第183話 『魔力付加』

クロスの子供の事を尋ねて、どれぐらいの時間が経過したのだろうか? 彼は未だにご満悦な顔をして、家族の話しを続けていた。


「ね、リッド様、うちの娘は可愛いでしょ? これね、知り合いの絵師に頼んで小さい紙に娘と妻を書いてもらったんですよ。それで、いつでも、どこでも見られるように常に持ち歩いているんです。そしたら、ダイナス団長が娘と妻のどっちが好きって私に聞くんですよ。でも、そんなの決まっていますよね⁉ 妻も娘も両方に決まっています‼ リッド様はどう思われますか?」


クロスの妻子の自慢話を聞き続けた僕は、茫然とした顔を浮かべている。


そして、いつの間にか彼の話を右から左に流している状態になっていた。


だが、彼からの問いかけに僕はハッとして意識を取り戻す。


「……え⁉ あ、うん。そうだね、妻も娘も比べることは出来ないよね……」


「そうでしょ⁉ まったくダイナス団長は何を思ってそんなことを言っているのか……理解に苦しみますよ‼ それに……」


まだか……? まさか、まだ続くのか……? 僕の顔色が疲労困憊に染まって来たとき、救いの女神が声を発した。


「クロス副団長、もうその辺でおやめください。そもそも、リッド様に御妻子の魅力についてお話をされても、伝わりにくいでしょう。話すなら、伝わる方にされてください」


「む……確かにディアナの言う通りか。リッド様、長話に付き合わせて申し訳ありません」


ディアナという女神に指摘されたクロスは、言い終えると僕に向かって一礼する。


その様子に、僕はさすがに少し顔を引きつらせて乾いた笑みを浮かべていた。


「あはは……大丈夫だよ、子供の事を聞いたのは僕だしね。それよりも、さっき見せてくれた魔法を切り払う技を早く教えて欲しいかな……」


「あ⁉ そうでしたね。すっかり話に夢中になって忘れていました」


クロスは僕の問いかけに対して、明るい笑みを浮かべながら『つい、うっかり』という表情見せている。


その瞬間、僕の中に少し黒い感情とある疑問が浮かんだ。


(……ダイナス団長が、クロスの代わりにルーベンスを連れて行った本当の理由は、この性格のせいもあるのかな……?)


心の中で呟いた後、僕はハッとして首を横に振った。


僕はクロスの事をまだ良く知らない。


それなのに、決めつけてしまうのはよくないな。


それに、母上や父上に似ていると言ってくれたし、新しい技を教えてくれるというんだ。


僕はニコリと黒い笑みを浮かべる。


「冗談はほどほどにして、始めてもらってもいいかな?」


「そ、そうですね。では、ご説明させて頂きます」


僕が黒い笑みと一緒に醸し出した『黒いオーラ』を、感じてくれた様子でクロスは、少し決まりの悪い顔を浮かべると先程の魔法を切り払った『技』についての説明をおもむろに始める。


僕は先程の疲れも忘れて、話の内容に目を輝かせながら聞いていた。


内容は実に面白いもので、クロスがした事は、魔障壁と近いらしいが『魔力付加』と呼ばれている魔法の一種だそうだ。


その名の通り、『魔力付加』は『物』に対して術者の魔力を付加する事を指す。


クロスが先程見せた『技』は木剣に魔力付加をすることで『木剣と魔法』ではなく『魔法と魔法』をぶつけ合い、僕の放った魔法を相殺したということらしい。


僕は眉間に少し皺を寄せながら、確認するようにクロスに聞き返した。


「つまり……魔力を『物』に『魔力付加』して宿らせれば、『どんな物』でも魔法を相殺できるということ?」


「仰る通りですが、少し違います。確かに、魔力付加をすれば『どんな物』でも魔法を相殺できる武具には出来ます。ですが、魔法に対して『物』の耐久力が持たなければ、魔力付加をしても相殺する前に、物自体が壊れてしまいます」


物の耐久力が持たない? 魔力付与をしているのに? 僕は、クロスの言葉の意図に怪訝な表情を浮かべた。


クロスはそんな僕の顔を見て、笑みを浮かべながら説明を続ける。


「そうですね、わかりやすく言うなら『小石』を木剣で打ったとします。そうすると、小石は飛んでいきますが、打った木剣にも衝撃が少し来ます。魔力付加も一緒で、付加した物で魔法を相殺することは出来ますが、魔法を受け止めた時の衝撃まで消せるわけではありません」


「うーん……つまり、魔力付加をした物は魔法を消せても衝撃は消せない。だから、魔力付加した『物』が、攻撃魔法の衝撃に耐えきれないと相殺できないってことかな」


僕の問いかけに、クロスは頷くと木剣を見せながら話を続ける。


「仰る通りです。先程、リッド様の魔法を私が切り払った時も、それなりの衝撃がありました。魔法の威力がもっとあれば魔力付加をしていても魔法を受け止めた衝撃で、木剣が先に折れてしまい相殺は出来なかったと思います」


僕はクロスの説明を聞き終えると、考え込むように俯いた。


魔力付加とはまた面白い魔法だ。


攻撃魔法の相殺に使う事は出来るが、付加する『物』の質も重要になる。


そして、術者の魔力量と実力次第では様々なことを出来るのではないだろうか? 例えば……と考えていると、僕の中である疑問が生まれたのでクロスに投げかけた。


「……魔力付与による相殺は、魔力で生成された魔法に対して有効ってことだよね? なら『操質魔法』と呼ばれる魔法には効果が薄いのかな?」


クロスは僕の問いかけに、驚いたような表情を浮かべた。


「良くお気づきになりましたね。仰る通りです。土と樹属性の操質魔法は、魔力で生成された魔法ではありません。現存する土と樹を操っているので、『物体のある魔法』とでも言いますか。魔力付加をしていても、操質魔法で動く土や樹を簡単に斬ることはできません。あまり使う相手がいるとは思いませんが、土と樹の魔法を使う相手には魔障壁で対応するか、躱すかですね」


クロスの話を聞けば聞くほど、魔法の可能性を感じる。


反面、実際に魔法も剣も何でもありの戦いになった時にはかなり大変そう。


でも……魔法ってやっぱり面白いな。


僕が新しい魔法を知って嬉々とした笑みを浮かべていると、クロスが突然『パン』と手を叩いて音を響かせた。


「さて、リッド様、説明はこれぐらいにして、次な実際に『魔力付加』をしてみましょう。それが出来たら、私と魔法も使った立ち合いですよ」


「わかった、すぐ使いこなしてみせるよ‼」


満面の笑みを浮かべて頷き、返事をする僕にクロスは嬉しそうにニコリと微笑んでいた。 

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