第202話 宿舎・医務室にて
宿舎の入口付近に集められていた獣人族の少女達が、無事にメイド達に連れて行かれた後、僕は宿舎の中に入った。
すると、当然だけどまさにメイドの戦場とも言えるような状況で、非常に慌ただしい光景が広がっている。
メイド長のマリエッタや副メイド長のフラウまでも真剣な面持ちで、指示を出して走り回っているようだ。
「皆のおかげで何とかなっているけど、これだけの大人数の受け入れはやっぱり大変だね」
「はい。ですが、受け入れが順調なのも、すべては事前の打ち合わせのおかげです。ここまで順調な事自体、素晴らしいことだと存じます」
僕が宿舎の中の状況を見渡して呟くと、カペラが畏まった様子で答えてくれた。
確かに、彼の言う通り受け入れに関しては、メイド長や執事のガルン、クリスやダイナス、父上など色んな人の意見を取り入れている。
そのおかげで、受け入れは比較的順調と言っていいだろう。
上手くことが進んで良かった。
今までの調整作業を思い出すと、感慨深い。と思ったその時、これでもかという大声が宿舎に響いた。
「すっげぇえええ、この水あったけぇ‼ おお、それになんだこの泡……⁉ うわぁああああ⁉ 目が、目がぁああああ‼」
「オリヴィア‼ あなたは大人しくする事ができないのですか⁉」
声は温泉の女湯から響いて来ている。
ディアナとメイド達が、獣人族の少女達との湯浴みで格闘しているようだ。
その声を僕の隣で一緒に聞いたカペラが、咳払いをしてから呟いた。
「まぁ、予想外の出来事が起きることも、想定内と存じます」
「あはは……そうだね。ディアナには悪いけど、彼女達は少しお任せしようかな」
響いて来た声とカペラの言葉に、僕は苦笑しながら答えると心の中で「頑張ってね。ディアナ」と呟いて医務室に向かった。
◇
医務室の前に辿り着いた僕は、念のためにノックをするが返事はない。
ゆっくりとドアを開けて中を覗くと、ここもまたメイド達が忙しく動き回っている。
鳥人族の女の子達はベッドに横たわり、寝ているようだ。
体調の悪い子が多いと聞いていた狐人族の子達は、メイド達に介抱されながら食事を取っている。
ちなみに、彼らが取っている食事は「お粥」だ。
僕が医務室の様子を見渡しながら、中に入ると一人の女性が気付いて目の前にやってきた。
「サンドラ、お疲れ様。今日はありがとう」
「いえいえ、こんな面……いえ、素晴らしい試みに関われる機会は中々ありません。それに、少しでもお力に慣れればと存じます」
「いま、絶対『こんな面白い』と言おうとしたよね? まぁ、いいけどさ。それより、皆の体調や健康状態を教えてもらってもいいかな」
サンドラは僕の指摘に少しバツの悪そうな笑みを浮かべるが、その後の問いかけですぐに表情を切り替えた。
「畏まりました。ですが、子供達の健康状態については私より詳しい者から、ご説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「サンドラより詳しい人がいるの?」
「はい。私はあくまで魔法関係が専門です。人体における健康状態については、私より詳しい医者がおりますので、そちらからご説明させて下さい」
サンドラの最初の答えできょとんとしたが、彼女の説明で納得した。
確かに、魔力に関わる部分が大きい『魔力枯渇症』などであれば、彼女の得意分野にもなるのだろう。
でも、単純な健康状態となるとさすがに医療の分野だ。
それであれば、サンドラよりも人体に詳しい医者が適任ということだろう。
「うん、わかった。その人は今ここにいるんだよね?」
「はい、勿論です。では、呼んできますね」
彼女は頷くと、僕達に背を向けて大きな声でその医者の名前を叫んだ。
「ビジーカ‼ ビジーカ・ブックデン‼ リッド様に御挨拶と、状況の説明をお願いします‼」
すると、医務室の奥で獣人族の子供達を見ている医師がこちらを一瞥するが、すぐに目の前の子に視線を戻してしまう。
その様子を見ていたサンドラは、僕達に視線を戻して苦笑する。
「あはは、ああいう人なんです。大丈夫、今見ている子の治療がひと段落したらすぐに来ますから、少しお待ちいただいてもよろしいですか」
「うん、大丈夫だよ。それに、忙しい所にお邪魔したのは僕だしね」
僕の言葉を聞いたサンドラはホッとして胸を撫で降ろしたようだ。
カペラは特に何も言わず、無表情で控えている。
それから、間もなく『ビジーカ・ブックデン』は僕の前にやってきた。
だが、彼は何やら怒っている様子で、サンドラを睨みつける。
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