第153話 動き出すバルディア領

皆に僕の秘密を話した後、それぞれの動きはとても忙しくなった。


まず、エレンとアレックスには「属性素質鑑定機」の改善と「製炭作業」をお願いしている。


窯の火付けと木材調達は僕と騎士達で行っているけど、その後の管理者は二人にお願いしている状態だ。


そして、いずれは誰でも行えるように作業工程と資料をまとめるようにもお願いしている。


その話を、二人の販売店に尋ねてお願いした時は怪訝な表情をしていた。


「リッド様、製炭作業の製法をまとめて良いのですか? 差し出がましいようですけど、製炭の技術はあまり外部に出さないほうが良いと思いますよ?」


「俺もそう思います。こういった技術は資料にしてしまうと必ず狙われますから、口伝で教えていくのが良いと思います」


エレンとアレックスは僕を心配するような表情している。


二人の言っている事もわかるけど、僕は笑みを浮かべ、安心せるように言った。


「製炭の件は大丈夫だよ。真似ができるなら、真似されてもいいしね。それよりも、製炭を沢山行うことが重要だから、製炭の工程を資料にして誰でも出来るようにすることの方が重要だよ。だから、お願いね」


「そうなのですか? まぁ、リッド様がそう仰るなら、僕達は構いませんけど……」


二人は僕の言葉に顔を見合すと、きょとんと不思議そうな表情を浮かべながら返事をしていた。


僕はそんな様子を見ながら「ふふ」と少し笑うと、もう一つの件を二人に尋ねた。


「ね、ところで、『属性素質鑑定機』の改良はどんな感じかな?」


「改良は良い感じですよ。サンドラさんにも協力をお願いしていますから、魔力が扱えない状態でも手を触れれば色彩変化反応が出来そうです」


「おお‼ それは凄く良いね‼」


僕は改良の進み具合に驚嘆した眼差しをエレンに送りながら、嬉々とした声を発した。


彼女はそんな僕の顔を見ると照れ笑いを浮かべながら、ふと疑問を思い出したようで質問をしてきた。


「でも、リッド様、『属性素質調べる君』をかざして反応出来る所までするのに開発費も結構かかっていますけど、いいのですか? 製炭やクリスさんと扱っている商材と比べるとあまりお金にならなさそうですけど?」


「……まるで、お金儲けが目的みたいな言い方をしないでよ。それに、属性素質鑑定機の使い道はまだ秘密だけど、成功すればお金に関しては開発費を考えてもお釣りがあるほど手に入るかな?」


「……やっぱり、お金じゃないですか」


エレンは僕の返事に少し意地悪な笑みを浮かべている。


僕はそれに対して、肩を透かして「やれやれ」とした表情を返していた。


二人が疑問に思うのも無理はない。


何故なら、この世界において「魔法」は貴族、軍、冒険者など一部でしかほとんど使われていないからだ。


普及が進んでいない一番の理由は、貴族以外に教育機関や環境がほとんどないので、貴族以外は独学という理由がほとんどだろう。


国によっては魔法を研究している機関はあるみたいだけど、「魔法の教育」を身分関係なく実行している国はまだないと思う。


それに、貴族の教育に関しても、魔法の理解や扱える術などは、術師ごとでかなり差があると僕は睨んでいる。


以前、サンドラに聞いた話だと、貴族は魔法を習うがあくまで護身術程度。


戦いが身近でない限りは、深く理解するまで学ばない事も多いらしい……もったいない。


「属性素質鑑定機」をエレン達に作ってもらった理由はそこにある。


僕は「属性素質鑑定機」を使い、属性素質を調べた人達にサンドラ達と作っている魔法の教育課程を施すつもりだ。


その後、僕が開発した魔法を教えれば、魔法による公共事業、製炭作業、他にも様々なことが出来る。


その動きが成功すれば、魔法に対する認識は変わるだろう。


僕は魔法の認識が変わることが楽しみで、笑みを溢しながら考え込んでいた。


その時、エレンが訝しげに言った。


「リッド様……悪そうな笑みになっていますよ」


「え⁉ そんなことはないよ?」


僕はハッとして表情を直すとエレンに視線を送りながら返事をするが、彼女は呆れた様子でため息を吐いた。


「はぁ……あまり、無茶なことはしないで下さいね? ライナー様やディアナさんがいつも心配していますよ?」


「う、うん。気を付けます」


その後、エレンとアレックスと細かい打ち合わせが終わると、僕はその日は屋敷に戻るのだった。



エレン達と会った数日後は、サンドラと屋敷の応接室で打ち合わせをしていた。


サンドラは僕と机を挟んで向かい合ってソファーに座っており、楽しそうな笑みを浮かべている。


「リッド様、先日お願いされていた私が所長していた時の人達に大体連絡が着きましたよ」


「本当⁉ それで、どんな感じかな? バルディア領に来てくれそう?」


僕の期待と不安に満ちた目を見ると、サンドラはニヤリと自信ありげなドヤ顔をした。


「ふふ、皆来るに決まっているじゃないですか⁉ こんなに素晴らしい研究たい……ではなくて環境があるのですよ? それに、研究に関して援助もしてくれるとなれば断る理由はありません」


「……来る人達に僕のことをなんて言ったのか気になるけど、来てくれるなら一安心だよ。帝都の貴族に嫌な思いをさせられたっていうから、どうなるかと内心不安だったよ」


「ああ、それについては、私が問題ないと太鼓判を押しましたからね。皆、『所長が好きな研究を出来る環境なら是非行きたいです』と言っていますよ」


……別にサンドラが好き勝手に研究をしているわけじゃないのだけど。


僕は一抹の不安を覚えつつも、来てくれることに胸を撫でおろしていた。


「属性素質鑑定機」で当人達の属性素質がわかっても、その後に魔法を教えてくれる優秀は教師陣が必要になる。


僕とサンドラだけでは人手不足になるのは、今からでも目に見えている状態だ。


そこで、僕はサンドラが帝都の研究所で所長だった時の部下の人達に目を付けた。


彼らは、身分関係なく高い能力を評価されて帝都に集められたが、貴族のやっかみを買い辞めざるを得なくなった人達だ。


そんな彼らに、研究と教師をしてもらえればこれ程に心強いことはないだろう。


僕はサンドラの言葉を聞いて少し呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ……一応、言っておくけど何でも『研究』を認めているわけじゃないからね? 今は、母上の容態に関わることが第一優先なのだから、そこを忘れないでね?」


「ふふ、その点は問題ありません。私がしたい研究は、リッド様から指示があるものですから、嘘ではありませんよ? これからも、楽しませて頂く所存です」


彼女は僕が釘を刺すように言った言葉に対して、不敵な笑みを浮かべている。


その様子に僕は呆れた表情をしながら、その後も「魔法の教育課程」について打ち合わせを続けた。


それからしばらくして、打ち合わせがひと段落するとサンドラが珍しく真面目な雰囲気になり咳払いをした。


どうしたのだろう?


「コホン……リッド様、それそうと、ナナリー様に投与している新薬の試薬品の件ですが、まだ詳細は出ておりませんが幾分か効果が出ているみたいです」


「……⁉ 本当‼」


サンドラの言葉に僕は思わず身を乗り出した。


彼女は頷くと笑みを浮かべながら説明を続けた。


「はい。ただ、絶対というわけではありません。今までは回復薬を飲んでも頂いてでも魔力量は減り続けていました。しかし、新薬の試薬を飲み始めてからその減り方に鈍化がみられます。このまま、両方の薬の投与を続ければ、魔力量の回復が見込めると思います」


「……‼ そっか……良かった……」


僕はサンドラの言葉を聞くと全身の力が抜けてソフォーに深々ともたれかかり、心の中でそっと呟いた。


「ようやく……ようやく、光が見えてきた……」


魔力回復薬では完治できず、いつまで効果があるのか? 


母上の容体が以前のように急変する可能性だってあるのだ。


僕はいつも不安で毎日、母上の部屋を訪れては他愛無い話をしている。


レナルーテ草も、効果があると確信はしていたけど、それでもどこかで不安をずっと抱えていた。


それが、ようやく効果が見え始めたという。


こんなに嬉しいことはないと僕は自分の目頭が熱くなるのを感じて、目を服の袖で拭った。


「ふふ……ありがとう、サンドラ。今まで一番、嬉しい吉報かもしれない」


「はい、私もご報告出来て嬉しいです。今後、さらに詳しい内容がわかりましたら、またご報告いたしますので、詳細はもう少しお待ちください」


「うん……ありがとう」


彼女との打ち合わせが終わるとサンドラからの吉報はすぐに父上にも届けられた。


父上は厳格な表情のまま聞いて「そうか、ひとまずは安心できるか……」と呟いた後に、執務室で一人になりたいと、人払いをしたらしい。


きっと表情を崩す姿を人に見られたくなかったのだろう。


父上の様子がすぐに脳裏に浮かんだ僕は、父上っぽいなと自室で一人「クスクス」と笑っていた。

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