第176話 魔障壁で魔法を受ける
「何を言い出すのかと思ったら、また物騒な事を言い出すね……」
「いえいえ、ちゃんと力加減をしますから大丈夫です。それに、魔障壁で魔法を受けると多少の衝撃と魔力消費を感じますから、経験しておくことに越した事はありません」
僕は呆れた表情を浮かべて、サンドラの話を聞いていた。
魔障壁を彼女におしえてもらい、無事に発動出来るようになったら、今度はその魔障壁で魔法を受けてみようというのである。
中々、無茶な事言っていると思う。
でも、確かにクロスとの訓練前にしておくことに越したことはないのかな? 僕は『うーん』と思案してから、頷いた。
「……わかった。じゃあ、サンドラの魔法を僕が魔障壁で受け止めればいいんだね?」
サンドラが僕の言葉を聞いてニヤリと、楽しそうに笑みを浮かべた。
「はい、さすがはリッド様です。では、私が『火槍』をリッド様の魔障壁に放ちますので、受けてみて下さいね」
「わかった……って、あれ? サンドラに『火槍』を教えた事あったかな?」
僕は彼女から放たれる魔法の名前が、『火槍』と知って少し驚いた表情を浮かべていた。
『火槍』は僕が作り出した攻撃魔法の一つだ。
様々な属性の攻撃魔法を試して創る時に、魔法の名前の有無しではイメージの出来具合が全然違う。
口に出さなくても良いけど、心の中で『魔法名』を呟けばすぐにイメージと魔法が繋がって、無詠唱がしやすくなる。
だけど、全属性持ちの僕はそれぞれに名前を考えるのが大変だったので、『属性名の最後に槍と付ける』という安直な方法を取った。
魔法の内容も、相手に対して『魔法で生成された槍』が飛んでいくというわかりやすいものだ。
しかし、サンドラは僕の言葉を聞いて、何やら呆れた表情を浮かべている。
「何を言っているんですか? 『魔法の教育課程』において、教える魔法はこの『槍魔法』に統一したじゃないですか」
「あ……⁉ そっか。そうだったね」
サンドラの言葉に僕はハッとして思い出していた。
そう、今度くる奴隷の子達に教える際に、基本となる攻撃魔法は僕が創った魔法が採用されているのだ。
実はこれにはちゃんとした理由がある。
奴隷の子達に魔法を教える際、わかりやすい基本魔法は何か? という議題になった。
だけど、そこで問題が発覚する。
同じ魔法でも地域や教える人によって、『火球』と『ファイアーボール』みたいに若干名前が違ったのだ。
さらに問題だったのは、魔法名が一緒でも教える人によって内容が若干違う場合もあった。
恐らく、魔法教育が確立されていないので、基本魔法にも誤差と言うか差異が生まれていったのだと思う。
とても興味深くて面白い発見だったけど、教育をしていく事に関しては大きな問題だった。
同じ『魔法』なのに教える人によって言う事が違う、というのは教育環境としては最悪だ。
教える先生となる人達に、魔法を修正のお願いをしてもイメージが固まっているので、すぐには難しい。
その結果、僕の魔法を先生となる人達に新しく覚えてもらうことにしたのだ。
『属性名の後に槍』と付くだけだから覚えやすくてイメージもしやすいと好評で、皆からは『槍魔法』と言われるようになっていた。
サンドラは僕のハッとした様子に、怪訝な表情を浮かべた。
「魔法を教える立場の先生となる、私を含めた研究員達が、『槍魔法』を練習して使えるようになっているのは当然です。まぁ……さすがに考案者のリッド様ほどは、『私以外』上手に扱えませんけどね」
サンドラは『私以外』という部分をとても強調しながら、どや顔を決めた。
彼女は僕に対して『魔法』に関しては、あまり負けたくないようで僕と結構張り合う姿勢をみせるところがある。
でも、僕はサンドラに魔法で勝っているなんて思ったことはない。
むしろ、教えてもらっている立場だ。
それなのに、張り合う彼女が少し可笑しくて僕は笑みを浮かべた。
「ふふ、そうなんだね。でも、皆が使えるようになってもらえたのは嬉しいよ。じゃあ、その魔法を見せてくれるかな?」
彼女は僕の笑みに何やら不服そうな表情を浮かべている。
サンドラの負けず嫌いな所に少し触れてしまったかもしれないな。
サンドラは僕の言葉に頷くと、少し顔つきが鋭くなった。
「……良いでしょう。では、少し離れて頂いてリッド様が魔障壁を発動したら私が『火槍』を放ちます。都度、確認しながら放ちますので、もし魔障壁の発動が難しい場合はすぐに言って下さいね」
「わかった。じゃあ、念のために僕の後ろには何もない場所に移動するね」
僕は言い終えると、サンドラから少し離れた場所に移動した。
当然、僕の後ろには何もない平野が広がっている。
これで、サンドラの魔法が万が一、逸れてしまっても問題はないだろう。
僕は深呼吸をしてから『魔障壁』を発動させる。
発動した感覚を掴むと、サンドラに向かって叫んだ。
「サンドラ、いいよ‼」
「わかりました。では、放ちます……火槍‼」
サンドラは僕の返事に頷くと、僕に向かって掌を見せるように腕を差し出すと魔法名を唱える。
その瞬間、彼女の手から魔法が発動されて、僕目掛けて真っすぐに飛んできた。
だが、『火槍』の大きさは小さいので、そこまで恐怖は感じない。
僕は緊張した面持ちで、飛んでくる魔法を見据える。
そして、魔障壁にサンドラの発動した『火槍』が接触した。
その瞬間、火槍が魔障壁にぶつかった衝撃で爆発して、辺りに爆発音が響く。
僕は、発動していた魔障壁に『火槍』が接触した感覚と魔障壁の維持に魔力消費をした感覚に襲われた。
「凄い……これが、魔障壁か……」
事が終わると、僕は目の前で起きた事と味わった感覚に感動していた。
『火槍』を魔障壁で受け止めた時の感覚は、体全体に少しだけ衝撃を感じる程度で、痛みはない。
ただ、『火槍』が魔障壁にぶつかった瞬間に、魔力をグッと持っていかれる感覚があった。
だが、その魔力の量は僕にとってはそこまで大きなものではない。
僕は目を輝かせて、サンドラに聞こえるように叫んだ。
「サンドラ‼ 魔障壁って凄いね‼ もっと試したいから、どんどん『火槍』を打ってみて‼」
彼女は少し呆れたように、小さく首を横に振ってから再度、掌を見せるように僕に腕を差し出した。
「わかりました。でも、やり過ぎは禁物ですからね。ある程度やったら終わりにしますよ」
サンドラは言い終えると、その後『火槍』を何度も僕に向かって放ってくれた。
威力も最初より、少しだけ強くしてみたり、連続で撃ってきたりと変化も付けてくれる。
これは……楽しい。
魔法を間近で見ることが出来ると言うのもあるし、魔法の威力を肌に感じながら僕自身は全くの無傷。
一般的には、消費する魔力量は多いかもしれないけど、僕からすれば微々たるものだ。
調子に乗った僕は目を輝かせながらサンドラに聞こえるように大声で言った。
「サンドラ‼ お願い、一度だけ本気で魔法を撃ってみてよ‼ 絶対に耐えてみせるからさ」
「えぇ⁉ そんなこと出来るわけありません‼ 怪我でもしたらどうするんですか‼ 馬鹿な事を言うならもう終わりにしますよ‼」
サンドラはこんな時だけ優等生だった。
僕はサンドラの言葉に対して『むぅ』と不満そうな表情を浮かべる。
だけど、僕はすぐにハッとして、意地悪な笑みを浮かべてサンドラに対して言った。
「わかった‼ サンドラは『研究専門』だから、攻撃魔法は苦手なんだね‼ それなら、しょうがないよね‼」
僕が言葉を言い終えると、どこからか『カチン』と金属音がなるような冷たい音が聞こえた気がする。
そして、僕の背筋にヒヤッとする何かを感じるが、それがすぐにサンドラが醸し出す『殺意』に似た何かであることに気付いた。
僕は思わず慄いて顔を引きつらせるが、彼女は眼鏡を外して懐にしまうと不敵で怒りに染まったような目で僕を睨んでくる。
当然、こんなサンドラを僕は見た事がない。
「ふふ……よくも『陰険女』とか『研究畑の芋女』やら『もやし女』と散々に言ってくれましたね……⁉」
「え……⁉ そ、そんなこと誰も言ってないよ‼」
どうやら僕は、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
『NGワード』という奴だろうか? 彼女は怒りで我を忘れたかのように高らかに叫んだ。
「いいでしょう……大サービスでご覧に入れましょう、私の本気を‼」
「えぇ……」
サンドラは言い終えると、僕の呆れた顔などに見向きもせずに魔力を手に込め始めた。
だが、僕はその様子に驚愕した。
なんと彼女は、組んだ手の中に魔力を込め始めて『圧縮魔法』を発動しようとしている。
僕はさすがに慌てて叫んだ。
「サンドラ‼ それはやり過ぎだよ‼」
「アハハ‼ どうですか‼ すでに、家どころか屋敷を吹き飛ばせるほどの魔力が溜まっていますよ‼」
いやいや、どこかの悪役のようなセリフを吐かないで欲しい。
というか、家や屋敷を吹き飛ばしてどうするつもりなのか? それよりも、サンドラの人が変わっている気がする。
これは……さすがに危険かも。
そう思った瞬間、怒号が訓練場に響いた。
「お前達‼ 何をやっているんだ‼」
いきなりの怒号に僕はビクっと体を震わした。
そして、声の主を探すと、そこに居たのは鬼の形相をした父上と、呆れた顔をしながら首を横に振っているディアナとカペラだった。
サンドラも父上の姿に気付いて魔法の発動を止めたようだ。
僕は急いで父上に駆け寄ると、すぐさまペコリと頭を下げて謝った。
「申し訳ありません。つい、魔障壁の訓練に熱くなり過ぎました。サンドラは悪くありません。僕が調子に乗ってしまいました……」
「はぁ……全く、お前は目を離すとすぐこれだ……もう少し、自重しろ‼」
「は、はい。申し訳ありません」
僕が謝る様子に父上は呆れた表情を浮かべている。その後、父上はサンドラに視線を移した。
「サンドラ、いつもの君らしくないぞ……」
「……はい、申し訳ありません」
サンドラはいつもの様子と違い、借りて来た猫のようにしおらしくしている。
その様子に僕は、それこそ『サンドラらしくない』と違和感を覚えた。
だが、その違和感の正体を考える前に父上が言葉を発した。
「……それで、原因はなんだ?」
「えーと、それはですね……」
僕はバツの悪い顔をして父上に、事の経緯を伝えた。
魔障壁の訓練が楽しくて、サンドラを挑発してより強い魔法を撃って欲しいとお願いしたことを説明すると、父上は腰のサーベルをおもむろに抜刀して、僕の鼻先に切っ先を向ける。
僕はサーっと青ざめた表情で父上に訊ねた。
「え、えーと、父上、これは?」
「ふふ……どうやら、また性根を直す必要があるようだ。魔障壁の訓練だろう? 私が特別に手伝ってやろう。私の『本気の斬撃』を、どれほどお前の魔障壁で耐えられるか、見物だな……」
父上の本気の斬撃……興味はあるが怖すぎる。
僕は、青ざめた顔で必死に弁明しようとした。
「父上、その、もう少し、別の方法では……」
「馬鹿者‼ 問答無用だ‼ その性根、叩き直してやろう‼」
こうして僕は、魔障壁で魔法と物理攻撃の両方を受けることになった。
ちなみに、父上の斬撃を食らった魔障壁は一撃で消し飛んだ。
その際、大量に魔力は持っていかれるし、衝撃も凄かった。
それらを容赦なく、父上に反復させられたのは言うまでもない。
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