第129話 屋敷建造の情報収集②

翌日、僕とディアナ、ガルンとカペラの四人が一つの部屋に集まり屋敷建造について色々と案を出して話し合った。


勿論、ダナエを含むメイド達や屋敷で働く人たちの意見もまとめている。


僕が案を出すと、ガルンが補足と修正をしてくれる。


ディアナが防犯的な部分を指摘。


カペラが書記のようにまとめながら、レナルーテ文化の和室や庭、桜の木の植樹等についても触れる。


温泉や大浴場、訓練場に道場、エレン達の工房、クリスティ商会の事務所、メイド達の宿舎、色々盛りだくさんになった。


その時、ガルンがふと疑問を呈した。


「リッド様、今更ではありますが屋敷建造の予算はどうされるおつもりなのですか? これをすべて行うとなると、かなりの金額になるはずですが……」


「それは、父上が管理しているから正確な予算はまだ知らないんだよね。でも、最初に無理難題を言えば、後の条件が通りやすくなるでしょ? だから、この初期案は無理やりにでも大きくしたいんだ」


僕の言葉を聞いたガルンは感心したような素振りを見せたが、すぐに怪訝な顔になった。


「リッド様の仰ることはその通りなのですが、誰からそのような事を教えてもらったのですか?」


「へ……⁉」


ガルンの言葉に思わぬ言葉に僕は慌てて誤魔化した。


「いや、それは……そう、クリス‼ 彼女から教わったんだ‼ 何事もまずは無理難題を吹っ掛けるのが交渉事の基本だってさ。最初に条件を出しても、それより低くなることがほとんどだから、まずは無理難題もしくは高い条件を出して、様子見をするのが商売の鉄則なんだって‼」


僕は急遽、商談をクリスに教わった事にしてその場を乗り切ることにした。


辻褄的にはおかしくないはず。


僕は心の中で彼女に謝った。


ごめんね、クリス。


「なるほど、クリス様が……しかし、それをご自分のお父上に即実践するとは、リッド様は末恐ろしい……ライナー様が頭を抱え込むわけですな」


ガルンの言葉に他の二人も同意するように静かに頷いていた。


というか父上は僕のすることに頭を抱えていたのか。


いや、確かに抱えていた時が何度かあった気がする。


うん、父上に今度会った時にお礼を言って、今後もよろしくお願いしますと言ってみようかな。


怒られそうだけど。


僕がそう思った時、部屋のドアがノックされる。


「はい?」


「にーちゃま、クッキーがいないのぉ……」


返事をすると返ってきたのはメルの悲しそうな声だった。


僕は急いでドアを開けると、そこには泣いて目を真っ赤にしたメルと、彼女を慰めるダナエが立っていた。


「メル⁉ どうしたの?」


「うぅ……クッキーが、かえってこないのぉ……」


「……? クッキーが?」


ふとメルを見ると、確かにビスケットはメルの肩にいるがクッキーの姿がない。


ビスケットはメルの涙をペロッと舐めて慰めているようだ。


クッキーがいない? 彼はどうしたのだろう? 


そう思った時、屋敷の中から「きゃあああああ⁉」と女性の悲鳴が聞こえた。


悲鳴にハッとした僕は、泣いているメルをダナエに任すと、悲鳴の発生場所と思われる屋敷の玄関に向かって走った。


僕の後ろには先程まで打ち合わせしていた面々もいる。


玄関に辿り着くと、そこに居たのは泥だらけで大きさがライオンぐらいあるクッキーだった。


真っ黒な体が泥でさらに黒くなっている。


「きゃぁああああああ⁉」 


「お屋敷の絨毯が汚れてしまいます‼ クッキー様、こちらに来ないで下さぁぁい‼」 


「いやぁああ⁉ 誰が掃除すると思っているのですかぁああ⁉」


「屋敷に入る前に、水浴びしてきて下さぁぁぁい‼」


泥だらけのクッキーにメイド達が阿鼻叫喚している。


どうやら、メイド達が掃除中に開いていた玄関から入って来たようで、確かに絨毯が泥で真っ黒になっている。


彼女達からすれば、泥で絨毯を目の前で汚されるというとんでもない事件なのだろう。


その光景に僕はちょっと肩の力が抜けた。


僕と一緒に駆け付けた皆もそんな感じだ。


その時、クッキーが僕を見て咆哮した。


「がぁあああ‼」


「え⁉ どうしたの、クッキー?」


クッキーは咆哮を上げると、屋敷の外に出てしまった。


僕は慌てて彼を追いかけた。


追いかける時にすれ違ったメイド達はクッキーが居なくなり安堵した様子だ。


僕と、後ろに付いて来たディアナとカペラの三人でクッキーを追いかける。


彼は、僕達に付いてこいと言わんばかりの速度でしか走っていない。


「クッキーはどうしたのだろうね? 付いてこいって言っているみたいだ」


「何か目的があるのでしょうか……?」


僕の言葉にディアナが返事をした。


しばらく彼を追いかけるとクッキーは立ち止まった。


そこは、僕が以前、魔法の練習をしていた屋敷の裏からもう少し離れたところだ。


今いる場所からも屋敷は見える。


僕は彼に追いついて息を少し整えてから言った。


「もう、クッキーどう……したの……?」


「んん~」


彼が立ち止まったその先には湯気が立ちあがる水たまり、いやお湯だまりがある。


僕が近づこうとするとカペラに制止された。


「リッド様、温泉には危険なガスが出る場合もありますので、私がまず確認致します」


「え? あ、そっか。気を付けてね」


カペラは僕とディアナをその場に待機させて、お湯だまりに近づくとしゃがんで匂いや温度を確かめている様子だ。


そして、お湯を手につけて何度か舐めている。


ふと、ディアナの顔を見ると目が案の定、期待に満ちていた。


僕達がカペラを見守っていると彼は立ち上がり、振り返った。


「リッド様、おめでとうございます。これは紛れもない温泉でございます。少し、温度が高いようですが、レナルーテのように少し冷ませば問題ないでしょう。念のため、誰かが温泉に入って、数日は体に異常がないかの確認は必要になりますが、恐らくは問題ないと思われます」


「おお⁉ クッキーのおかげで温泉が出来たんだ‼ 凄いよ、クッキー」


「んにゃぁ」


僕はカペラの言葉に感動して、クッキーに話しかけるが彼は興味が無さげだ。


そういえば、猫は水やお風呂が嫌いなのが多いのだっけ? 


そんなことを思った時、歓喜の声が響いた。


「きゃあああ‼ リッド様、温泉ですよ‼ 温泉‼ クッキー様、さすがはリッド様とメルディ様にお仕えする魔物です‼ リッド様、早速この温泉を屋敷内まで引きましょう‼」


「いや、さすがにそれは父上が帰って来てからやらないと怒られると思うよ? せいぜい、バスタブとかをここに持ってくるとかじゃない? そうすれば、カペラの言っていた事も確認できるしね」


僕の言葉にディアナは少しシュンとしたが、すぐ明るい顔に戻ると言った。


「承知致しました。では、私は早速、確認の為にバスタブを持ってきてお湯の検分を致します。カペラさん、協力してください」


「……わかりました。温泉の検分は早くしておいたほうが良いでしょう。もし危険だった場合は、それ相応の処理が必要ですから……」


カペラはディアナの勢いに押される形で検分を了承した感じだ。


クッキーを含めた僕達四人はそのまま屋敷に戻ると、クッキーが温泉を掘り当てた事を皆に報告した。


温泉発掘の知らせにメイド達が歓喜に沸いて、クッキー対する態度が劇的に変わったのは言うまでもない。


その時のクッキーはどことなく、どや顔をしていた気がする。


だが、彼は自分が泥だらけと言うことを忘れていたようだ。


クッキーに絨毯を泥だらけにした罪による審判の時が、ある少女の登場と同時に下された。


「クッキー、みつけたよ‼ どろだらけでみんなにめいわくかけちゃだめでしょ‼ さあ、からだのどろをきれいにおとそうね‼」


「……⁉ んにゃあ⁉」


「メルディ様、私達もお手伝い致します‼」


先程までクッキーを怖がっていたメイド達は、温泉を掘り当ててくれた彼に対して、もはや恐怖心はないようだ。


メルを筆頭にしたメイド達に彼は水洗い場に連行された。


そんな彼に僕は優しく語り掛けた。


「頑張ってね、クッキー……」


「んにゃぁぁあああああああ‼」


後日聞いた話だと、彼はメルとビスケットに見守られながら、メイド達にとても丁寧に泥を洗われたそうだ。



「……くしゅん‼」


「……? クリス様、風邪ですか? 大丈夫ですか?」


「ええ、ありがとう、エマ。なんだか急にね……くしゅん‼」


クリスが急にした「くしゃみ」にエマが心配した表情を浮かべている。


クリスは特に体調も悪くないので、くしゃみの原因には特に思い当たる節はない。


彼女はどうしたのだろうと首を傾げながらハッとして、心の中で呟いた。


「まさか、またリッド様が私を巻き込んで何かをしでかした⁉ ……ってそんなわけないか」


彼女は苦笑いしながら「……ないよね?」と少し不安に駆られた。

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