第148話 木炭販売と奴隷について

「……125182522……51……77?」


「惜しいですね。『1251825225199』です」


「……一瞬でいきなり13桁はさすがに難しいよ」


今日は自室でクリスが以前、僕に教えると言っていた「商学」を彼女から学んでいる。


その基礎となる訓練をしているわけだが、内容としてはクリスが一瞬だけ紙に書いてある数字を見せてくれる。


それを僕がその一瞬で覚えて回答するというものだ。


脳トレに近いかもしれないが、最初から13桁と中々にクリスはスパルタだった。


何度か試すうちに、多少は食いつけるようになったけどそれでも大変だ。


結構頑張っていると思うのだけどな……僕はシュンとなって俯いていた。


「いえいえ、リッド様は素晴らしいですよ。それに、出来ることも大切ですが、覚えようとすることが大切ですからね。もう少し慣れてきたら、次は口上になりますからね。頑張りましょう」


「こ、口上……」


紙で一瞬でも大変なのに口上となると、さらに大変そうだ。


僕はクリスの言葉を聞いて顔を上げたが、また俯いて思わず「はぁ……」と小さくため息を吐いた。


彼女は僕の様子を見ると楽しそうな笑みを浮かべて「クスクス」と微笑んだ。


「ふふ……リッド様でもそんな表情をされるのですね。わかりました。今日はここまでにしておきましょう。それに、何か相談があるのですよね?」


「う、うん。実は木炭の件で進展があったから、またクリスに相談したいことがあるんだ。……『商学』は次までに良い結果が残せるように頑張るよ」


クリスは「商学」で使った教材を片付けながら、僕の言葉を聞くと「やっぱり」という表情になった。


「畏まりました。『商学』の件は楽しみにしております。それはそうと、木炭がとうとう完成したのですね。私の故郷のアストリアも知ったら驚くでしょうね……」


「……? クリスの故郷のアストリアって言えばエルフ国だよね? 木炭とか作っているの?」


僕の言葉を聞いた彼女は、きょとんとした顔をすると不思議そうに返事をした。


「あれ? リッド様はアストリアで『木炭』を製造していることを知らなかったのですか? てっきり、その関係で私に木炭の件を相談してきたのかと思っていましたよ」


「え? そうなの?」


レナルーテが木炭製造をしているだろうとは思っていたけど、エルフ国のアストリアでも製造しているとは思わなかった。


というか、エルフが「木炭」というのはあんまりイメージが湧かない。


僕は折角なので、アストリアの木炭について聞いてみた。


クリスは少し考え込む素振りを見せてから、「まぁ……リッド様なら大丈夫かな?」と言ったあとに話を聞かせてくれた。


エルフは森と共に生活はしているが、生活に木材は欠かせないので森の生活で得た知識を使い、昔から木材生産専用の森も作っている。


木材生産用の森で取れた「材木」は輸出や木炭と使い道は様々だ。


ただ、木炭に関してはアストリア国内消費が優先されるので、輸出する分はあまりないらしい。


「アストリアで作っている木炭の輸出先は、ほとんど近隣諸国の貴族の皆様ですね」


「そうだったんだ。じゃあ、バルディア領で作った『木炭』をクリスティ商会で扱うのは難しかったりするのかな……?」


アストリアが木炭を輸出している認識を僕は持っていなかった。


もし、クリスの立場が悪くなるのであればクリスティ商会を通して木炭は売りに出すべきではないかもしれない。


僕は少し不安な気持ちを抱えて彼女に尋ねた。


僕の言葉を聞いたクリスは、少し不思議そうな顔をしてからハッとすると意地悪そうな笑みを溢しながら言った。


「……そうですね。本国から実家のサフロン商会が少し嫌味ぐらいは、言われるかもしれませんね。でも、私の所には何もないと思いますよ。私はエルフですが、商会の拠点はバルディア領ですからね。それに、何かあればリッド様が何とかしてくれるのでしょう?」


「う、うん。そうだね。クリスの事は僕がちゃんと守るよ」


「ふふ……その言葉、忘れないで下さいね? 木炭はクリスティ商会で扱えますからご安心ください。むしろ、看板商品になりえる商材ですから是非とも売らせて頂きたいですね」


僕の言葉を聞いたクリスは楽しそうに笑っていた。


これは、からかわれたのかな?


僕が少し怪訝な顔をした時、彼女がそんな僕を見ながら咳払いをした。


「ゴホン……リッド様、今回のお話は木炭だけなのでしょうか? 他にも何かあると思ったのですが……」


「あ、そうだった。あと、奴隷に関しても父上から許可をもらったから、宿舎が出来次第お願いしたいと思っているけど、大丈夫かな?」


父上に奴隷の許可をもらえたことに加えて宿舎の規模、ディアナやカペラ、サンドラにお願いして作ってもらっている教育課程についてなど、話せることはクリスに出来る限り話した。


人材を求める時に、隠し事はしないほうが良いと思ったからだ。


クリスは僕の話を真剣な顔で聞き終えると、考え込んでからおもむろに言った。


「……リッド様が仰った条件で数を揃えるとなると、恐らく奴隷は獣人族で集める事になると思いますが、よろしいでしょうか?」


「獣人族……クリスのところにいる『エマ』さんも獣人族なのだよね?」


「はい。エマも元々は獣人国ズベーラの出身です。私の父が、ズベーラに行った時に奴隷として連れて帰ってきました。まぁ、私には奴隷と言うより兄弟か家族のような感じですけどね」


クリスは少しおどけた様子で言い終えると、雰囲気を変えて僕を見据えると言った。


「……良ければ、この件を『エマ』にも話してよろしいでしょうか? 獣人族に関しては、わたしよりも彼女の方が詳しいはずです。良い案が出るかもしれません」


「わかった。それはクリスに任せるよ。ところで、獣人族と人族に生活や健康面とか何か違いというか、問題になりそうなことはないかな?」


僕が獣人族で一番気になる部分は健康管理だ。


今後、バルディア領で住んでもらうにしても、人族と極端に健康面で何かの違いがあれば色々と大変なことになってしまう。


クリスは「うーん」と唸りながら、考え込むと言った。


「エマにも確認の為に聞いてみますが、生活や健康とかの違い恐らくはないと思います。あと、人族と違うとしたら部族によって多少、姿が違う所や一部の獣人だけに使える魔法があるとか、ないとか聞きますね」


「なるほど、それなら問題なさそうだね。ちなみに、部族によって多少姿が違うということは、エマさんは猫獣人の部族ってことになるのかな?」


「はい、エマは猫部族と聞いております。獣人族の部族は他にも『狼』や『狐』など多数いるそうです。私もすべて把握しているわけではありませんけどね」


クリスの話を聞いて僕は考え込むように俯いた。


「一部の獣人だけに使える魔法」については、少し心当たりがあるので、追々確認すれば良いだろう。


問題は部族だ。


獣人族にそんなに部族がいるなんて考えてもいなかった。


確か、ゲーム本編に出て来る獣人族のキャラの見かけは、猫っぽかった気がする。


未読スキップで飛ばしただけで、ゲーム本編では獣人族の部族について説明があっていたのだろうか? 


僕は険しい顔をしていると、クリスが恐る恐る話しかけてきた。


「リッド様、獣人族はダメでしょうか?」


「え? いや、そんなことはないよ。でも、獣人族なら全部族の人達が集まると助かるかも。得意不得意とかありそうだしね」


「わかりました。では、エマにも確認してから、獣人族の全部族でバルストにある伝手に確認を取ってみます」


僕の返事に少しホッとした表情をしながら、クリスは言葉を続けていた。


そういえば、人族以外というだけで、相手を見下す人も世の中にはいるらしい。


僕は絶対そんなことはしないけどね。


クリスに向かってニコリと微笑む僕はと言った。


「僕は獣人族だからって何も思わないよ。エマさんの猫耳と尻尾を初めて見た時は可愛くて、驚いたぐらいだもん」


「……ふふ、そうですね、確かに可愛いかもしれませんね。エマにリッド様が仰ったことを伝えておきますよ」


クリスは僕の言葉聞くと、嬉しそうな表情で苦笑しながら僕に返事をしていた。


あまり獣人族の特徴を「可愛い」と言う人はあまりいないのかな?


僕は、クリスの返事にそんなことを感じつつ、その後もクリスと以前話した事業計画や今後の動き。


その他、必要と思われることを彼女と二人で打ち合わせと再確認を遅くまでするのだった。

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