像以上ですね」
「なんだよそれ……」
ディアナの言動に、ミアが先程より大分丸い悪態を付いている。
その時、ミアの近くに居たオヴェリアが僕達に気付き大声で叫んだ。
「リッド様、ここの飯はうめぇな‼ 温泉も案外良かったぜ。あれか、あんたの奴隷はこんな飯もいつも食えるのか」
「……⁉ オヴェリア、口の訊き方に気を付けなさいと言ったばかりでしょう‼ それに、食べながら大声を出すのは厳禁です」
オヴェリアはディアナに注意されると「へーいへい……」と悪びれない様子だ。
少女達とディアナを含むメイド達のやりとりは、中々に面白くもある。
ディアナ達の負担は凄そうだけどね。
しかし、少女達の手や顔が食べ物で汚れた様子に思わず僕は笑いがこみ上げてきた。
「あはは。まぁ、その辺はこれから学んでもらったらいいんじゃない? あと、オヴェリアの言う通り衣食住は提供するよ。ただし、僕に協力してくれたら……だけどね」
「協力……命令すれば良いだけじゃねえか。あたし達はあんたの奴隷なんだろ? なんでそんな、まどろっこしい言い方するんだよ」
僕の答えがあまり気に入らなかったのか、オヴェリアが少し凄んだ面持ちを見せる。
ディアナが笑みを浮かべて怒っているが、僕は彼女を制止して話しを続けた。
「確かにね。でも、僕が求めているのは命令されて動くただの奴隷じゃない。自ら進んで協力してくれる獣人族の皆だからね」
「あたし達が自ら進んで協力……だって?」
オヴェリアと少女達はきょとんとして僕を見た後、突然にどっと大笑いを始める。
メイド達は驚き、ディアナは怒り心頭の様子だ。
しかし、またも僕が彼女を制止する。
ある程度、大笑いし終えると、オヴェリアが凄んで僕を見据えた。
「あはは……はぁ……、リッド様、あんた本当に面白い人だな。私達、獣人族が自ら進んで協力する『相手』がどんな存在なのかも知らねえくせに……その言葉、忘れんなよ」
「そうだね。君達が自ら進んで協力する『相手』がどんな人物像なのか……是非、後で教えてね」
オヴェリアに答えた時、ふと彼女の近くに居たミアに目がいった。
彼女の前髪半分はディアナによって切られており、片目だけ露わになっている。
やっぱり二色が混ざりあった瞳は、とても綺麗だと思う。
ミアも僕の視線に気付いたようで、どことなく嫌そうな表情を浮かべた。
僕がニコリと微笑むと、口を尖らせそっぽを向いてしまう。
やっぱり、獣人族の子達は面白いな。
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