第181話 クリスと騎士団の出立
「ごめんね、クリス。僕も一緒に行ければ良かったんだけど……」
「大丈夫ですよ、リッド様。団長のダイナスさんに加えて、ルーベンスさんも居ますからいつも以上に安全ですからね」
僕の心配をよそにクリスは自信ありげにニコリと笑みを浮かべている。
クリスとダイナス達がバルストに出発する今日、僕は皆の見送りに来ていた。
以前、打ち合わせした時に奴隷購入をした際に考えられる一番の問題点が、奴隷を移送するための人員や馬車などだ。
だが、人員はバルディア騎士団から、馬車は冒険者ギルド、サフロン商会などから台数を用意することが出来た。
後は、奴隷の子達をバルストで購入するだけの状態というわけだ。
本当は僕も直接、バルストに行きたかったけど、立場的にそれは許されない。
その為、今回はクリスとダイナス達に任せることになった。
僕は笑顔を浮かべているクリスにスッと書類の入った封筒を差し出す。
「はい、クリス。これが、バルストに行けない僕に出来る事だと思う。お守りだと思って、いざという時に使ってね」
差し出した封筒をクリスは受け取ると、少し不思議そうな表情を浮かべた。
「……? ありがとうございます。中身を見てもよろしいでしょうか?」
「うん、開けてみて」
僕が彼女の言葉に頷くと、クリスは丁寧に封筒を開けて中の書類を取り出す。
その後、書類に目を通すと彼女は表情が驚きに変わった。
「リッド様、これって……‼」
「ふふ……驚いた? 一応、打ち合わせの時にも話していたけどね。その書類の内容は見てもらった通り、クリスがバルディア家に所縁のある事を証明するものだよ。うちの紋章付で記載されているから、よほどの愚か者でない限りクリスには手出しできないと思う」
驚きの表情を浮かべたままのクリスに、僕はニコリと微笑んだ。
バルストは人族以外が奴隷として売買が可能だけど、その中でも価値の高い商品と取引されるのが『エルフ』や『ダークエルフ』になるらしい。
『ダークエルフ』に関しては、外交上の問題からバルストは禁止しているけど、『エルフ』に関しては特に禁止されていないそうだ。
そんなところに、クリスが行けば『カモが葱を背負っていく』ものだと思う。
勿論、ダイナス達騎士団の護衛もあるし、本人も変装するので危険性は低いかも知れないけど、それでも万全を期す必要はある。
僕は笑顔のまま、クリスに話を続けた。
「後ね、書類だけじゃないよ。封筒の中にまだ何かあるはずだから、取り出してみて」
「え……? は、はい」
クリスは、僕の言葉にハッとすると封筒を逆さにして、中にあった『物』を掌の上に取り出す。
最初は『なんだろう?』と怪訝な表情をみせるが、それが何か分かったクリスは再度、驚きの表情を浮かべていた。
「リッド様‼ これって、バルディア家の紋章じゃないですか⁉」
「そうだよ。エレン達にお願いして作ってもらった、うちの紋章が描かれた『メダル』だね。さっきの書類と合わせれば、絶対的な身分証になると思う。僕の名前も入っているから、悪用しちゃダメだよ? お守りとしても、クリスに持っていてほしんだ」
僕の言葉を聞いたクリスは驚愕した様子で呆気に取られているみたい。
この世界では、貴族の紋章が入った物を勝手に模造して利用をしようものなら、貴族の裁量次第である程度は如何様にも出来る。
そもそも、貴族の紋章を模造するのは悪用目的がほとんどだ。
その為、勝手に何かしようとした人物は基本的に処刑されることが多い。
勿論、冤罪を防ぐために証拠提出や裁判なども行われるが、厳罰なのは周知の事実である為、貴族の紋章に手を出す者はまずいない。
クリスは、バルディア家の紋章の入ったメダルを持った手を震わせながら、恐々として遠慮する様子を見せた。
「いや、でも……さすがにここまでしなくても……」
彼女の言葉に僕は顔つきを変えて大きな声を上げた。
「そんなわけにはいかないよ‼ クリスはバルディアに……そして、僕に必要な人なんだからね‼ 万が一の事を考えたら、これぐらいは当然だよ」
「あ……⁉ はい……お、お守り……ですもんね。わ、わかりました……では、書類とメダルは共に有り難く使わせて頂きます……」
僕の剣幕に押されたのか、クリスはたじろぎながら頷くと、そのまま俯いてしまった。
少し言い過ぎたかな? 僕は、俯いてしまった彼女の顔を心配そうに覗き込んだ。
「強く言って、ごめんね。でも、クリスにもしものことがあったら、僕は自分の事を絶対に許せないと思う……だから……ね?」
「……‼ わ、わかりました‼ わかりましたから、あまり顔を覗きこまないで下さい‼」
クリスは照れた様子で、両手の掌を僕に向けながら『わたわた』した様子を見せている。
そんな、僕達のやりとりを見ていた人物が豪快な声で話しかけてきた。
「リッド様‼ ご心配なさるな‼ 私とルーベンスが、クリス殿をしっかりお守り致しますのでご安心下さい」
声がした場所に僕とクリスが振り向くと、そこに居たのは太陽の光で頭のスキンヘッドが光っている、ダイナス団長だった。
彼はいつもの騎士団の制服とは違い、荒くれ者の冒険者という感じの服装をしている。
すると、ダイナスの後ろから、これまた冒険者のような恰好をしているルーベンスが現れた。
「そうです。私も今回、バルストに同行いたしますから、リッド様の分も含めてクリスさんをお守り致します」
「うん、ダイナス団長とルーベンス、クリスの事をどうかよろしくね」
ダイナスとルーベンスは僕の言葉に対して、ニコリと笑みを浮かべた後に頷き、一礼する。
二人が顔を上げると、クリスも交えて僕達はそのまま談笑をしていた。
すると、父上がこちらにやってきてクリスにおもむろに声を掛ける。
「クリス、苦労をかけるがよろしく頼む」
「はい、承知しております。必ず、ライナー様と、リッド様のご期待に応えてみせます」
彼女は言葉を紡ぎながら父上と僕を交互に見ると、力強く凛とした声を発した。
その様子に、父上はニコリと笑みを浮かべる。
クリスの言葉を聞いた後、ふとこの場にいない『エマ』のことが気になった僕はクリスに尋ねた。
「そういえば、エマは? 今回は行かないの?」
「いえ、エマも今回は行きますよ。ただ、出発の最終確認で忙しいみたいです」
クリスは言いながら、視線を彼女自身が乗る馬車に向けた。
僕もクリスの視線を追うように馬車に目をやると、確かにそこには忙しそうにしているエマの姿が見える。
エマは僕達の視線に気付くと、ニコリと笑みを浮かべた後に駆け寄って来た。
「リッド様、ライナー様、それに皆様、いつもお世話になっております」
エマは言葉を言い終えると、僕達を見回してから一礼する。
そして、顔を上げると視線をクリスに移した。
「クリス様、確認も終わりました。いつでも出発できます」
「わかったわ。ありがとう、エマ。……では、リッド様、そろそろ出発しようと思います」
クリスはエマに返事をして頷いた後、おもむろに僕に視線を移して最初に見せてくれた自信に満ちた笑顔を浮かべる。
彼女の笑顔を見た僕は頷くと、手を差し出してクリスと力強い握手を交わした。
「うん……道中、気を付けてね。大変な役目だけど、お願いね。それから、絶対に無理、無茶はしないこと……約束だよ?」
「ふふ、わかりました。無理はしないとお約束致します。お言葉とご心配頂きありがとうございます」
彼女は言葉を言い終えると、馬車に乗り込んだ。
クリスが馬車に乗り込むと、ダイナスやルーベンス達も馬に乗り出発の号令をかけた。
こうして、クリスティ商会の馬車を守るように、一団はバルディア領からバルストに向けて出発する。
その一団が見えなくなるまで、僕と父上はその場で見送るのであった。
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