第117話 レナルーテ出発
「皆、作業の手を一回止めて、エリアス陛下が来られたよ‼」
僕の声を聞いて皆が手を止めて慌てて、膝をついて頭を垂れた。
見送りに来るとは言っていたけど、作業中に来なくてもいいのでは?
この時、荷物を積み込んでいた馬車に2匹の珍客が紛れ込んだのだが、頭を垂れていた僕を含めてそのことに気付く人はいなかった。
「作業中にすまんな。皆、頭を上げて作業を続けてくれ。リッド殿に見送りの挨拶に来たのだ」
エリアスが言い終えると皆、恐る恐る顔を上げて作業に戻り始めた。
「忙しいときにすまんな。貴殿達が帰国するのに合わせて色々と忙しくなってきてな。早めに見送りの挨拶に来たのだ」
「エリアス陛下、わざわざの見送りに感謝致します。いま、父上を呼んでまいります」
僕は言い終えると父上を呼び行こうとしたが、エリアスに呼び止められる。エリアスは笑みを浮かべながら僕をみながら言った。
「よいよい。ライナー殿の所には私から行く。リッド殿は、ファラと居てやってくれ。貴殿の帰国を聞いて少し寂しそうにしおるのでな」
「……⁉ 父上、あまり人の多い場でそのようなことは言わないで下さい……‼」
「アハハ……」
エリアスとファラのやりとりをみながら僕は、乾いた笑い声を出していた。
「リッド殿‼」
急に名前を呼ばれ、振り返るとレイシスがいた。
どうしたのだろう? 彼をよく見ると何やら手紙を大事そうに持っていた。
彼はその手紙をスッと僕に差し出した。
「……これを、ティアに渡して欲しい」
「えぇええ……」
僕はどっと疲れたような嫌な顔と声を出した。
レイシスは僕の態度に怪訝な顔をすると言った。
「……そんな嫌そうな顔をしなくても良いではないか? 貴殿がファラと婚姻すれば、私は兄になるのだぞ? 将来の兄から願いだ。頼むぞ、弟よ」
最初は一切認めないと言っていた気がする。
そもそも、弟をパシリに使うなよ。
僕は言いそうになった言葉を飲み込んで渋々、彼からの手紙を受け取った。
彼には残酷かも知れないが、ティアなる人物はいなかったと送り返そう。
すると、ファラもおずおずと手紙を僕に差し出した。
「……すみません、リッド様はお手紙がお嫌でしたか?」
「え⁉ 全然、そんなことはないよ。ファラからの手紙はすごく嬉しいよ‼ ……でもこれ、五通は凄いね。何か手紙を読む順番とかあったりするのかな……?」
ファラから受け取った手紙は全部で五通もあったので、僕は少し驚いた表情をしていた。
僕の顔をみると、彼女は「クスクス」と笑った。
「リッド様、差出人と宛名をよく見て下さい。私からはリッド様、メルディ様、そしてナナリー様の三通です。残りの二通は、母上とリーゼル王妃からナナリー様に宛になっています」
「あ、本当だ。メルも母上も喜ぶと思う。ファラ、ありがとう。エルティア様、リーゼル王妃、必ず母上にお渡し致します。本当にありがとうございます」
僕はファラにお礼を言うと、エルティアとリーゼルに体を向けてお礼と合わせて一礼した。
二人は僕の言葉にニコリと笑顔で返事をしてくれた。
その様子を横で見ていたファラが少し赤らめて、付け加えるように言った。
「……その、私からリッド様への手紙は領地に戻ってから開けて頂ければ幸いです」
「あ……うん。わかった、楽しみにしているね。僕も領地に戻ったらファラに手紙を書くよ」
「……‼ ありがとうございます。楽しみにしております」
僕とファラが楽しく会話していると、少しトゲのある声が背中から聞こえて来た。
「……リッド殿、私とファラで随分と手紙に対する態度が違うではないか?」
うげ⁉ と思いながら振り返るとそこには、淀んだ空気を纏ったレイシスがいた。
どうやら、僕が彼とファラに対する態度が全然違ったことに、ご機嫌斜めらしい。
そんなこと当然だろう。
と思いながらも、彼を宥めながら会話を楽しんでいた。
この時、カペラをふと見ると、エルティアやリーゼルに対して一礼をしていた。
二人とも、ここにカペラがいる事に少し驚いている様子だった。
彼は二人と面識があるみたいと僕は感じた。
「リッド殿⁉ 聞いているのか?」
「え? 何、なんだっけ?」
カペラに気を取られていてレイシスの話をまったく聞いていなかった僕は、また彼を怒らせてしまった。
それから、しばらくして父上が僕達のところにやってきた。
「リッド、準備が終わった。お前も問題はないか?」
「はい。父上、大丈夫です」
僕は父上の言葉に頷きながら返事をした。
レナルーテともお別れだ。
僕は最後のお別れをファラに伝えるため、彼女傍に近寄ると優しく話しかけた。
「それじゃあ、ファラ。次に僕が来るときは今回みたいに君に会いに来るわけじゃない」
「……? どういう意味でしょうか?」
「うん。次は君を『迎えに来る』からね。楽しみに待っていてね」
「……⁉ は、はい……」
僕の言葉にファラは顔を赤らめて耳を上下に動かしていた。
エルティア、リーゼル、アスナの三人はその様子を微笑ましい表情で見ていた。
その様子を見ていたディアナは少し呆れた様子で僕に言った。
「リッド様のどこからそんな言葉が出て来るのか……末恐ろしいですね。絶対にファラ王女以外の女性にあのようなことを言ってはなりませんよ?」
「え? う、うん。わかった」
ディアナは「はぁ」とため息を吐いていた。結局、よくわからない。
その後、父上と僕は馬車に乗り自国の領地に向けてレナルーテを出発した。
クリスティ商会の一団も一緒だ。
こうして、僕のレナルーテ国の訪問は終わった。
でも、まだまだすることは山積みだ。
自国のバルディア領に戻ったら早速、次の問題に取り掛かろう。
レナルーテの城から出ると僕はそう思っていた。
◇
「リッド様……」
ファラはエリアスやエルティア等の面々がその場から去っても、彼が乗っていた馬車を最後まで見送っていた。
彼の乗った馬車が、全く見えなくなるまでその場に残ったのはファラとアスナだけだった。
その時、彼女達の後ろから物腰の柔らかい優しい声が掛けられた。
「いや、リッド殿は見事にこの国で大金星を上げて帰られましたな」
「……⁉ ザック様……大金星とはノリスのことですか? それとも御前試合のことでしょうか?」
突然の声にファラは少し驚いて振り返ると、そこに立っていた人物は知らぬ顔ではなかった。
エルティアと血縁関係でもあるザック・リバートンである。
アスナも彼であることに気付いていたので、言葉を遮るようなことはしなかった。
ファラはザックの言葉が気になった。
大金星とは何のことだろうか?
「リッド殿が大金星を上げたもの……ファラ王女にはわかりませぬか?」
「……?」
ファラはザックの言わんとすることがわからず、キョトンとした顔をしながら少し首を傾げた。
ザックはそんなファラに向かってニコリと微笑むと優しく伝えた。
「リッド殿の大金星は……ファラ王女の『恋心』でしょうな」
「……⁉」
ファラはザックの言葉に顔を赤らめた後、黙って俯いた。
ザックはファラが顔を赤らめた様子を見ると、優しい笑みを浮かべた。
そして、満足したようにその場から去っていった。
ファラはザックが去ると、顔を上げてリッドが去っていった道を再度見つめていた。
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