第120話 ナナリーと新しい薬

「おかえりなさいませ。ライナー様、リッド様」


「うむ。変わりは無かったか? ガルン」


屋敷に入るとガルンが出迎えてくれた。


屋敷には降ろされた荷物の整理でメイド達がバタバタしている。


父上の言葉にガルンは頷いた。


「はい。特段、何もございませんでした。ナナリー様も体調に変わった所はございませんでした」


「そうか。ひとまず安心できるか……」


父上はガルンから母上の体調は落ちついていたと聞いて、少し安堵の表情をしていた。


二人の会話が落ち着いたのを見計らい、僕はガルンに話しかけた。


「ガルン、ただいま。所で、サンドラって今、母上の所にいるのかな?」


「はい。今日はお二人が戻ってくるまで、ナナリー様の体調を見ながら部屋でお待ちしていると伺っております」


さすがは、サンドラ。仕事が早い。


実はレナルーテでニキークから「ルーテ草」をもらった後、サンドラ宛に手紙と薬草を送っている。


ニキークから聞いた情報や、処方方法などの助言入りだ。


彼女ならすぐに対応してくれると思い、父上にも事前に相談して了承をもらった。


僕と父上は顔を見合わせて頷くと、すぐに母上の部屋に向かった。


その際、僕は後でガルンに話があると伝えた。


合わせてメルが連れている「魔物は安全だから」と簡単に説明して父上の後を追った。


ガルンは「魔物……ですか?」と首を傾げていた。


父上に怒られて、あの二匹は手乗りサイズまで小さくなっているから大丈夫だろう。


僕と父上がその場を後にすると、ガルンを含めた屋敷の皆の慌てた声が、聞こえ気がした。


母上の部屋に前に辿り着くとノックを行い、返事をもらってから入室する。


母上の部屋には、サンドラと母上の二人だけが居た。


「あなた、おかえりなさい」


「ああ、ナナリー、ただいま。体調に変わりは無いと聞いたが、大丈夫か?」


「ふふ、あなたがそんなに心配な表情をするのは珍しいですね。はい、大丈夫ですよ」


父上に向けて母上はニコリと微笑んだ。早々に二人は自分達の世界を作り始めている。


その様子を見たサンドラが、咳払いをしながらこの場にいる僕達に向けて言った。


「コホン……ライナー様、リッド様、おかえりなさいませ」


「うん……サンドラも変わりなかった?」


「はい。私も変わったことはありませんでした。ですが、リッド様から先日頂いた情報と薬草から本日はナナリー様に新しい薬を作ってきております。お二人にご説明の上でナナリー様に服用して頂きたく存じますが、よろしいでしょうか?」


僕と父上は頷くと、サンドラの説明を聞いた。


母上はすでに彼女からの説明を聞いて納得しているらしい。


前提として錠剤型の薬としては作ったが、現時点で効果があるか不明。


そして、何故効能が発揮されるかも現時点では不明。


レナルーテ国内において、ニキークが調べた状況証拠的な情報しか頼れるものはない。


「……基本的に人体に影響が出るような薬草ではないので問題はないと思います。ですが、万が一ということもあります。心して頂ければ幸いです」


「わかった。まず私が飲もう」


父上はそういうと、サンドラが見せていた錠剤を取るとすぐさまに口の中に入れた。

当然、その行動に僕達は目を丸くした。


「父上⁉」


「……⁉ 何故、あなたが飲むのですか⁉」


「ふむ。毒見は必要だろう? それに、サンドラの作った薬なら大丈夫だ」


「ラ、ライナー様……」


僕や母上の心配をよそに水をもらった父上は特に何もない様子で言った。


「ふむ。特に問題はなさそうだ。ナナリー、君に何かあっても一人ではない。安心して飲みなさい」


「……もう、あなたという人は……」


母上は少し照れた様子を見せながらも錠剤をサンドラから受け取り、飲み込んだ。


しかし、これと言った変化は起きない。


サンドラは母上の様子を見ながら話しかけた。


「どうでしょうか? 何か変化を感じますか?」


「……いえ、特にこれと言った変化はありませんね」


「うーん。まだわからないけど、持続的に飲まないと効果がないのかもしれないね」


僕の言葉に三人は同意するように頷いた。


ゲームであれば、飲んですぐ治るのだろう。


でも、この世界は現実だ。


そんな簡単に病は治らないと思う。


でも、確実に一歩ずつ前に進んでいると思う。


母上はニコリと微笑みながら言った。


「皆のおかげで、ここまで頑張って来られたのだからきっと大丈夫。私もまだまだ、頑張るわ」


「私も君を今度は一人にしない。一緒に頑張らせてくれ」


父上は母上の前になると、いつもの厳格な雰囲気が薄くなってしまう気がする。


その後、話し合いの結果、母上はこの新しい薬を飲み続けることになった。


サンドラがその経過を観察して、回復するかどうかを見ると言うことになった。


話がある程度まとまると、母上に渡す物もあった僕は咳払いしてから、母上に話しかけた。


「コホン……母上、話は変わるのですが、レナルーテのリーゼル王妃、エルティア様、ファラ王女の三名より母上宛にお手紙を預かってきております。こちらはお時間があるときにお読みください」


「あら、すごいわ。王族に関わる方達からこんなにもらえるなんて……」


母上は手紙の数に驚きながら受けとると思い出したようにハッとすると、僕に目を爛々と輝かせた。


「そうだわ‼ リッド、あなた婚姻予定の相手に挨拶に行ってきたのでしょう? お話を聞かせてもらえるかしら?」


「……はい。少し恥ずかしいですが」


僕は母上の言葉に照れながらも、レナルーテであったことを説明した。


母上は驚いたり、喜んだり、少し怒ったりと喜怒哀楽の様々な表情を浮かべてくれた。


サンドラと父上もその様子を微笑みながら見てくれていた。


こんな時間をずっと続けたい。


そう思いながら僕は母上と会話を続けていた。

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