第146話 製炭

◇火入れをしてから二日目……


「へぇーこれが、すみがまなんだ。なんだか、へんなかおりがするね」


「木材が熱で炭化しているから、その香りだね。人によって気分が悪くなる場合もあるから、メルも気分が悪くなったら言うのだよ?」


「はーい」


昨日は父上が来て、今日はメルとダナエがやってきた。


煙の香りがあまり好きではないのか、クッキーとビスケットは珍しくメルから少し離れたところで様子見をしているようだ。


メルは作業中も来たいと言っていたが、危ないので僕が完成するまではダメと言い聞かせていた。


伝えた時は「メルだって、おてつだいしたいもん‼」と頬を膨らませて可愛く怒っていた。


そこで、煙突の蓋を藁で編むようにお願いをしたところ、メルは表情がパァっと明るくなった。


「うん‼ やる‼」


「メルディ様、私もお手伝い致します。一緒に頑張りましょう」


メルは藁で蓋を編むという作業は初めてで楽しかったようだ。


ダナエは似たようなことをやったことがあるのか手際良く、作り方をメルに教えてくれていたようだ。


その時のことを思い返していると、メルが何か聞きたそうな顔をして僕を見ていることに気付いた。


「ん? メル、何か気になることでもあったかな?」


「うん、にーちゃま。わたしとだなえのふたりでつくった『フタ』はどこにあるの?」


「ああ、それはね。いま、煙突の蓋に使っているよ。窯の上と煙突は危ないから見せられないけど、メルとダナエのおかげでとても助かったよ」


「ほんと‼ ……えへへ」


僕の言葉にメルは満面の笑みを浮かべて、嬉しそうにはにかんでいた。


僕とダナエはその様子を見て微笑むのだった。


その後、メルは炭窯にとても興味を持ってあれこれ質問してきたので、僕がそれにずっと答えるという楽しい時間がその日は続いた。


◇火入れをしてから三日目……


「これが、リッド様が作られた炭窯ですか。構造がとても気になりますから、作業が終わったら是非窯の中も拝見させて頂きたいですね」


「そう? じゃあ、次の作業に移る前にはサンドラに声かけるよ」


今日はサンドラから教わる魔法の勉強の日だったのだが、彼女に炭窯が無事に出来た事を伝えると、見たいと言い出して聞かなかった。


止む無く炭窯に移動したあと父上同様の説明を行っていたところだ。


彼女は僕の言葉に笑みを浮かべて頷きながら言った。


「是非、お願いしますね……ところで、エレンさんはいらっしゃいませんか?」


「エレン? 彼女なら、いま窯の上で煙の状態を確認していると思うよ」


僕は言った後にハッとした。


サンドラはエレンに会うのが本当の目的だったのでは? そう思ったが時はすでに遅い。


エレンは僕達の声が聞こえていたのか、僕達にひょいと炭窯の上から顔を出した。


「リッド様、僕のこと呼びました?」


「え? いや……」


「あなたが、エレンさんですね。私、リッド様に魔法をお教えてしております。サンドラ・アーネストと申します」


サンドラは僕の言葉にあえて被せるよう言ってきた。


僕が彼女にエレンを近づけたくなかったのを察したのだろうか? 


エレンはサンドラのフルネームを聞いて「貴族」と認識したようで、慌てて炭窯の上から降りると服を手ではたいて少し綺麗にすると言った。


「サンドラ様、お初にお目にかかります。ぼ……私はエレンと申します。改めて、よろしくお願いいたします」


エレンは言い終えるとペコリと頭を下げた。


その様子にサンドラは、少し申し訳なさそうな表情をして慌てて言葉を紡いだ。


「エレンさん、頭を上げて下さい。私はもう貴族ではありませんから、普通に接してもらって大丈夫です。それよりも、私は魔法を色々と研究しておりますから、是非一度エレンさんとお話してみたかったのです」


「は……はぁ? そうなのですか? それは、嬉しい限りですけど……」


サンドラの言葉を聞いたエレンは少し怪訝な表情をしながら返事している。


僕はその様子を見て呆れながらも、助け船を出すように言った。


「はぁ……エレン、サンドラ先生は悪い人ではないから大丈夫。秘密もちゃんと守ってくれるしね。それに、魔法研究に関しては帝国一かも知れないよ?」


「え⁉ サンドラ様はそんなに凄い人なのですか……?」


僕がサンドラを「帝国一かもしれない」と評したことで、エレンのサンドラに対する見方が少し変わったようだ。


それを察したのか、サンドラが照れた様子で咳払いをした。


「ゴホン……『帝国一』かどうかはわかりませんが、魔法の知識には誰にも負けるつもりはありませんよ。ただ、魔法以外の分野も研究が好きなので、エレンさんとは色々と話してみたいと思っておりました」


「そ、そんな、ぼ……私の方こそ光栄です。是非、色々と聞かせて下さい‼」


「私に敬語は要りませんから、もっと楽しく話しましょう、エレンさん」


二人はその後、少し話すと意気投合した様子でずっと楽しそうにしていた。


ちなみに火入れをしてから三日目となる今日は、エレンが焚口にある二つあるうちの予備口を塞いだ。


これにより、炭窯に入る空気量は少なくなり、より炭化が進んでいくことになる。


この点についても、エレンはサンドラに楽しそうに説明していた。


サンドラも話を楽しそうに聞いており、研究好きな二人の相性は良さそうだった。


◇火入れをしてから五日目……


火入れをして、五日目になると炭窯の煙が白から青みを帯びた色に変わって来た。


煙の色が変わってくると、窯を閉じる時期になってきたことになる。


だけど、窯を閉じるタイミングは投入している資材などによっても違うので、長年の経験が必要となる。


その時、エレンが煙の色と香りを確認すると言った。


「……もう良さそうですね。窯を閉じましょう」


エレンは自信満々にハッキリと言ったので僕は驚いた。


彼女に製炭作りの経験があるのか尋ねると、彼女はきょとんとした顔をしてから言った。


「え? こんなの、すぐに煙の匂いや色、窯の音とか熱さでわかるじゃないですか? リッド様は感じませんか? この、木炭が出来上がっていく、雰囲気とか煙の香りや音の違いとか……」


「ごめん。それは、さすがにわからないよ…… そういう所がやっぱり職人気質というか、ドワーフ気質なのかな?」


「あぁ……僕達はあまり考えたことありませんでしたけど、そう言われるとそうかもしれませんね」


エレンは僕の言葉に、思い当たる節がある様子で笑みを浮かべていた。


その後、彼女の指示で空気の入り口にもなっている焚口と、煙突を土や蓋などで塞ぐ。


これによって、窯を「止める」ことになるわけだ。


「これで、あとは火が落ち着くのを待つだけです。リッド様、楽しみですね‼」


「うん、ここまで順調に来られたのはエレンとアレックスのおかげだね。本当にありがとう‼」


僕が笑みを浮かべて彼女に返事をすると、エレンは嬉しそうに照れ笑いをしていた。



窯の火を止めてから10日後ぐらい経過すると窯の温度も下がり、安心して炭窯の中に入って作業が行える。


これで安全に炭出しを行えるようになった。


その後、焚口だった壁を壊して中に入れる入口を作る。


この時、壊した壁に使われていた「土」などはまた、次の作成に再利用できる。


焚口を壊して中を覗くと木材を設置した時と同様に、出来上がった炭の柱が立ち並んでいる状態になっていた。


その光景を見たエレンは満面の笑みを浮かべて、興奮気味に言った。


「リッド様、凄いです‼ 炭が、炭が沢山ありますよ‼ これだけあれば、僕は武具が沢山作れますよ‼」


「……エレン、この炭は武具作成の為にだけに使う予定じゃないからね?」


僕は彼女の様子に少し呆れながら、諫めるように言葉をかけた。


でも、確かに炭釜の中の様子は圧巻だった。


こんなに炭の柱が立ち並んでいる光景なんて見たことがない。


炭窯の中を僕とエレンが確認した後、通りやすいように出入口周辺にある灰や細かい炭を掃除してから木材と布で作った「担架」を持ってきた。


出来上がった炭を窯から外に運びだす為だ。


担架に炭を移動せると、「カラン」と木炭独特の乾いたような軽い音が辺りに響いている。


良い感じに出来上がったようだ。


炭窯から出した炭の状態をエレンが確認をしている。


「炭切り」という、小さい鋸のようなもので炭を切って中まで炭化出来ているか調べているのだ。


数本を調べたあと、彼女はニコリと満面の笑みを浮かべた。


「リッド様、問題ありません。良い炭だと思います。これが、量産できた暁には武具作成から、領民の生活までとても豊かに出来ると思います。おめでとうございます」


「……‼ ありがとう、エレン‼」


僕はエレンの言葉を聞いて、動揺に満面の笑みを浮かべて返事をした。


同時に一緒に作業をしてくれて皆からも歓声の声が辺りに轟いた。


この日、バルディア領で初めて炭窯により木炭が製炭された。

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