第154話 動き出すバルディア領・2

「うふふ……リッドが読む絵本は、いつ聞いても楽しくなりますね」


「うん‼ にーちゃまが、よんでくれるえほんは、いつも楽しいの‼」


「ありがとうございます、母上。それに、メルもね」


メルは「えへへ」と嬉しそうに笑いながら体を揺らしている。


僕は今、母上の部屋でメルに絵本を読んでいて、丁度読み終わったところだ。


絵本の読み方は相変わらず、メルからの厳しいお願いにより登場人物によって声色を変えないといけない。


同じ声色を使おうものなら、メルから「それ、さっきの人と一緒だよ?」と指摘が入るのだ。


最近はメルの傍にいるクッキーとビスケットも合わせて頷いて来るので、審査がより厳しくなった気がする。


僕がそんなメル達に四苦八苦しながら読む姿を、母上は楽しそうに微笑みながら見てくれている。


ちなみに、僕は母上が寝ているベッドに腰かけていて、メルはそんな僕の膝元にいる感じだ。


僕はふと、サンドラの言葉を思い出して、母上の様子に目をやった。


サンドラから、回復の兆しが見えたと言われたせいか、今までよりも顔色が良い気がする。


母上にはまだ、病状に回復の兆しが出ている事は伝えられていない。


一過性の可能性もあるので、情報がまとまってから伝えるという事だった。


母上の顔を見ていると、僕の視線に気づいた母上はニコリと微笑んだ。


「リッド、どうしたのです? 何か気になることがありましたか?」


「い、いえ。何でもないです。ただ、母上の体調はどうかなと……」


「ふふ……ありがとう。でも、今のところ落ち着いているから大丈夫ですよ」


母上は僕を安心させるように優しく言葉を紡いでくれた。


その時、部屋のドアがノックされ、返事をするとディアナの声が聞こえて来た。


「リッド様、クリス様がご到着されました」


「わかった。応接室に案内して、僕もすぐに行くから」


「承知致しました」


僕とディアナのやりとりを見聞きしたメルは残念そうな顔をして、僕に向かって言った。


「えぇ、にーちゃま、またいっちゃうの?」


「うん。ごめんね、メル。また、今度……ね?」


メルはしょぼんとして俯いたが、その様子を見た母上がすぐに助け船を出してくれた。


「メル、リッドを行かせてあげなさい。その変わりに私が絵本を読んであげます」


「……⁉ ほんとう‼ ははうえ‼」


「よかったね、メル。母上に読んでもらえるなんて、うらやましいよ」


母上の言葉にメルはパァっと顔を明るくして笑顔になり、その様子に僕と母上は思わず微笑んだ。


メルを母上にお願いすると、僕は部屋を出て、クリスが案内された応接室に向かった。



「ごめん、クリス。待たせたかな?」


「いいえ、私もディアナさんに先程、案内されたばかりです」


僕とクリスは挨拶をしながら、机を挟んでソファーに座った。


それと同時に、部屋の中でお茶の準備をして控えていたディアナが僕とクリスに紅茶をサッと用意してくれる。


「ありがとう、ディアナ。申し訳ないけど、商談になるから席を外してもらっても大丈夫かな?」


「承知しました。何かありましたらすぐにお呼び下さい」


彼女は僕と、クリスに会釈をするとそのまま部屋を後にした。


クリスはディアナが部屋を出て行くと、不思議そうな顔をしながら言った。


「リッド様、差し出がましいようですがディアナさんも秘密を共有していますから、この場にいてもらってもいいのではありませんか?」


「うん、そうなのだけどね。でも、やっぱり商談っていうのは二人でした方が良いと思っているからさ。内容によっては彼女の重荷になることもあるだろうしね。勿論、必要な時はディアナも呼ぶつもりだよ」


僕はクリスの疑問に答えながらディアナの事を考えていた。


彼女はちょっと真面目な所があるので、あまり僕とクリスの話を聞くと変に悩んでしまいそうな感じがしている。


勿論、重要なことは事前に相談するけどね。彼女は僕の言葉を聞いて、納得した表情を浮かべていた。


「ふむ。確かに、ディアナさんは少し抱え込みそうな所がありそうですもんね……」


「そうそう。結構、ルーベンスの事になると抱え込む事が多いみたいだしね。ディアナ達はお互い思い合って空回りするみたいで、皆よく呆れているみたいだよ」


クリスは僕からの訊いた二人の様子が意外だったみたいで、少し驚いた表情しながら言葉を発した。


「そうなのですか?……二人の様子はさしずめ『夫婦喧嘩は犬も食わない』というやつでしょうか?」


「ふふ……そんな感じかもね」


ディアナとルーベンスの二人はまだ夫婦ではないが、クリスの言葉に僕は思わず苦笑しながら返事をしていた。


彼女も僕の苦笑に釣られるように少し微笑んだ後、咳払いをした。


「ゴホン……リッド様、そろそろ本題をよろしいでしょうか?」


「そうだね。今日、来てくれたのはお願いしていた『例の木』の件だよね? 手紙をもらった時は思った以上に入手が早くてびっくりしたよ」


そう、実は先日、クリスにお願いしていた「木」に関する物が手に入ったと手紙で連絡をもらったのだ。


僕はすぐにその件で話がしたいから屋敷に持ってきて欲しいと彼女に連絡して、現在に至る。


クリスは照れ笑いをしながらも、得意顔をしていた。


「大変でしたけど色んな情報網を使って、何とか手に入れましたよ。ちょっと驚いたのは、私達がいる大陸にはないみたいですね。海を越えて来た物がたまたま、手に入ったので良かったです」


彼女は言い終えるとおもむろに机の上に「苗木」と「種」を置くと、そのまま説明を続けた。


「どちらかということでしたが一応両方、手に入ったのでお持ちしました。どうされますか? どちらか、必要ないならうちの商会で捌きますけど……」


「いやいや、僕が両方とも買い取らせてもらうよ。本当にありがとう」


僕はクリスが机の上に置いた「種」を一つ手に取った。


色は茶色く、大きさは2cm程度のだろうか? 


彼女が持ってきてくれたのは10個と苗木が一鉢だ。


種を見つめながら僕は出来る事の幅が広がったことに思わず微笑んでいた。


すると、そんな僕の顔を見ていたクリスが訝しんだように言った。


「……リッド様、大丈夫ですか? 種を見つめて微笑むなんて、何か怪しい人みたいですよ?」


「へ……⁉ ああ、ごめん‼ 今後の事を考えるとつい嬉しくなってね」


クリスを言葉の意図がわからずきょとんとした顔になりながら言った。


「……その種と苗木はそんなに凄いものなのですか?」


「うん。これはね、木にして樹液を採取するの。そして、エレン達とサンドラにお願いして加工をしてもらえれば……『ゴム』が出来る」


「……『ごむ』……ですか?」


僕はクリスに「ゴム」の可能性と出来ることを説明した。


そして、先日の話し合いで伝えた内容に大きく関わって来る存在であることも伝えると僕は、ニコリと笑った。


「これさえ手に入れば、後はエレン達とサンドラに頑張ってもらうだけだね。完成すれば、クリスの販売網とかも全てが大きく変わってくると思うよ?」


「……あの話がまさか、その『木』に繋がっているとは思いませんでしたよ。それに、先日伺った話が実現できた暁には……確かに色々と大きく変わりそうでワクワクしますね」


彼女は僕の説明聞いて、「ゴム」の可能性に驚嘆しながらも楽しそうに目を爛々とさせていた。


その後、僕はクリスからのゴムについての質問に回答しながら、今後の打ち合わせを続けるのであった。

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