第119話 クッキー&ビスケット
「なんとなく……か。でも、良い名前だね。僕もメルのお供にぴったりだと思うよ。『クッキー』に『ビスケット』改めてよろしくね」
メルの肩に小さい子猫サイズになって乗っている二匹は、僕の言葉に小さく頷いた。
その様子を見ていた、父上は呆れたようにため息を吐いている。
「はぁ……こうなってしまった以上はしょうがない。メルディだけでは、面倒を見きれんかもしれん。リッド、お前もちゃんとメルディと一緒に二匹を世話しなさい」
「わかりました。とりあえず、僕がしばらく面倒を見るようにしますね」
「うむ。しかし、この二匹はなんという種類の魔物なのだ?」
父上は僕の返事を聞いたあと、二匹を見ると僕に質問を投げかけた。
そういえば、父上にもメルにも種類については話していなかった。
メルも気になっていたのか、パァっと明るい笑みを浮かべている。
「にーちゃま、わたしにもおしえて‼ このこたちはなんていう、まものなの?」
「えーと、確か黒い子、だから『クッキー』が『シャドウクーガー』っていう魔物らしいよ。特徴は体の大きさを自由に変えられるみたいだね」
僕の言葉にメルは目を爛々とさせた。そして、すかさずクッキーを見つめて彼に語り掛けた。
「すごーい‼ クッキーって小さくも大きくもなれるの? みせて、みせて‼」
「……んにゃ‼」
彼はメルの言葉に頷くと、彼女の肩から地面に飛び降りた。
その時、急に彼を中心に風が吸い込まれ始めた。
すると、彼は一瞬で大きくなった。
長毛種の猫がそのまま大きくなった感じで、毛がモフモフだ。
大きさは前世で言うところライオンぐらいのサイズだろうか?
僕と父上はいきなりの出来事に加えて、大きくなった彼の迫力に少し顔が引きつった。
メルの隣にいるダナエは目を丸くしている。
「クッキー、すごーい‼」
「……ガゥゥ」
クッキーは大きくなった姿のままで、メルの前にしゃがみこんだ。
どうやら、背中に乗れと言っている感じだ。
メルは喜んで乗った。
もう、大はしゃぎである。
「うわぁ⁉ ふさふさだね~」
メルはクッキーの背中に顔をスリスリしている。
彼はそれに対して何も怒らない。
二人の様子に僕と父上は少し安堵していた。
しかし、メルはクッキーにさらなる「お願い」をした。
「……ね、クッキー。もっと大きくなれるの?」
「……グゥゥ‼」
「メル⁉ それは、ちょっ……‼」
僕は止めようとしたが遅かった。
その瞬間、クッキーの周りでまた風が巻き起こった。
思わず僕は目を瞑ってしまった。
恐る恐る、目を開けるとクッキーは馬車よりもでかくなっていた。
デカすぎる。
前世で言う所の像か、それ以上の大きさだ。
メルの隣にいたダナエはその場で尻もちをついて震えている。
「うわぁ‼ すごーい。にーちゃまとちちうえよりおおきいよ‼ みてみて、ちちうえ‼」
「メルディ‼ そのままじっとしていなさい‼」
メルはクッキーの背中から顔を出して手を父上に振っている。
その様子に父上が顔を真っ青にしながら慌てていた。
馬車の荷卸しをしていた皆は、目を丸くしてその場で慄いている。
僕は咄嗟に叫んだ。
「クッキー‼ もういい、君の凄さはわかったから。小さくなってメルを降ろして‼」
「えぇ⁉ やだ、このままがいい‼」
僕と父上の様子にクッキーは流石にやり過ぎたと思ったようでシュルシュルと小さくなった。
彼はメルの肩に乗っていたぐらいの大きさにまで戻っていく。
背中に乗っていたメルはそのまま、地面に降ろされた
「……ンニャ」
「もう終わりなの? つまんな~い」
父上はクッキーが小さくなり、メルが無事に地面に降り立つと安堵の表情を浮かべた。
そして、すぐに表情が変わり烈火の如く叫んだ。
「クッキー‼ 馬車よりでかくなるのは禁止だ‼ もう二度するな‼ 次やったら……毛を剃るぞ‼」
「えぇ‼ ちちうえさいてい‼」
「……んにゃぁあ……」
今、クッキーがなんて言ったか分かった気がする。
多分「そんなぁ」だ。
彼を見ると、ビスケットが彼の頭に前脚をポンポンとしている。
可愛らしい。
父上は呆れた様子で僕を睨むと言った。
「……ビスケットも同じ事が出来るのか?」
「え? それはどうでしょう。彼女はスライムがクッキーの姿を真似ているようですから。あそこまで大きくは慣れないと思いますよ」
「ビスケットが『スライム』……だと?」
父上は信じられないという顔をした。
その言葉と表情にビスケットが少し怒った様子で、猫状態の変身を解いた。
すると、水色で透き通った球体上のスライムになった。
「なっ……⁉」
その様子に父上は驚愕したようだ。
そういえば僕も最初見た時に驚愕したな。
そんなことを思っていると、メルがまた嬉しそうな声を出した。
「すごい‼ ビスケットはへんしんできるのね‼ それに、つめたくてきもちいい‼」
メルは話しかけながらスライム状態のビスケットを抱きしめた。
そして、呟いた。
「ね、ひょっとしてわたしにもへんしんできちゃう?」
「メル、さすがにそれはビスケットでも無理だと思う……よ?」
「⁉……‼」
あ、地雷を踏んだかもしれない。
スライム状態のビスケットに表情はないが何故か「黒いオーラ」を感じたからだ。
ビスケットはメルの腕の中から飛び出した。
すると、クッキー同様に風が吹き荒れた。
みるみるビスケットの形が光りながら人の形に変わっていく。
なんだろう、前世の記憶で見たことがあるような変身シーンだ。
ビスケットから光が消えた瞬間、ビスケットはメルとまったく同じ姿になった。
おまけに背丈も着ている服も同じだ。
ビスケットはメルの姿で勝ち誇った様子で僕を見ると「どうだ、思い知ったか‼」とドヤ顔をしている。
「ビスケットすごーい‼ わたしがふたりになったね‼ ちちうえ、みてみて‼」
メルは自分にうり二つとなったビスケットの両手を掴みながら、可愛らしい顔で父上と僕を見た。
この時、ビスケットは「しまった、やりすぎた……」という表情になっていた。
彼女に言葉は話せなくても、人の姿になると感情が顔に出るらしい。
クッキーとビスケットが見せた離れ業の凄さに、僕と父上を含めた全員が驚愕していた。
いち早く正気を取り戻した父上はハッとすると、眉間に皺を寄せながら険しい顔で呟いた。
「……を出すぞ」
「え? 何と言ったのですか? 父上?」
「緘口令を出すぞ、と言ったのだ‼ いいか、ここにいる者は全員いま見たことは忘れろ‼ 絶対に口外するな‼」
父上の声で正気に戻った騎士達は、何事も無かったように作業に戻った。
父上は怒りの表情のまま、ビスケットに視線を送った。
だが、彼女はメルの姿のままで「ビクッ」とすると、目に涙を浮かべた。
そのまま、父上の足に抱きつくと上目ずかいで父上の顔を見つめた。
メル本人も同様の事を父上のもう一つの足でしている。
「ちちうえ、ごめんさない。だから、クッキーとビスケットをこれいじょうおこっちゃやだぁ……」
「……⁉ わ、わかったから二人ともは離れなさい……」
「……んにゃにゃあ」
二人を許した様子の父上を見てクッキーがなにやら呟いた。
多分、「チョロいなぁ」じゃないかな?
僕は少しずつ、クッキーとビスケットの性格が分かってきたような気がする。
あ、そうだ言い忘れていたことがあった。
「あ、そうそう。クッキーとビスケットは夫婦みたいだよ」
「え? にーちゃま、このふたりはふうふなの?」
「そうだよ。父上や母上と一緒だね」
「そうなんだぁ。ふたりともあらためてよろしくね‼」
メルの言葉に二匹は頷いた。
父上は額に手を当てながら深いため息を吐いて項垂れた。
そうしている間にも、馬車の荷物はすべて屋敷に降ろされていたのだった。
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