第二章
第156話 新たな決意
「ふぅ……もうすぐ完成か……」
僕は、自室で天井を見ながら一人呟いた。
父上から奴隷を迎える宿舎建設の日程を教えてもらってから、もうすぐ半年が経過しようとしている。
ちなみにその間に僕は七歳、メルは五歳になった。
そして、新屋敷建造はまだ、時間がかかりそうだけど、宿舎に関してはもうすぐ完成できそうだ。
立派な感じに出来上がっているから、入居する人達は喜んでくれるだろうと思いながら、同時に僕はため息を吐いた。
「それにしても、ここ最近は忙しかったなぁ……」
そう、ここ最近は本当に忙しかった。
まず、サンドラ、ディアナ、カペラ、エレン達と言った皆と協力して奴隷として来る人達用の『教育課程』を作るのに追われた。
来てもらう人達には、魔法と武術、教養など様々な事を学んでもらう予定だ。
前世の知識で言う所の『教育機関』の仕組みを作っていると言ったほうが分りやすいかもしれない。
この世界において、平民や奴隷と言った人達に『教育』を施すという考えは、ほとんどない。
何故なら、教育には多額の費用がかかるからだ。
例え、教育することで将来的に利益が得られるとわかったとしても、そこに投資をするという判断は中々できない。
提言した僕が言うものおかしいけど、この件を承諾した父上の判断力は凄いと感じている。
今までの出来事を思い出しながら考えに耽っていた僕は、ふとある事が気になった。
そして、以前に『追放、断罪を防ぐ今後の方針』を日本語で書き記した紙を取り出すと、繫々と見つめながら呟いた。
「守りたいのは、もう僕自身だけじゃない。皆を守れる力を僕は築きたい……」
僕は紙を見ながら意を決したように言葉を発した。
以前、書いた内容は「母上の治療」以外は『僕が助かる事が目的だった』でも、今はそれだけじゃない。
母上の治療は勿論、ファラに父上やメル、そして僕を慕ってくれる皆を守りたい。
もし、前世の記憶にあるように僕が断罪されるような事になったら、バルディアはどうなるのだろうか?
僕だけが断罪されるならまだ良いかもしれない。
でも、領主の長男でもある僕が断罪されるようなことになれば、バルディア領も必然的に苦境に立たされることになると思う。
僕と結婚したファラもきっと辛い目に会うだろう。
それに、僕には今後について嬉しい事に加えて、気になっている事がある。
それは、母上が快復に向かい始めていることだ。
僕は胸の中にある不安を振り払うように、気になっていた事を口にした。
「……母上の体調が良くなってきて、このまま快復すれば運命の歯車に変化が生まれていることになるよね」
僕は言いながら、前世で見た記憶のある『車をタイムマシンに改造した三部作のSF映画』の事を思い出していた。
あの映画の二作目だったか、悪者がタイムマシンを悪用したのだ。
それは、過去の自分に『未来の情報が載った本』を渡して、本来訪れるはずの未来を消滅させた。
そして、悪者にとって都合の良い未来を誕生させたのだ。
その結果、悪者は本来の未来で得るはずが無かった、大きな権力と財力を得ることになる。
もっとも、映画の悪者は主人公達に過去の改変をタイムマシンで阻止されて、未来は本来の流れに戻された。
僕が行った事は、その映画で悪者がしたことに、理由はどうあれ根本的な部分は同じだと思う。
本来、死ぬはずだった母上を助ける努力を僕がした結果、まだ完治は出来ていないけど、きっと助けられる。
その結果、この先の未来はきっと僕の知っているゲームの未来とは、大きく変わって来るはずだ。
僕が改変した未来を正そうと、見えない力が働くのか?
何もなく淡々と時が進むだけなのか?
それはまだわからない。
だけど、僕は不安に思うことがあっても、後悔はしない。
そして、もし『見えない力』が僕とバルディア領にお襲い掛かると言うなら、僕自身の手で何としても皆を守って見せる。
それが、未来を変えた僕の責任だと思う。
映画の悪者ではないけど、その為にも資金力と影響力を持つことをこれから目指すべきかもしれない。
僕は深呼吸をしてから、決意をおもむろに発した。
「……バルディアは僕が守る。僕が……この僕が、皆の未来を変えてみせる……‼」
僕は言い終えるとハッとして、以前の目標を書いた紙を見つめた。
そして、日本語で新たな目標として『バルディアを必ず守る』と書き足したのだった。
◇
僕が『追放、断罪を防ぐ今後の方針』に新たな文字を書き足すのと同時に、部屋のドアがノックされたので、返事をするとディアナの声が聞こえて来た。
「リッド様、クリス様とお連れのエマ様が『急用』ということでいらっしゃいました。応接室にてお待ち頂いておりますが、いかがいたしましょう?」
「急用? わかった。すぐに応接室に向かうよ」
方針を日本語で書いた紙を丁寧に片付けた僕は、すぐに部屋を出ると、ディアナと一緒にクリスが待つ応接室に向かった。
部屋の前に辿り着いた僕は、ドアにノックをして、クリスの返事を聞いてから入室するとすぐ彼女に声を掛けた。
「ごめん、お待たせ」
「いえ、こちらこそ急な訪問で申し訳ありません」
クリスが一礼すると、彼女の近くに控えていたエマも一緒に頭を下げた。エマはクリスの従者で、猫の獣人だ。
可愛らしい猫耳と尻尾が特徴かな。
普段の彼女はクリスに変わり、事務手続きをしていることが多いので、この場に来ることはあまりない。
どうしたのだろう?
僕は二人に顔を上げてもらうと、いつも通りに机を挟んで、対面上になるようにソファーに腰を降ろした。
「ディアナ、二人と僕に紅茶をお願い出来るかな?」
「畏まりました」
僕の言葉にディアナが軽く会釈をすると、紅茶の準備に取り掛かった。
すると、エマが申し訳なさそうな表情をして僕を見つめた。
「リッド様、私の分は大丈夫ですので、お気になさらないで下さい」
「気にしなくていいのはエマだよ。それに、ディアナの紅茶は美味しいからね。是非、飲んで欲しいな」
「……ありがとうございます」
エマは僕の言葉を聞くと、嬉しそうに小さく頷いた。
彼女と僕のやりとりに、クリスは微笑むがすぐにハッとして、表情を変えながら咳払いをした。
「コホン……リッド様、本日は突然のお伺いを致しまして申し訳ありません。実は、以前より相談を受けておりましたバルスト経由の奴隷購入の件で、情報が入りましたのでご報告に参りました」
「なるほどね……実は、僕もその件で伝えたい事があったから丁度よかったよ」
クリスはいつも以上に緊張しているというか、真剣な様子が感じ取れる。
彼女の従者であるエマもよく見ると少し不安な様子が伺える。
何かトラブルだろうか?
僕が怪訝な顔をした時、ディアナが紅茶を持ってきてくれた。
「リッド様、皆様、お待たせ致しました」
「うん、ありがとうディアナ」
紅茶を用意してくれたディアナは僕達に向かって会釈すると、会話の邪魔にならないように少し離れた壁際に移動した。
僕は紅茶を口にしてから、先程の会話を続けた。
「あ、それで、僕が伝えたかったことはね。奴隷の人達を迎える準備はほぼ終わって、宿舎も近々完成予定ってことだね」
半年ほど前からクリスに奴隷の情報はお願いしていたけど、一番の問題は受け入れ施設が完成していないことだった。
でも、宿舎が完成したことでようやく計画を進める目途が立ったというわけだ。
クリスとエマは僕の言葉を聞くと、顔を見合わせて少し安堵したような表情見せる。
その様子に、僕が不思議そうな表情すると、クリスが険しい表情しておもむろに言った。
「……実は、バルストで大規模な獣人族の奴隷売買があると情報が入りました。恐らく、これを逃すと、当分は獣人の奴隷を買うのは厳しいかもしれません」
「それは……あまり、穏やかじゃないね。ちなみに、大規模ってどれくらいなの?」
大規模な奴隷売買か。
これから、奴隷を買おうとしている僕が言えることじゃないけど、あまりいい気持ちのしない言葉だな。
そんな事を思いながら僕は、気分を変えるようにディアナが淹れてくれた紅茶にもう一度、口を付けた。
それと、同時にクリスがおもむろに言った。
「……獣人の全部族合わせて、一五〇名程度と聞いております」
「……‼ ゴホッ‼ ゴホゴホ‼」
クリスの言葉に衝撃を受けた僕は、驚きのあまり口に含んだ紅茶で思い切りむせてしまった。
その様子に気付いた、ディアナはすぐさま僕に近づいてハンカチを差し出してくれた。
「リッド様、大丈夫ですか?」
「あ、うん。ありがとう、ディアナ」
僕はディアナにもらったハンカチで口元や溢してしまった紅茶をふき取った。
それから、クリスとエマに視線を戻すと、疑問を尋ねるように聞いた。
「えーと、それで、獣人の全部族を合わせて一五〇名程度って……本当?」
「……はい。リッド様から依頼を頂いた半年程前から、獣人の奴隷がバルストにほとんど出なくなりました。そして、急に大規模販売ということで一五〇名程度を出すという情報が最近出てきました。恐らく、この半年近くの期間に何かしら組織的な動きがあったのだと思います」
クリスの言葉を聞いた僕は腕を組んでから、「うーん」と考えに耽った。
大前提として150名程度の受け入れについて出来る、出来ないで言えば出来る。
ただ、僕も父上も数十名単位で、少しずつの受け入れを考えていた。
それが、一気に150名程度となると中々に大変だと思う。
だけど、この機会を逃すと、次はいつ購入できるかわからないという状況もあるし、他の問題もある。
それは、資金回収だ。
今回の件で、宿舎建設には多額の費用が発生している。
完成しているのに人員がいないということであれば、投資した資金が滞り、最悪無駄になってしまう可能性だってあるのだ。
万が一、資金回収が出来なくなると、母上の治療にも影響が出かねない。
実は母上の治療薬の研究には結構な費用が発生している。
これも僕が事業計画を出した理由であり、父上が前向きに捉えた理由の一つでもある。
僕は深呼吸をしてから、おもむろに呟いた。
「……わかった。父上に相談するから、もう少し詳細を聞かせてくれないかな? その為に、エマを連れて来たのだよね?」
「はい。仰る通りです」
クリスは僕に返事をしながら、エマに説明をするように視線を送った。
エマはその視線に、小さく頷くと、深呼吸をしてから僕を見据えると獣人族について説明を始めた。
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