第149話 カペラとルーベンス

「リッド様、武術訓練に臨む意気込みが強くなりましたね‼ やっぱり、レナルーテで負けたのが悔しかったのですか?」


「……‼ そりゃ、悔しいに決まっているでしょ‼」


今日はルーベンスと武術訓練の日だ。


訓練所には木がぶつかり合う音が鳴り響いており、僕は木刀、ルーベンスは木剣で打ち合っている。


僕が木刀を使うようしたのは「魔刀」を扱う練習も兼ねているからだ。


実はレナルーテでアスナに負けてから、僕はより武術訓練に臨むようになった。


ファラがバルディア領に来れば、彼女の専属護衛であるアスナも当然来ることになる。


僕の武術訓練で言えば、アスナと言う練習相手が増えると考えれば良いかもしれないが、仮に練習だとしてもファラの前で何度も負けたくはない。


僕はファラが来るまでに打倒「アスナ」をひそかに掲げていたのである。


僕はふとそんなことをルーベンスの言葉で思い返していた。


その時、それを見透かしたかのように、ルーベンスの鋭い一撃が僕の木刀を弾いた。


「リッド様、訓練とはいえ考えごとは……」


「まだだ‼」


彼は僕の木刀を切り上げるように、弾いていたので腕が上に上がっている状態だ。


僕はその時、アスナが見せた動きをそのまま流用した。


ルーベンスの顔めがけて蹴り出しながらのバク宙を行った。


そう、アスナが僕に見せた技「サマーソルト」だ。


「うぉお⁉」


ルーベンスはさすがに僕がサマーソルトを繰り出すとは思っていなかったようで、躱しはしたが体勢を崩してしまった。


僕はその間に、弾き飛ばされた木刀を素早く回収すると同時に、体勢を直しているルーベンスに斬りかかった。


「ここだぁ‼」


「……‼ 素晴らしいです、リッド様。でも、まだ負けてあげることはできません‼」


僕は力一杯、素早く斬りかかったがルーベンスに再度、木刀を弾かれてしまった。


2回も木刀を弾かれてしまい、奇襲となるサマーソルトも出しても駄目だったので、これは僕の完全に負けだろう。


でも、ルーベンスはちょっと大人気ない気がする。


僕は「むぅ」と頬を膨らまして抗議した。


「……ちょっとは僕に、花を添えてくれてもいいんじゃない?」


「ふふ……そうしたい気持ちもありますが、武術に慢心はいけません。私は出来る限り、リッド様の壁でありたいのですよ」


未だに僕はルーベンスに勝てた事がない。


彼に僕の斬撃が入れば、勝利となり次の段階に移行してくれるらしい。


でも、これ以上の段階ってどうなるのだろうか? 


そんなことを考えた時、僕を呼ぶ声がしたので振り返ると、そこに居るのはカペラだった。


実は今日の武術訓練を開始する際に、彼が僕の訓練を見学させて欲しいと言ってきたのだ。


特に断る理由もないので見学しても良いよ、と伝えていたのだが、訓練に夢中ですっかり彼のことを忘れていた。


カペラは僕に近づくと、僕とルーベンスの二人に一礼してからおもむろに言った。


「ルーベンス様、先程の訓練さすがでございます。差支えなければですが私なり、リッド様の動きで気になる点があったのですが、お伝えしてもよろしいでしょうか?」


「え? はい、大丈夫ですよ。是非、リッド様にお伝えください」


ルーベンスの言葉を聞いたカペラは、僕を見据えると無表情だが優しい雰囲気を出しながら言葉を紡いだ。


「では、大変僭越ではありますが、先程のリッド様の訓練で私が気になった点をお伝え致します」


「うん、お願い」


カペラは僕の返事を聞いた後、丁寧に説明をしてくれた。


彼曰く、僕の動きは直線的なものが多く、剣に慣れた相手であれば動きを予測しやすい。


もう少し、フェイントを入れたりや変則的な動きも意識するだけで全然違った動きになるということだ。


彼の説明はとてもわかりやすかった。


カペラの話を聞いて「なるほど……」と呟いた時、ふとルーベンスに目をやると彼がニヤリと笑っている様子が目に入り、僕はハッとした。


「……ルーベンス、カペラが言っていた事を気付いていたのでしょ?」


「ふふ……そうですね。ですが、私からお伝えするよりも、ご自分で気付かれたほうが良いかなという判断をしておりました。その証拠と言ってはなんですが、今日の動きはとても良い物でしたよ」


やっぱり、ルーベンスも僕の動きが直線的だったことは気付いていたらしい。


僕はまた「むぅ」と頬を膨らませた。


それを見ている、ルーベンスとカペラは微笑んでいるようだ。


しかし、カペラはさすが元暗部ということだろうか? 


初めて僕とルーベンスの稽古を見ただけで、すぐに問題点に気付くあたりは凄い洞察力だと思う。


僕は二人の顔を見ると、小さくため息を吐いた。


「はぁ……でも、変則的な動きと言われても、正直よくわからないなぁ……お手本でも見られればいいけどさ」


がっかりしたような様子で俯きながら僕が呟くと、それを見ていたルーベンスが何かを考え込み始めてから、カペラを見据えると言った。


「そうですね。リッド様に『お手本』を見て頂く意味でカペラさん、私と立ち会いませんか?」


「私ですか? ……わかりました。リッド様にご指摘したのは私なので、リッド様のお許しさえあればルーベンス様と立ち会いましょう」


「へ……?」


僕が俯いていると何やら勝手に話が進んで、ルーベンスとカペラが僕にお手本として模擬戦を見せてくれることになっている。


でも、カペラの実力を見たことがない僕は興味津々となり、目を輝かせて言った。


「うん‼ 二人の実力を是非見せて欲しい‼」


「承知致しました」


二人は僕に一礼をすると、まずルーベンスがそのまま訓練場の真ん中に移動し始めた。


カペラは移動する前に僕を見据えた。


「リッド様、申し訳ありませんがそちらの木刀をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「え? あ、そっか。カペラは持ってないものね。はい、どうぞ」


彼は僕から木刀を受け取るとニコリとぎこちない笑みを浮かべた。


ガルンの教育をもってしても、彼が自然な笑顔を出せるようにまだ時間がかかるらしい。


カペラはその後、僕に会釈をしてルーベンスを追うように訓練場の中央に向かった。


ルーベンスとカペラは剣を構えてお互いに、相手を見据えている。


その時、ルーベンスが僕に向かって言った。


「リッド様、開始の合図だけお願い致します」


「うん、わかった」


ルーベンスは僕の返事を聞いた後、再度カペラに視線を戻した。


少し離れたところから見ても、彼らの間には強い緊張感が流れているのを感じる。


見ている僕も何故か、緊張がしてしまう。


僕は、そんな二人を見ながら咳払いをした。


「ゴホン……では、ルーベンスとカペラの模擬戦を行います。始めて下さい……‼」


僕の言葉を合図に、二人の模擬戦の火蓋が切られた。

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