第116話 帰国当日 カペラとエレン
「ライナー殿、リッド殿、達者でな。また、我が国に来ることになると思うがな。後で見送りにも行こう。」
「はい。エリアス陛下、その時はよろしくお願い致します」
本丸御殿でエリアスに対して父上がバルディア領に帰国することを伝え、別れの挨拶の謁見が終わった。
僕と父上は迎賓館前に移動して荷物や人員の最終確認を行っている。
「ひえ~、数日前にはバルディア領に行くことになるなんて思ってもみなかったよ。ね、アレックス」
「よいしょ……ふぅ。本当だよな、姉さんと二人で借金どうしようって頭抱えていたのにな」
ドワーフ姉弟の二人はクリスティ商会の馬車で一緒にバルディア領に行くことになっている。
二人はあちこち流れていたので馬車には慣れているらしい。
彼らは今、商会の馬車に荷物を載せるのを手伝ってくれている。
商会の人達は二人に大丈夫と伝えたらしいが「載せて行ってもらうのに、何もしないわけには行かない」と申し出てくれたそうだ。
「姉さん、そっちの荷物を積んでおいて」
「うん、わかっ……きゃあ‼」
その時、エレンが荷物を持つと同時にバランスを崩してしまい、転びそうになっている。
その様子を見ていた僕は咄嗟に「あぶない‼」と叫んで、エレンを助けようと動いた。
だけど、僕が動くより早く動いてサッとエレンを支える人物が現れる。
彼はエレンを背中から支えて転倒を防ぎながら、優しく話しかけた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。大丈夫です……」
「良かった。お怪我がなくて何よりです」
彼は無表情だがエレンに優しく語り掛けながら、エレンの荷物を受け取った。
そんな彼に彼女は少し顔を赤らめていた。
「ぼ、僕が、お嬢さん……」
「姉さん、大丈夫⁉」
「エレン、どこか痛めてない?」
僕とアレックスが転びそうになっていたエレンに心配そうに声をかけた。
「あ、うん。ごめん、大丈夫……」
「姉さん、顔が赤いよ? 本当に大丈夫?」
「えぇ⁉ そんなことないよ‼ 僕はこの通り元気さ‼」
エレンはアレックスから顔が赤くなっていることを指摘されて、少し動揺しながら体を動かしている。
うん、あの様子なら心配ないかな。
「カペラ、エレンを助けてくれてありがとう」
「いえ、リッド様が直々にお声をかけた方々ですから、当然です」
僕はエレンを助けてくれた人物、カペラにお礼を言った。
彼は今日の朝から僕達に合流している。
今日の朝早くにザックとカペラの二人が僕の部屋にやってきた時は、何事かと思ったけど。
「いきなり、帰国すると聞いて慌てましたぞ。手続きは完了致しました。カペラは今後、リッド様の従者となります。必ずお力になるはず。どうか、彼をよろしくお願い致します」
「……カペラ・ディドール。本日より正式にリッド様の従者となります。改めてよろしくお願い致します」
二人は言い終えると僕に一礼をした。
顔を上げたカペラを見た僕はニコリと笑顔になると言った。
「うん。改めて、よろしく。カペラ」
それからは、彼は僕の近くに控えて一緒に行動してくれている。
彼に対して、父上から監視を言い渡されているディアナは特に警戒する感じもなく普通にカペラと接している。
まぁ、監視していることを相手に伝わるようなことはしないよね。
「……リッド様、どうかされましたか? 何かお考えになっているようですが?」
「え? ああ、カペラがザックと二人で今日の朝早く訪ねて来た時のことを思い出していただけだよ」
僕は少し考えに耽っていたようで、カペラが無表情だが心配してくれている様子だった。
そんな彼を、ディアナが少し呆れた様子で見ていた。
「カペラさん、リッド様の従者になるのですよ? 少しは表情を動かしてはいかがですか? 以前は表情のいらない仕事されていたかも知れません。ですが、リッド様の従者となる以上は常に無表情はどうかと思います」
「ディアナ様、私の事は『カペラ』と呼んで頂ければと存じます。ですが、ディアナ様の仰る通りです。実は、リッド様の従者になることが決まってから『笑顔』になる特訓をしていのですが、中々うまくいかなくて困っております。良ければ一度お見せしてもよろしいでしょうか?」
僕とディアナは怪訝な顔をして見合わせた。
「笑顔になる特訓」とはいかなるものだろうか?
僕は静かにディアナ対して頷いた。
ディアナは僕の頷きに対して咳払いをしながら言った。
「コホン……わかりました。あなたの事を今後は『カペラ』と呼ばせて頂きます。カペラも私の事は『ディアナ』と呼んでください。それと、私とカペラはリッド様に仕える同じ従者となりますから、言葉も崩してくれて構いません」
「承知致しました。ですが、私はこちらの話し方に慣れておりますので、お許し下さい。ディアナ様、改めてよろしくお願いします」
何か二人の間で微妙な空気を感じるが、今日が初対面である以上はしょうがないと思うことにした。
それよりも気になることがある。
「カペラ、よければその『笑顔になる特訓』の成果を僕達に見せてよ」
「わかりました。あまり自信はありませんが……」
彼は僕に返事をすると、深呼吸をしてから集中した。
笑顔になるのに何故、深呼吸と集中がいるのか少し疑問に思ったが飲み込んだ。
僕達の周りに何故か何とも言えない緊張感が走る。
「……行きます」
カペラは一言、告げたのち「ニ~コ~リ~」と笑った。
僕とディアナはそのあまりのぎこちなさに、「ピシッ」と顔を引きつらせた。
言うなれば口角は上がっているのだが、彼の目が全く笑っていない。
口元は笑っているのに他の表情筋が動いていない感じなのだろうか?
こんな顔が出来ると言うのは逆に器用かもしれない。
僕達以外にもカペラの笑顔に気付いた人達がいるが、皆一様に顔を引きつらせた。
なんて声をかけてあげればよいだろうか?
そう思った時、明るい元気な声が辺りに響いた。
「カ、カペラさんの笑顔は素敵だと思います‼」
僕は思わず声を発した人物に振りむいた。
声の主は少し顔を赤らめたエレンだった。
彼女の隣にいるアレックスが「ね、姉さん?」と、何とも言えない顔をしている。
カペラはエレンの声に気付くと、その顔のままお礼を言った。
「……エレンさん、でしたか? 笑顔を素敵と言われたのは初めてです。ありがとうございます」
「い、いえ、そ、その僕で良ければ笑顔の練習を今後お手伝いしますよ……‼」
カペラのお礼に対して、エレンがした返事はとても興味深かったようだ。
彼は考える素振りを見せた後、エレンを興味津々かつ好意的な目で見つめている。
「良いのですか? あなたの笑顔はとても明るく素敵ですから、むしろ私から是非お願いしたい所です」
「……‼ はい‼ 僕で良ければ、今度から一緒にやりましょう‼」
何故だ。
先程まで、カペラの笑顔でぎこちなくて引きつった空気が流れていたのには、今は何やら甘酸っぱい空気が漂っている気がする。
エレンに関しては顔を赤らめながら「……僕の笑顔が明るくて素敵かぁ」と初々しく呟いている。
そんなエレンをアレックスは少し呆れた様子で「姉さんの好みって……」と呟いていた。
「コホン……カペラの笑顔の件はエレンさんにお任せ致しましょう。皆さん、仕事に戻りましょう」
ディアナが咳払いをして、カペラの『笑顔』により作業の手が止まった人達に向けて声を発した。
皆彼女の声にハッとして作業に戻り始めた。
エレンとアレックスもハッとすると作業を再開している。
僕は、気になることが出来たので、カペラに声を掛けた。
「そういえば、カペラは良い人とか、気になる人はこの国にいない? 大丈夫?」
「私ですか? そうですね。昔は気になる幼馴染がおりましたが、今は誰もおりません」
「そっか。その幼馴染の人の事は大丈夫なの?」
カペラにも気になる幼馴染がいたのか。
でも、彼は今後バルディア領に住むことになるけど大丈夫だろうか?
カペラは僕の言葉の意図に気付いたようで、ぎこちない笑顔を見せた。
「ご心配ありがとうございます。彼女は別の方と結婚して子供もおりますから、その辺に関しては何も問題ありません」
「あ、そうなの? なんか聞いてごめんね……」
何やら言いづらいことを聞いてしまったようで、僕は申し訳ない感じになった。
でも、彼は気にしていない様子で言った。
「いえいえ、リッド様、本当に気にされなくて大丈夫ですよ。それに、そうですね。折角ですから、新天地で私も新しい出会いを探してみましょうかね」
カペラはぎこちない笑顔をしながら、僕に向かって言った。
その様子から本当にもう気にしていないようだった。
その時、作業している僕達に向かって来る人達がいることに気付いた。
彼らに僕は少し慌てた。
来たのはエリアスを含めた王族一同だったからだ。
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