第182話 魔法と武術
「ふふ……ファラも元気に過ごしているみたいだな」
僕は自室でレナルーテのファラから届いた手紙に目を通していた。
彼女とは、レナルーテの一件以降、手紙のやりとりを続けている。
母上の発信で『招福のファラ王女』という愛称が、屋敷の皆に広がった事を手紙に書いた時には、何やら彼女の慌てた様子が手紙を通して伝わってきて可愛かった。
愛称の由来に関しては、僕がファラに会いに行った事がきっかけで、母上の治療に関わる事やドワーフのエレン達に出会うなど、様々な良い事が立て続けに起きた、という話しを母上にするうちに『招福のファラ王女』の愛称が定着したと手紙で伝えている。
本当は、『感情によって耳が動くダークエルフは珍しい為、招福の象徴』という事をカペラが母上にうっかり話したことで、広まった愛称だ。
ファラは感情によって、耳が上下に動いてしまう事がある。
本人から、まだ直接その事について話されていないので、僕は話されるまでは知らないふりをしておくつもり。
僕は手紙を最後まで目を通すが、最後の一文だけが気掛かりだ。
「……それにしても、ファラの言う『バルディア領に行ったらお見せしたい事があります。アスナも褒めてくれているので、楽しみにしていて下さい』って何の事だろう……?」
ファラと手紙のやりとりを開始すると、早い段階で何やら新しい事を始めたという記載が手紙にはあったけど、その内容は一貫して教えてくれない。
彼女は突拍子もない事をいきなり始める所があるので、そこだけが気になる。
まぁ……そんなところもファラの魅力だけどね。
でも、アスナが誉めているという事は、周りも彼女がしていることを認めているという事だろうから、そこまで心配しなくても大丈夫なのかな? 僕がファラの手紙を手に少し考えていると、ドアがノックされた。
ファラの手紙を片付けてから返事をするとドアが開かれ、ディアナの声が響く。
「リッド様、失礼致します。そろそろ、クロス様と訓練の時間でございます」
「あ、そうだね。わかった。すぐに行くよ」
僕は返事をした後、すぐにディアナと訓練場へ向かった。
◇
訓練場に着くと、そこにはすでにクロスとカペラの姿があり、僕は足早に近寄った。
「ごめん、クロス、待たせたかな?」
「いえいえ、私も先程来ましてカペラさんと色々とお話をさせて頂いておりました」
クロスは僕に一礼して顔を上げると、視線を僕からカペラに移す。
カペラは無表情だが、少し明るい雰囲気を醸し出しながら彼も僕に一礼した。
「はい、クロス様は冒険者時代にレナルーテにも来たことがあるそうなので、少し話をしておりました」
「そうなの? クロスってレナルーテにも行った事があるんだね。ちなみに、他の国にも行ったりしたの?」
僕はカペラに返事をしながら、途中で視線をクロスに移す。
クロスは少し照れくさそうに頬を掻いている。
「そうですね。さすがに海を越えてはいませんが、マグノリアの周辺国全部に行った事はありますよ。その経験も、バルディア騎士団に入れた要因でもありますからね」
「おお、それなら今度、色んな国の話を聞かせてもらおうかな」
僕は彼の言葉を聞いて、感嘆の表情を浮かべていた。
バルディア騎士団に入団する前は冒険者と聞いていたけど、クロスがそんなにあちこちの国に行ったことがあるなんて知らなかったからだ。
クロスは僕の言葉に嬉しそうにニコリと笑った。
「ふふ、いいですよ。今度、その辺りも色々とお話致します。ですが、今日は『魔障壁』と『武術』を組み合わせた実戦訓練です。よろしいですか?」
「うん、いよいよって感じだね」
準備運動を行った後、僕とクロスは訓練場の真ん中に移動して、クロスは木剣を、僕は木刀を構えて正面に対峙した。
「では、リッド様。魔法と武術の実践訓練を行いますが、その前にお見せしたい『技』があります。一度、私に魔法を撃ってください」
「……? いいけど、でも危なくない?」
クロスの言葉に僕は怪訝な表情を浮かべるが、彼はそんな僕の顔を見て不敵な笑みを浮かべている。
「ご心配には及びません。あ、ただ、威力はほどほどで、撃つ時は名前を言ってくださいね」
「わかった、それじゃあ撃つよ……火槍‼」
僕は頷くと、自信ありげな彼を見据えながら片手を差し出して魔法名を唱えた。
その瞬間、僕の手から『火槍』が生成されクロス目掛けて真っすぐに飛んで行く。
でも、クロスは避けずに木剣を構えたままに飛んでくる魔法に対峙する。
まさか、当たってみるつもりなのだろうか? 僕が心配したその時、クロスが雄叫びを上げた。
「はぁああああああ‼」
クロスは飛んでくる僕の魔法が、間合いに入った瞬間に木剣で魔法を切り払ったのだ。
切り払われた魔法はその場で消滅する。
だが、彼の木剣には傷一つ付いている様子はない。
僕は目の前で起きた一瞬の出来事に驚愕して、興奮しながら目を輝かせていた。
「……⁉ 噓‼ え、今、何やったの⁉」
「ふふ、見た通りですよ、リッド様。魔法を切ったのです。今の『技』をこれからお教えいたします」
『魔法を切る』そんな事が可能なのか⁉ でも、実際にクロスは僕の『火槍』を彼の言う『技』によって木剣で切って見せた。
つまり、何かしらの方法を用いているのだろう。
そして、彼はその方法を僕に教えてくれると言っている。
僕は新しい『技』の興味に興奮を抑えきれずに思わず彼に駆け寄り、満面の笑みを浮かべた。
「本当⁉ 本当にその『技』を教えてくれるの‼ 嘘だったら、絶対に、絶対に許さないからね‼」
「勿論です、嘘なんか言いませんよ。ただ、仕組みを説明しますので少し離れてもらってもよろしいでしょうか?」
「え? あ、うん。ごめん」
クロスの間近に迫っていた僕は、興奮しすぎた恥ずかしさから少し顔を赤らめながら彼から少し離れた。
すると、彼が僕の顔をじっと興味深げに見ている。
どうしたのだろうか?
「……? どうかした? 僕の顔に何かついているかな?」
「あ、いえ。間近で見るとリッド様は、本当に整った顔立ちをされているなと思いまして」
「え……⁉ そ、そうかな……?」
思いがけないクロスの言葉に、僕は気恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じていた。
そんな僕の様子に、彼は優しげな笑みを浮かべる。
「髪色はライナー様ですが、お顔はナナリー様と良く似ておられます」
「う、うん。そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう……」
父上と母上の良い所を譲り受けたか、あまり考えた事はなかったけどそう言われると凄く嬉しいな。
僕は思わず「えへへ」と顔を綻ばせていた。
そういえば、クロスにも子供がいるんだっけ? と思い出した僕は、彼に子供の事を尋ねた。
「そういえば、クロスにも子供がいるんでしょ?」
僕の言葉を聞いた途端、クロスは満面の笑みを浮かべ声、高らかに言った。
「よくぞ聞いてくれましたリッド様‼ 私にはメルディ様と同い年の娘がいるんですが、それが母親似でして……とても可愛いんですよ‼」
「そ、そうなんだね」
クロスは人が変わったように顔が綻び、幸せ一杯というような表情になると子供の話が止まらなくなってしまう。
僕はそんなクロスに顔を引きつらせるが、こちらから聞いてしまったので止めるわけにも行かず、しばらく彼の娘自慢に耳を傾けるのであった。
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