第155話 動き出すバルディア領・3
「クリス、今日はありがとうね」
「いえいえ、私も良い話が色々できました。それに、リッド様は考えることは良い意味で『型破り』なことが多いので一緒に仕事が出来て楽しいです」
クリスは僕の言葉にニコリと笑みを浮かべながら返事をしてくれる。
しかし、「型破り」か。
でもそれはもうしょうがないと思う。
この世界にまだ知られていない「常識」を前世の知識を使いながら、色んな物を生み出そうとしている。
だから、何をどうした所で「型破り」と言われるのだろうと僕は半ば開き直っている。
でも、いずれ「型破り」と言われるようになるのは僕だけに留まらないはずだ。
僕はニヤリと笑みを浮かべた。
「ふふ……いずれ僕以外の皆も『型破り』と言われるようになると思うよ?」
「え? あはは、リッド様、さすがにそれはないと思います。リッド様だけですよ」
彼女は僕の言葉を聞くと表情をキョトンしてから、すぐに楽しそうに笑いながら言葉を紡いだ。
そんな、クリスに僕がニコリと笑顔で返事をすると同時に、部屋のドアがノックされた。
僕が返事をすると、ディアナの声が聞こえて来た。
「リッド様、お話し中に申し訳ありません。ライナー様が、クリス様とのお話が終わり次第、執務室に来るようにとのことです」
「……? 父上が? わかった。終わり次第、すぐに行くよ」
僕の言葉を聞いたクリスは残っていた紅茶をサッと飲むと立ち上がり、僕を見据えた。
「リッド様、必要な打ち合わせも出来たので、今日はこの辺で私はお暇致します」
「う、うん。ごめんね、急かすような感じになってしまって」
「いえいえ、お気になさらないで下さい」
クリスは僕にニコリと綺麗な笑顔を見せるとそのまま、応接室を後にする。
僕は彼女を玄関まで見送ると、父上が待っている執務室に急いだ。
◇
部屋に辿り着くと、ドアをノックして父上の返事を聞いてから中に入った。
「父上、お呼びでしょうか?」
「ああ、クリスと話していたのだろう? 知らずに呼び出してすまんな」
父上は僕の顔を見ると、少し申し訳なさそうな声で言った。
どうやら僕がクリスと打ち合わせ中だったことを知らなかったらしい。
僕はニコリと笑みを浮かべて返事をした。
「いえ、打ち合わせは終わっておりましたので、お気になさらないで下さい。それよりも、どのようなご用件でしょうか?」
「先日から話をしていた屋敷と宿舎建造の件だ。まぁ、座れ」
僕は父上に促されるままに、いつものように父上と机を挟んで向かい合ってソファーに腰を落として、父上を見据えた。
「……父上、それで建造の件と言うのは?」
「うむ、業者より日程などのおおまかな見積もりが返って来た。それによると、お前が依頼した養鶏場と奴隷達の宿舎は半年程度で用意できるそうだ」
「そうですか。思ったより早いですね」
宿舎は二百名規模で設計しており、一部屋に二段ベッドを二台設置して四名程度で過ごしてもらう予定だ。
様々な技術も勉強してもらう為に、部屋には四人が並んで座れる長机なども用意している。
他にも大きな食堂や浴場、教室などを備えた建物も宿舎に併設するので「学校と学寮」と言ったほうが良いかもしれない。
全体的な作りは質素の予定だが正直な話、バルディア領にいる領民よりある意味では良い生活が出来るだろう。
その分、彼等には沢山の勉強と修練付けという困難が待っている。
恐らく、簡単にどちらが良いとは言えないと思う。
父上は僕の言葉に少し呆れた様子を見せた。
「しかし、奴隷として領地に引き入れた者達に、ここまでの住居等を用意するとはな。前例もないし、普通では考えられん。他の貴族達が知れば、私は頭がおかしくなったと疑われかねんな」
「ふふ……良いではありませんか。行う事にいつも前例があるわけではありません。むしろ『前例』は作るものと存じます」
父上は僕の言葉を聞いてハッとしてから僕を見るも、すぐに額に手を当てながら俯いて、ため息を吐いた。
「はぁ……その考え方が『型破り』と言われる所以だと思わないのか? お前を目立たないように庇う身にもなって欲しいものだ……」
「……その点については、父上に感謝してもしきれません。ですが、僕がこれから行う事はきっと『型破り』なことばかりになると思います。でも、その変わり、領地は絶対に発展させてみせます」
僕は決意に満ちた目で、父上を見据えながら気持ちを込めて言葉を紡いだ。
確かに、「奴隷」としての宿舎であれば、ここまでする必要はないのかも知れない。
でも、僕は彼らを「奴隷」としてではなく、僕が目指す道を一緒に歩む「仲間」として迎え入れるつもりで考えている。
どんな人達が来るかはまだわからない。
それでも、一つだけわかることがある。
奴隷になりたくてなる人なんていないということだ。
彼等にどんな苦労があったかはわからないけど、好き好んで奴隷になった人はいないと思う。
だからこそ、出来る限り、暖かい環境で迎えてあげたい。
何よりも迎えた皆にはバルディア領を好きになって欲しい。
これは僕の独善的な思いかもしれないけど、しないよりは絶対にした方が良いに決まっている。
父上は僕の目を見ると、諦めたように息を吐いた。
「ふぅ……わかっている。リッド、お前がしようとしていることは必ず将来的に大きな力になるだろう。それが私にも見えたからこそ、莫大な初期投資をしているのだ。今回の件はバルディア領が大きく飛躍する機会と捉えている。私も出来る限りのことをするつもりだ。やるだけやってみろ」
「……‼ はい、父上‼」
僕は父上の背中を押すような言葉を聞いて嬉しくなり、力強く返事をした。
その様子に、珍しく父上の表情が少し綻んだ。
だが、すぐに咳払いをしていつも通りの厳格な表情になった。
「ゴホン……それはそうと、問題はお前とファラ王女の新屋敷建造だ。これは、宿舎と違って質素に作るわけにはいかん。設計の内容も多いからな、期間は今から短くても一年はかかるそうだ」
「一年ですか……ファラ王女を少し待たせてしまいますね」
一年という期間を聞いて僕が少し声を落とすと、父上は僕の言葉を聞くと諭すように話しを続けた。
「だが、半年後には奴隷達を迎え入れるのだろう? これから、準備で忙しくなるうえ、迎え入れたら後はさらに忙しくなるのだ。一年後であればその辺も少しは落ちついているだろう」
確かに宿舎が半年後に出来る見通しが立ったいま、サンドラとルーベンス達に、彼らに学んでもらう教育課程を完成させないといけない。
さらに教材の準備もいるだろう。
クリスにも半年後を目途に動いてもらう必要が出て来る。
僕は父上を力強く見据えながら言った。
「そうですね……ファラが来るまでに、全部終わらせられるよう頑張ります‼」
「ふふ……その意気だ」
その後、父上としばらく話をした僕は、執務室を後にして自室に戻ると、ファラに関わる事柄を手紙に書き始めた。
それから、黙々と手紙を描き続けた僕は息を吐いた。
「ふぅ……こんな感じでいいかな?」
僕はファラに送る手紙を書く作業の手を止めて「うーん」と体を伸ばした。
そして、おもむろに執筆中の手紙に視線を移して見直し終わると、ふと呟いた。
「ファラは、元気にしているかな……」
◇
その日、バルディア領から離れた場所の同じ時、獣人国のとある部族が過ごす屋敷の豪華絢爛な一室で、二人の男が下卑た笑みを浮かべながら楽しそうに笑っていた。
「親父、例の件はどうだ? うまく進んでいるのか?」
「ああ、エルバ、お前の案のおかげで今回も儲かりそうだよ」
一人は、普通の体格をしているが、エルバと呼ばれた男は身長が三メートルはありそうな大男である。
そして、二人には人族には見られない特徴のある尖った耳と、フサっとした尻尾が生えている。
彼等の耳と尻尾の形は「狐」を連想させる物であった。
二人は机を挟んで座っており、机の上には書類と酒の入った瓶とグラスが置いてある。
エルバと呼ばれた大男は酒をグイっと一気に飲み干すと上機嫌な様子で言った。
「ふふ……どうせ、放っておいても死んじまうクズ達だ。それなら、少しでも生き残れる可能性がある『奴隷』として他国に売る方が、まだ救いもあるし俺達の軍資金にもなる。我ながら素晴らしい考えだ」
「確かに……我ら狐人族が『獣人国ズベーラ』の王として名を馳せる為の礎になれるのだ。彼らも、領民として満足しているだろう」
二人はグラスに入った酒を、互いに一気に飲み干しながら上機嫌になっている。
エルバと呼ばれた大男は、引き締まった筋肉質の体をしており、その体格は見る物を圧倒する姿である。
さらに、目は鋭いが顔は整っており、力強く逞しい美男と言ってよいだろう。
エルバは突然、無表情になると威圧するような目で男を睨んだ。
「……ところで、他の部族共から、売れるガキの仕入れは出来ているのだろうな? 俺達、狐人族のガキだけ数が多くても、良い値はつかん。全部族がある程度揃う事で価値が上がって高く売れる……わかっているな?」
「……⁉ あ、ああ、当然だ。お前の指示通りに出来ている。それに、初めてするわけじゃないからな。口減らしや金に目が眩んだやつらもいる。ちゃんと、十一部族は集まる算段は付いているよ」
エルバに睨まれた男は、体を一瞬硬直させてから、まるで上司に報告でもするように答えた。
男の言葉を聞いた、エルバはニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「ふふ……そうか、それなら良い。ちなみに、いつぐらいまでに集まりそうだ?」
「う、うむ……半年後には全部族から集まるだろう」
半年後という言葉を聞いたエルバは満足そうな顔しながら、グラスに酒を注ぐとそのまま一気に飲み干した。
その様子を見ていた男は恐る恐るといった様子で尋ねた。
「と、ところで、三年後の『獣王戦』は大丈夫なのだろうな? その為に、こうして奴隷となるガキを集めて軍資金を集めているのだぞ?」
「親父……自分の息子が信じられないって言うのか? 安心しろよ、その為の準備は常にしているさ。むしろ今日、今すぐにでも『獣王戦』をしたいぐらいだ……」
エルバは親父と言った男を威圧するように睨むと、忌々し気に言葉を言い放った。
男は、その様子に慄きながらもエルバに言葉を続けた。
「そ、そうか。それなら良い。お前の言う通りにすれば狐人族が部族をまとめる『獣王』になれる……そうだな?」
「親父、安心しろ……俺は獣人族の王になる男だ。あんたを必ず、『獣王』の父にしてみせるぜ……ふふふ……ははははは‼」
豪華絢爛な部屋の中でエルバの豪快な笑い声は、いつまでも響くのであった。
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