第185話 【外伝】奴隷販売

狐人族の首都、フォルネウにある部族長、ガレス・グランドークの屋敷にて、足早に廊下を進む一人の青年がいた。


彼の名は、マルバス・グランドーク。


グランドーク家の次男であり、家の政務などを若くして一任されている人物である。


彼は、ある部屋の前に辿り着くと息を整え、深呼吸をしながら緊張した面持ちでドアをノックした。


「兄上、マルバスです。ご相談したいことがありますが、入ってもよろしいでしょうか?」


「いいぞ、入ってこい」


「失礼します」


エルバの低く重い質を感じる声を聞いたマルバスは、強張った面持ちでドアを開けて入室する。


だが、そこには思わぬ人物もおり、眉を顰めた。


「……ラファも居るとは思いませんでした」


「あら、兄上。私が居たらご不満かしら? 先程まで、エルバ兄様の『運動』に付き合っていただけよ。激しくて、とても楽しませてくれたわ。だから、少し休憩しているのよ」


ラファはソファー座ったまま、見せつけるように髪を耳にかける仕草をしながら顔を赤らめて妖艶な雰囲気を発している。


彼女はグランドーク家の長女であり、エルバとマルバスの妹だ。


その姿は、誰でも視線を向けてしまう程の大きい胸とスタイルの良さに加え、彼女の醸し出す妖艶で蠱惑的な雰囲気は男であれば誰でも一度は振り向いてしまうだろう。


それ程の魅力を持った彼女だが、グランドーク家においてはエルバの次に戦闘力が高い。


そんな、ラファにエルバは視線を移すとニヤリと笑う。


「手加減していたとはいえ、俺との運動で楽しむ余裕があるとはさすがだな」


「エルバ兄様との運動だけが、最近だと唯一の『暇つぶし』ですもの」


マルバスはエルバとラファのやりとりに呆れた様子でため息を吐いた。


「はぁ……兄上もラファも『運動』は程ほどにしてくださいよ? 二人が本気になると、修繕費も凄い事になります。それに、怪我でもされたら大変です」


エルバとラファの言う『運動』とは、武術と魔法を使った立ち合いである。


狐人族に限らず、獣人族はより強い力を求めて立ち合いをすることはよくあることだ。


だが、実力が高ければその分、相手は限られてしまう。


エルバは、実力が拮抗する相手がいない為、差はあれども一番彼に実力の近いラファを立ち合いの相手としていることが多い。


マルバスがエルバを尋ねたこの日も、二人は運動と称して立ち合いをしていたのだろう。


「俺もラファも、怪我をするほどの間抜けではない。それよりも何の用事だ、マルバス?」


エルバは、ソファーに座ったままドアの前に立っているマルバスに鋭い目線を送る。


彼は視線に気付くと、表情を引き締めた。


「失礼いたしました。実は、奴隷販売の件でバルストの奴隷商から大口販売の相談がありました。何でも、今回の奴隷を一括で購入したいと言っているそうです」


「あれだけの奴隷を一括購入したい……? 詳しく聞かせろ」


マルバスは、エルバの言葉に頷き、丁寧にバルストの奴隷商からきた相談を報告した。


奴隷商の相談としては、以前から大規模に奴隷を欲する商会があったという。


今回の奴隷販売の情報を聞くなり、その商会が獣人の奴隷をまとめて購入したいという申し出があったらしい。


まとめ買いによる値引き交渉かと思ったが価格も適正であり、奴隷達をバラバラで売るよりも確実な利益が認めるということだった。


ただ、獣人の奴隷達を欲しがる他の商会や個人もいるので、マルバスが通じている奴隷商だけでは判断が出来ずに相談があったという事だった。


「私個人の考えとしては、確実な利益も出るのでまとめ買いしたいという商会に出して良いと思います。獣人の奴隷は私達が用意せずとも市場には出ますからね。今後に関しても、まとめ買いする者のおかげで次回の奴隷販売における相場も上がると思われます。兄上、いかがしましょう?」


エルバは報告を聞くと、口元を手で抑えてから少しの間を置いて声を発した。


「そうだな……確実な利益が見込めるなら問題ないだろう。ただ、そんなにまとめて欲しいのであれば、多少は値上げしても食いついてくるはずだ。価格はギリギリまで吊り上げて販売しろ」


「承知しました。では、そのように奴隷商にすぐ連絡を致したいと思いますので、私はこれで失礼致します」


マルバスは確認事項が終わると、エルバに対して一礼すると部屋を出ようとする。


だが、そんな彼の背中にエルバから声が掛けられた。


「待て……そのまとめ買いしたいという商会の名前は?」


「残念ながら商会は匿名を希望しておりますので、詳細までは……」


バルストにおける奴隷売買において、商会は必ずしも名前を出さなくても良い決まりになっている。


エルバは再度、口元を手で抑えて俯いた。


そして、何やら考え込むと少し間を空けてから顔を上げる。


「……バルストでそれだけの奴隷を購入して移送も出来る、という点を考えれば帝国もしくはレナルーテのどちらかだろう。しかし、二国とも奴隷を禁止している。その中で、奴隷を大量購入した者がいるという情報は、今後の役に立つかもしれん。販売と合わせて裏をとっておけ」


「畏まりました。その点も含めて確認を取っておくように致します。では、兄上、私はこれで失礼致します」


マルバスは淡々と返事をするとエルバに一礼して、今度こそ部屋を退室した。


彼が部屋から退室して間もなく、ソファーに座っていたラファが気だるそうに背伸びをしてからおもむろに立ち上がった。


「エルバ兄様。では、私もそろそろお暇致します」


ラファは、エルバに対して言葉を言い終えると一礼してから部屋を退室する。


特にそれをエルバが気にすることもなかった。


ラファは部屋から出ると、ニヤリと楽しそうな笑みを浮かべているのだった。

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