第150話 ルーベンスとカペラ 二人の実力
「始めて下さい……‼」
僕の合図を聞いたはずだが、ルーベンスとカペラはお互いに見合って動かない。
恐らく、どちらも様子を伺っているのだろう。
でも、二人共どこか嬉しそうな楽しそうな雰囲気を出している。
ルーベンスは木剣を正眼に構えて、カペラは下限に構えている状態だ。
その中で最初に動いたのはカペラだ。
彼はルーベンスに向かって言った。
「ふふ……バルディア騎士団の有望な騎士と模擬戦などを行うなんて、数カ月前までは夢にも思っておりませんでした。ですが、この機会を楽しませて頂きましょう」
「私も、レナルーテの実力者と手合わせ出来るとは思っておりませんでした。……リッド様の従者たる実力なのか、是非お見せ頂きたい」
ルーベンスの返事を聞いた途端、カペラは雰囲気が変わり殺気に満ちた臨戦態勢といった様子に変わった。
「……わかりました。では……参ります‼」
カペラは下限に構えていた木刀を肩に背負うと、身を少し屈めると大地を蹴った。
その衝撃で彼のいた場所には砂埃が舞い上がった。
ルーベンスはカペラの動きを正確に捉えている様子ですぐに目線を左に向け、カペラの一撃を受け止めた。
その瞬間、ルーベンスの顔に険しさが見て取れた。
「……⁉ カペラさん、さすがですね。ここまで、重い一撃とは思いませんでした……‼」
「……私も失礼ですが、ルーベンス様に受け止められるとは思いませんでしたよ……‼」
二人は何かを言い合ったようだが、ルーベンスに対してカペラが行った、動き僕は見覚えがあり驚いていた。
「あの動きは『アスナ』の初手と一緒だ……レナルーテの基本剣術なのかな?」
カペラが行った動きはアスナが行った初見殺しの技に近い。
何せ、視界の範囲外に身体強化で一旦飛んでから襲い掛かってくる。
カペラの動きはアスナより鋭く激しい、砂埃が舞うほどに地面を蹴ったのだ。
それを、見失わずに目で追ったルーベンスもさすがだと思う。
二人は少し鍔迫り合いをしたかと思ったらすぐに距離を取り、再度カペラが仕掛けていった。
「な、なにあれ……」
その動きに僕はまた驚愕した。
カペラは身体強化を使い、目にも止まらぬ速さでルーベンスの周辺を駆け回り、攪乱しているようだ。
だけど、ルーベンスは彼の動きを見失ってはいないようで、落ち着いてカペラが仕掛けてくるのを待っている。
だが、それはルーベンスの悪手になった。
カペラは無意味に駆け回っていたわけではなく、木刀を地面に充て擦りながら駆け回ることで意図的に砂を巻き上げていたのだ。
舞い上がった砂により視界が悪くなったことで、ルーベンスはさすがにカペラを見失う。
その隙をカペラが見逃すはずがない。
ここぞとばかりに、カペラはルーベンスに襲い掛かる。
だが、ルーベンスも彼の意図に気付いており、近づいてくる音に集中してカペラの襲い来る斬撃を瞬時に認識して次々と受け流した。
「……こんなの、凄すぎて『お手本』にならない気がするのだけど」
二人の様子を遠巻きに見ていた僕は唖然として呟いていた。
今回の模擬戦は僕に「変則的な動き」を見せるという意図で開始されたのだが、カペラの動きは変則的過ぎると思う。
それを受けきっているルーベンスも相当だと思うけど。
その時、ふとあることに気付いた。
僕がカペラに渡した木刀が短くなった……? いや違う、さっき砂埃を舞い上げる為に地面に充て擦りしていたので、木刀が削れたのだろう。
「……あれってわざと、渡した木刀を脇差か小太刀ぐらいの大きさにしたのかな?」
どうやら僕が思ったことは当たっていたようで、舞い上がった砂が落ち着いて来ると二人は一旦間合いを取った。
同時にカペラは短くなった木刀を片手で逆手に持ち替えた。
「……ルーベンス様、本気を出しますのでご容赦下さい」
「ふふ……カペラさんがここまでの実力を持っているとは驚きました。私も本気でお相手を致しましょう……‼」
僕からは二人が何を言い合ったのかはわからない。
でも、恐らく二人共本気になったのだと思う。
何故なら、先程から彼等の身体強化から漏れ出す魔力を感じているからだ。
僕はさすがに少し呆れて呟いた。
「やり過ぎじゃないかな? あの二人……」
僕が呟くと同時に再度、カペラがルーベンスに突撃していく。
だが、その動きは今まで違った。
今までは、「剣術」という感じだったが、彼がしている動きは「短剣術」というか「体術」に近い気がする。
ルーベンスの斬撃を紙一重で躱しながら、彼は斬撃や足技など全身を使って反撃をしている。
ちょっと、変則的過ぎると思う。
ルーベンスも四苦八苦しているようだが、少しずつ慣れてきたような感じも見て取れる。
二人の激しい動きで訓練場には砂が舞い上がり、木剣と木刀がぶつかり合う鈍い音が鳴りやまない状態になっていた。
僕とアスナの御前試合もこんな感じだったのだろうか?
そんなことを思っていると、後ろから声が聞こえて来た。
「リッド様、あの二人は何をしているのですか……?」
振り返るとそこに居たのは、とても険しい顔をしたディアナだ。
ひょっとすると、二人が喧嘩でもしていると思ったのかな?
「うーん、武術の訓練で僕に『変則的』な動きを教えてくれるってことで、二人が模擬戦している感じかな?」
二人の動きを見ながら言い終えた僕は、「やれやれ」と言った様子で少しディアナにおどけて見せた。
というのも、二人は熱くなり過ぎて「僕に見せる模擬戦」を忘れて、試合に夢中になっている。
勿論、見ていて勉強になるし面白いけど、あれは真似しろと言われてすぐに出来るような物じゃない。
ディアナは僕の言葉を聞き終えると、額に手を添えて首を横に振ってからため息を吐いた。
「はぁ……男と言うのはどうしてこう……馬鹿ばっか、なのでしょうか……リッド様は、あんな風に熱くならないようにして下さい」
「う、うん。気を付けるよ」
彼女に返事すると同時に僕は辺りの様子にハッとした。
気付くと訓練場の周りには沢山のメイドや屋敷の人達、騎士すらも足を止めて二人のやりとりを見ている。
いつの間にか、模擬戦が観客試合になっていようだ。
さすがに、これ以上騒ぎが大きくなるのはまずいと思い、僕は大きな声で二人に声をかけた。
「ルーベンス‼ カペラ‼ 凄い勉強になったからもういいよ‼」
僕は結構大きい声で言ったのだが、二人に止まる気配がない。聞こえなかったのかな?
僕は思い切ってもう一度大きな声で彼に向かって言った。
「二人共、もういいってば‼ ……あれ?」
やはり彼らの動きが止まらない。
その時、横にいたディアナが呆れた様子で呟いた。
「あれは、試合に夢中になり過ぎて聞こえていませんね……」
「えぇ……」
彼女の言葉にさすがの僕も呆れてしまった。
まぁ、それだけ相手に集中しているということなのだろうけど。
でも、どうやって二人を止めようか?
僕が少し困った顔をすると、隣にいたディアナが咳払いをした。
「コホン……リッド様、私があの二人を止めて参ります」
「え? 大丈夫? あの中に入るの?」
「はい。騎士団でも良くあることなので、慣れていますから」
僕の言葉にニコリと微笑むと、ディアナはスッと歩き出し二人の間に入った。
その瞬間、彼女はルーベンスの腹に拳をめり込ませた……気はするが、僕の位置からは良く見えないので、彼女が何をしたのかはわからなかった。
ともかく、ルーベンスの動きは止まった。
それに合わせるようにカペラも動きを止めたようだ。
動きを止めたカペラはディアナに何か言われたようで、少しシュンとなり俯いているようだ。
遠巻きに様子を見ていた僕は、三人に駆け寄ると言った。
「ルーベンス、カペラ、やり過ぎだよ。僕の勉強の為にした『模擬戦』でしょ? 勉強になったし、面白かったけど……もう少し、常識の範囲内でやってよね?」
「……‼ クックク……」
僕の言葉を聞いた三人は鳥が豆鉄砲を食ったような顔になったが、ディアナは何故か笑いのツボに入ってしまったようでひたすら笑いを耐えている。
カペラとルーベンスはお互いに顔を見合わせてから言った。
「リッド様、夢中になり過ぎて申し訳ありませんでした」
「私も、バルディア領に来てから初めての模擬戦だったので、熱くなり過ぎました、申し訳ありません」
二人は言い終えると、僕に向かって一礼したので、僕はニコリと微笑んだ。
「うん。わかってくれたならいいよ。それよりも、カペラの動き凄いね。良ければ、僕にも教えてよ」
「私が? よろしいのでしょうか……?」
カペラは僕の言葉が予想外だったようで、無表情ではあるが少し驚きが見て取れた。
そんな彼を後押しするようにルーベンスが笑みを浮かべた。
「いいですね。カペラさんはかなりの実力者ですから、リッド様のお力に必ずなれますよ」
「そうだよ。見ているだけでも、カペラの実力は間違いない事がわかったから、父上には僕から伝えておくからさ」
僕とルーベンスに言われたカペラはぎこちない笑顔を浮かべて、少し嬉しそうに言った。
「私で良ければ、お力になれれば幸いです」
こうして、僕の武術訓練にもカペラが加わることになった。
僕達のやりとりにディアナは呆れていた様子だったけど、特に何も言わなかったから問題ないと判断してくれたと思う。
後日、父上にも伝えたら、険しい顔をしながらもディアナをカペラの監視員として一緒に参加させるなら良い、と了承をしてくれた。
ディアナにそのことを伝えたら、彼女は小さく「はぁ……」とため息を吐きながらも首を縦に振ってくれた。
僕は皆が武術訓練に参加してくれることに喜んでいたが、ふと気づいてしまった。
「……今更だけど、ディアナ、カペラ、ルーベンスの三人からまとめて教わるってことは、武術訓練が大変な事になるような気がする」
僕は一人で呟いた後、顔からサーっと血の気が引いた気がした。
ハッとすると、疑念を払拭するように首を横に振ってから心の中で呟いた。
「大丈夫、きっと大丈夫なはず……大丈夫だよね?」
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