第184話 リッドの魔法とクロスの剣技

今、僕は訓練場で、ディアナと向かい合いながら少し距離を取っていた。


「リッド様、では……参ります」


「うん。お願い、ディアナ」


僕が返事をして頷くと、彼女は僕に掌を見せるように片手をおもむろに差し出す。


そして、僕を見据えた瞬間、声を発した。


「火槍‼」


ディアナが声を発すると同時に、彼女の掌から『火槍』が生成されて僕めがけて真っすぐに飛んでくる。


僕は集中して、手に持っている木刀に魔力を流して『魔力付加』を行う。


そして、僕は「はぁあああああ‼」と雄叫びを上げながら、木刀で目前に迫る『火槍』を薙ぎ払った。


魔法と木刀が接触した瞬間、木刀を握っていた手と腕に衝撃が走る。


その感覚はバットでボールを打った感じに近いものかもしれない。


だが、衝撃は一瞬で消えて、目前に迫っていた『火槍』は木刀による薙ぎ払いによって見事に消滅した。


僕は体を震わせながら、木刀の刃先を天に向け歓喜の雄叫び上げた。


「やったぁぁあ‼ できたぁあ‼」


少し離れたところに居た、ディアナは僕に駆け寄ると、笑みを浮かべて微笑んだ。


「リッド様、お見事でした」


「ディアナ、手伝ってくれてありがとう」


『魔力付与をした木刀で、魔法の切り払い』の習得を手伝ってくれたディアナに僕は満面の笑みを浮かべてお礼を伝える。


その後、僕は隣で指導してくれていたクロスに、笑みを浮かべたまま視線を移した。


すると、彼は僕に対して微笑んだ。


「さすが、リッド様ですね。こんなに早く魔力付加を習得するとは思いませんでした」


魔力付加は手に持っている『物』を魔力で覆うイメージで行う。


だけど、かなり限定的な感じの発動になるので、より明確なイメージが必要となる感じだ。


久しぶりに魔法を覚えるのに苦戦したという感じがする。


感覚で言えば握っている木刀に僕の魔力が繋がり、常に体の中から魔力が少しだけ流れていく、そんな感じだ。


僕は、クロスの言葉に軽く首を横に振った。


「ううん、クロスの教え方が上手だったからだよ。ありがとう」


「いえ、私はきっかけをお伝えしたに過ぎません。すべては、リッド様の実力です」


クロスの誉め言葉が嬉しくて、僕は少し照れた表情を浮かべている。


でも、ある事がふと気になり、僕は一転、怪訝な面持ちになった。


「……そういえば、なんでサンドラは僕に、魔力付加を教えてくれなかったんだろう」


そう、サンドラであれば魔力付加を知らないはずがない。


魔障壁を教えてくれる時に、魔力付加も教えてくれて良かったはずだ。


クロスは僕の言葉聞くと、苦笑いしながら答えた。


「あぁ、それはですね。魔力付加に関してはサンドラ様より、私からリッド様にお教えして欲しいとお話がありまして」


「え……? そうなの? でも、どうして?」


僕はクロスの言葉に思わず驚きの表情浮かべていた。


サンドラ以上の魔法使いは中々いないと思うけど、クロスは実は凄く魔法の扱いがうまいのだろうか? 


「木剣に魔力付加を行い、魔法を切り払う為には剣術も多少は必要になります。ですが、サンドラ様も剣術はさすがに扱えないということでしたので、この魔力付加に関してだけは私がお教えすることになったんです」


「あ……剣術か、なるほど。確かに、それはそうだよね」


僕は彼の言葉にハッとしてから、納得の表情を浮かべて頷いた。


確かに、魔法付加を木剣にする事はサンドラにも可能だろう。


でも、研究が主の彼女には迫りくる魔法を剣で薙ぎ払うのは難しいと思う。


やれと言われれば、サンドラの事だから出来なくはなさそうだけど。


クロスは僕の返事に頷いた後、少し目つきを鋭くしておもむろに言った。


「……では、そろそろ実戦訓練をしてみましょうか」


「わかった。魔法と剣術の両方使うんだよね」


僕の問いかけに対してクロスは軽く首を横に振った。


「いえ、リッド様はまだ魔力付加を覚えたばかりですから、魔法主体で動いて下さい。私は剣術主体で動きます。そうすれば、魔障壁や魔力付加の使い方もお見せできますから」


「……わかった。でも、魔法主体の僕は結構強いと思うよ?」


「望むところです。サンドラ様からも伺っております。ですが……魔法の才能が、戦闘における決定的な差にならない事を教えて差し上げましょう」


クロスは不敵な笑みを浮かべながら、僕に一礼する。


「言ったね、クロス? なら、手加減しないよ」


「望むところです。では、少し距離を取ってから始めましょう」


彼は頷くと、僕に背を向けて距離を取り、同時に近くにいたカペラに声を掛けた。


「カペラさん、私とリッド様の立ち合いの審判をお願いしてよろしいでしょうか?」


「承知しました」


カペラは頷くと、僕とクロスの間に歩を進める。


クロスは少し離れた場所にいる僕を正面に見据えると、木剣を正眼に構えてニコリと笑った。


「……リッド様、いつでもどうぞ」


「わかった。カペラ、開始の合図をお願い」


僕の問いかけにカペラはコクリと頷くと、声を高らかに発した。


「では、リッド様とクロス様の立ち合いを始めます。試合開始‼」


カペラの声が訓練場に響くと同時に、僕は挨拶代わりにクロスへ火槍を三発ほどに放つ。


だが、クロスは避けようとせず、ニヤリと笑みを浮かべて対峙すると、間近に迫った火槍を木剣で薙ぎ払って悠々と消滅させる。


余裕に満ちたその姿に、僕は険しい顔をして思わず呟いた。


「さすが、父上やダイナス団長が認めた、バルディア騎士団の副団長は伊達じゃないね……」


「お褒めに預かり光栄です。しかし、リッド様の『火槍』は素晴らしい魔法ですが、直線的です。このように距離があれば、切り払うのは容易いのです。さあ、次はこちらからいきますよ‼」


彼は言い終えると同時に身体強化を使い僕との間合いを一瞬で詰めてきたので、僕は咄嗟に手に持っていた木刀で受けとめた。


クロスの斬撃は重いが、耐え切れないほどではない。


恐らく手加減してくれているのだろう。


その結果、僕とクロスは鍔迫り合いとなっていた。


その最中、僕は不満げな表情を浮かべる。


「……魔法主体で戦わせてくれるんじゃないの?」


「実戦形式ですからね。魔法主体と言いましたが、剣を使わなくてよいとは言っておりませんよ」


言い終えると、クロスは相変わらず余裕のある笑みを浮かべる。


「いいよ、じゃあ僕の魔法を見せてあげる……‼」


僕は言い終えると、心の中で魔法唱える。


その魔法名は『大地想見』その名の通り、土属性の魔法で大地を操る魔法だ。


精巧なものは作れないが、壁や足場などの簡易的な物は作れる。


「……‼ なっ⁉」


クロスは足元の異変をいち早く察知して、身を引くと驚愕の表情を浮かべる。


轟音と共に僕の足元からいきなり土が盛り上がり、土壁が目の前に出来上がったのだ。


でも、まだ終わらない。


僕は壁の横からすぐに身を出すと、火槍を放つ。


だが、先程のように三発などではない。


僕の手先、周囲に小さい火槍を生成。


さながら機関銃のように連続で放ってみせた。


「魔法にはこんな派生だってあるんだ‼」


連続して放たれる火槍の連続音があたりに響く。


クロスはいきなり大地から生えた土壁に気を取られ、回避行動が遅れてしまったようだ。


その結果、僕の魔法を魔障壁で受け止めている。


「ぐ……‼ まさか、あのような土属性の魔法が使えるとは存じませんでした。そして、この火槍の派生魔法も素晴らしいですよ」


「お褒めの言葉、ありがとう。……でも、クロスの魔障壁はいつまで持つのかな‼」


僕はクロスの魔障壁を破壊するつもりで火槍・乱撃を放ち続ける。


以前にも増して僕の魔力量は多くなっている、この程度は余裕だ。


このまま、火槍・乱撃を撃ち続ければ僕の勝利だろう。


そう思った時、クロスが体勢を低くして魔障壁を解くと同時に、僕から距離を取るように後ろに飛びのいた。


「……⁉ 逃がさないよ‼ 火槍弐式、十槍‼」


魔法を唱えると、僕を囲むように十本の通常より少し小ぶりな火槍が生成され、クロス目掛けて追尾するように飛んでいく。


そう、火槍二式は火槍より威力は落ちるけど、追尾性能を入れ込んだ魔法だ。


それは、さながらミサイルのように相手を追いかける。


クロスは避けたつもりが、彼の後ろから追尾してくる火槍に驚きの表情を浮かべる。


だが、すぐに性質を理解したようだ。


彼は後ろから追尾してくる十槍の火槍に振り返ると、すべて木剣で切り払った。


僕はその振り払う瞬間を見逃さない。クロスは切り払う為に、脚を止めたのだ。


僕は両手を地面につけると心の中で、また別の魔法を唱える。


その名は『蔓操縄縛』、樹の属性魔法で植物の『蔓』を作り出し、相手を拘束する魔法だ。


拘束する蔓の強さは消費する魔力量に比例する。


クロスは僕の魔法を切り払い、すぐに視線を僕に移す。


でも、遅い。


その瞬間、彼の足元から『蔓』が生え、クロスを拘束しようと絡まり始める。


「な……⁉ これも、リッド様の魔法か‼」


「言ったでしょ? 僕の魔法を見せてあげるってね……これで終わりだよ‼」


いま色々と使っている魔法は、レナルーテから帰ってきた後に行った『木炭作り』をする中で構想を得たものだ。


土と樹の属性魔法の知識を流用して、誰にも内緒でこっそり創りだした魔法だから、クロスとは言え、初見であれば対応しづらいはず。


それに、木剣であれば『蔓』を切ることは出来ない。


これで、僕の勝ちだ。


そう思った時、クロスがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「ちょっと本気を出さないと負けそうですね……では、折角ですから、魔力付加の派生もお見せしましょう」


「え……⁉」


僕はクロスの言葉に嫌な感じを受ける。


その瞬間、クロスが襲い来る『蔓』達を切り払った。


「な……⁉」


その光景に僕は驚愕した。


魔法で生成した蔓には、少し多いぐらいの魔力を込めている。


つまり、それなりに強度もあるはずなのに、クロスは木剣で切ったのだ。


そして彼は、襲い掛かる蔓を素早く切り払いながら、駆け抜けて間合いを詰めて来る。


「く……⁉ 火槍弐式・十槍‼」


僕はすぐに、別の攻撃魔法を撃って牽制する。


しかし、彼は魔法をすべて切り払いながら進んできて、勢いが止まらない。


「リッド様の魔法は確かに素晴らしいですが、当たらなければどうということはありません‼」


「いやいや‼ 切り払っているんだから、当たってはいるでしょ⁉」


彼が間近に迫った時、僕は体勢を立て直すため咄嗟に彼と僕の間に土壁を生成した。


だが、彼はその土壁を、身体強化を活かした高い跳躍で飛び越え、空中で体を翻し僕の後ろで着地する。


僕は危険を感じ、振り返ると同時に魔障壁を展開した。


「魔力付加の応用編です‼ その身で感じて下さい‼」


クロスは高らかに声を出しながら、僕に向かって木剣を振り降ろす。


その瞬間、僕は展開した魔障壁が彼の木剣によって切り裂かれたのを感覚で感じて戦いた。


「ど、どういうこと? 魔障壁って物理も防げるんじゃないの……?」


そう、僕の魔障壁は彼の木剣による斬撃によって、切り裂かれてしまった。


その衝撃で僕は思わず、尻もちをついてしまい、クロスを見上げる格好になっている。


そして、僕の目の前には彼の折れた木剣が突き出されていた。


クロスは僕の戦いた表情を見てから、優しい笑みを浮かべる。


「それが落とし穴です。魔力付加と掛け合わせた武術の威力は格段に上がります。魔力付加は魔法を切るだけではなく、攻撃にも使えるんですよ。もっとも、それだけの威力を得る為には、相応の研鑽が魔武ともに必要になりますけどね」


「……ずるい、それを先に言ってよね」


僕は怨めしい目でクロスを見上げると、そのまま後に倒れ込み大の字で地面に寝転んだ。


その時、カペラの声が訓練場に響いた。


「只今の試合、クロス様の勝利です」


魔力付加と武術を掛け合わせると威力が格段に上がる……か。


そういえば、父上にも魔障壁を消し飛ばされた事があったけど、あれもそういう仕組みだったのかな? 


そんなことを思い返しながら、僕は空を見上げながら悔しげにため息を吐いた。


「はぁ……負けちゃった……」


すると、僕の上に人影が差したので、見上げるとそこに居たのはニヤリと黒い笑みを浮かべたディアナだ。


「……リッド様、素晴らしい試合でした」


黒い笑みを浮かべたままのディアナは僕に手を差し出して、起き上がるのを助けてくれる。


助けを借りて立ち上がると、僕は彼女の雰囲気に戸惑いながらお礼を言った。


「う、うん、ありがとう……」


「ところで、リッド様。試合中に使われた魔法はなんですか? 初めて見た気が致します。まさか、また私達に内緒でお創りになったのですか?」


僕はハッとして、嫌な汗が出始めたのを感じた。


出来る限り、魔法を創るときはサンドラ達と一緒にしている。


でも、この試合で使った魔法は思いついた時に、いても立ってもいられなくなってこっそり創って、秘密裏に練習していた魔法だ。


気付くと、カペラも呆れた表情を浮かべている。


僕は周りを見渡して、乾いた笑い声を出した。


「あはははは……いま、思いついたんだよね……って、それはさすがに通じないよね……?」


「当たり前です‼」


その後、僕はお目付け役のディアナに鬼の形相でしこたま怒られて、しばし項垂れるのであった。

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